里山の風に吹かれて

千葉県は外房の里山に暮らしています
 
身近な自然の中で見かけた”花鳥風月”を

綴っていけたらと思っています

想い出の札幌 この10年の記録(第6弾)「札幌という街 その2」

2020-09-12 | 心はいまも札幌原住民
 
前回に引き続き「札幌という街 その2」です。

まずは札幌駅です。とっても大きな駅ですから、ちょっと目先を変えてフィッシュアイで狙ってみました。

札幌駅周辺はもう何度も何度も改修され続けてきた歴史がありますが、北海道新幹線の札幌延伸に伴って、

またしてもその姿を変えることが予定されているようです。駅前の超一等地、そのむかし五番館が建っていた

場所も未だに更地のままですし。

#1










札幌駅に隣接してひときわ高くそびえ立っているのがJRタワーです。ここの展望室にはかなりおもしろい

トイレがあります。というのも、ここの男子トイレにある便器の前面がガラス張りになっていて、用を足すとき

まるで札幌の市街地に向かって立ちション(失礼!)をするような爽快感を感じられることなんです。

オープン当初に行ってみて、愉快な体験をしてしまいました。(すみません、いきなり下品な話題でした)

#2










そしてその隣にはESTAというビルが建っています。ここはビックカメラがメインのような感じがするビルですが、

このビルの10階レストラン街に私が大好きな日本蕎麦屋さんが入っています。

#3










この「霧の下」というお蕎麦屋さんです。その美味しさゆえに、私が大学生の頃からもう50年近く通い続けている

お店です。私が大学生の頃は駅の西側にあるセンチュリーロイヤルホテルの地下街にありました。

頼むのはいつも決まって盛りそばの大盛り。学生時代は大盛りを4〜5枚頼むことも普通にありました。でもいまはもう

年齢的なこともあってせいぜい1〜2枚になってしまいましたが、その美味しさにはいつも嬉しくなってしまいます。

あ、宣伝口調になってしまいましたが、これはあくまでも私個人の感想です。万人の方々にその美味しさを保証するものでは

ありませんので、念のため。。。

#4










札幌駅から4丁目までを繋ぐ地下歩行空間(チカホ)です。

もう50年も前、札幌オリンピックに合わせて、4丁目からススキノまでの地下商店街のポールタウンと丸井さんまでの

オーロラタウンができましたが、札幌駅の方まで延伸されることはありませんでした。

それが最近になって、このチカホができたことを札幌のブログのお仲間 ヌリプラ倶楽部店長さんに教えて頂き、

喜び勇んで歩きに行ったものでした。ある意味、この札幌駅までのチカホは札幌市民の、長年の悲願だったように

思います。

#5










さて、こちらは日本3大がっかりの一つに数えられるという時計台です。ビルの谷間に埋もれるようにして建っていますので

そんな風に言われるんでしょうね。でも札幌市民憲章の冒頭にも「私たちは時計台の鐘が鳴る札幌の市民です」と謳われて

いるように、ずっと札幌市民に親しまれてきた建物です。

私が中学生の頃はここが市の運営する図書館でした。その頃はよく通いましたし、時計の裏側の機械仕掛けを見学したことも

ありました。

#6










時計台の正面にかかげられているのがこの看板。「演武場 従一位具視」とあります。最後の五百円札の肖像になった

岩倉具視直筆の書ですね。お公家さんだけあって、味わい深い字を書く方だったことが窺われます。

#7










こちらもヌリプラ倶楽部店長さんに教えて頂いた旧北海道庁前の赤レンガテラスです。もともとは車道だった場所を

通行止めにして、市民や観光客が寛げる場所にしたものです。

#8










赤レンガテラスができる前はこんな感じでした。

#9










旧道庁を背にしたアフターはこんな感じです。

#10










同じ場所のビフォー。

#11










この左側の建物はもともと斗南病院があったところですが、斗南病院は北大植物園の方に移転したこともあって、

ずいぶん様変わりしてしまいました。

#12










こちらは旭山公園の展望台です。札幌市街地の南西に位置する標高531mの藻岩山という山の中腹に

位置していて、札幌市街が一望できる観光名所です。設置されているこの看板には、ここから見える

市内の各ポイントが表示されています。

たとえば ③JR札幌駅(JRタワー) ⑤さっぽろテレビ塔 ⑧北海道百年記念塔 ⑨札幌ドーム 等々

#13










この旭山公園から見えるそんな特徴的な場所をこの表示板に倣って点描してみますと・・・

まずひときわ高く札幌駅隣のJRタワーが見えます。その隣に見える丸いスカイラウンジはセンチュリーロイヤルホテルの

もので、いまはどうか知りませんが、私が学生時代は東京のホテルニューオオタニのスカイラウンジのように回転していた

ものでした。

#14










むかしは高くそびえていた札幌テレビ塔も、いまはビルの谷間にひっそりと建っているように見えます。

#15










遠く市街地の東の方に霞んで見えるのが北海道百年記念塔です。そしてそのまわりには野幌原始林の鬱蒼とした

森が広がっています。

#16










その野幌原始林の手前には、(いまはまだ)北海道日本ハムファイターズの本拠地 札幌ドームの銀色の屋根が見えます。

#17










その逆方向、百年記念塔から札幌ドームを眺めるとこんな感じになります。この写真には写っていませんが、旭山公園は

この右側になります。

#18










旭山公園から西側を振り向くと、標高1,024mの手稲山(ていねやま)が臨めます。市街地にある山としては

飛び抜けて標高の高い山ですから、各放送局のアンテナがずらっと並んでいます。

私が学生時代はこの山に初雪が降って白くなると、それを目安に車を冬タイヤに履き替えたものでした。

#19










北の方に目をやると、15km彼方に石狩湾が遠望できます。海まで15kmも離れているのに、よく札幌上空に

海に棲んでいるはずのカモメが飛んでいるのを見ることがあって不思議に思っていました。ところがさすがは

NHKです。とある自然番組で、札幌の市街地を流れる豊平川にはカモメが棲んでいるということを放送して

いました。なるほどそうだったのかと納得したものでした。

#20










この旭山公園のすぐ隣にあるのが私の母校、市立札幌旭丘高校です。私が高校生の頃はまだ旭山公園は公園としては

整備されておらず、温泉山という名前の小高い丘でした。体育の期間はこの温泉山でスキーの授業を受けたものでした。

スキーを担いで歩いて10分で行けましたから、非常に恵まれた高校だったと思います。

また、夏場には下駄を履いて登校することが許されていましたから、男子は競って下駄を履いて山道をかよったものでした。

柔道部の部員の中には片方2kgもある鉄下駄を履いてくる猛者までいたものでした。みんな青春をしていました。

#21










この写真はもう50年も前に私が通っていた当時の旭丘高校です。藻岩山の中腹に建つ高校でしたから、敷地自体が

山を削って階段状にした場所でした。建物の真ん中に見えるのが正面玄関で、当然ここは1階で地面の上にありますが、

建物左側には生徒の通用口があって、ここは地下1階なのですが、ご覧のようにここも地上に出ているんです。

しかも建物の後ろに見える体育館は2階にあるのですが、ここもすぐ下は地面になっていて、直で外に出ることも

できる構造になっていたんです。後ろに見える運動場も上下2段になっていて、そのすぐ奥は藻岩山という自然豊かな

環境で勉学に励んでいました。クラスメイトにはキタキツネやエゾタヌキなんかもいたんですよ(なんちゃって?)。

#22










札幌市街地の西から南にかけては、野生のヒグマも棲む豊かな自然が広がっていて、私も毎日山を眺めながら育ちました。

そんな山が近い札幌なので、街中からよく見える一種のランドマークとして、大倉山シャンツェがあったりします。

ここは札幌オリンピックのとき、90m級のジャンプ台として使われた施設ですが、それ以前から札幌市民にとっては

どこからでもよく見えるジャンプ台として親しまれていたものでした。

円山公園の一角にそびえる円山から見るとこんな感じになります。競技場まで行かなくても競技が見られる格好の場所

でした。

#23










先ほどの旭山公園からはこんな風に見えます。

施設の屋上にたくさんの人影が見えますが、これは北海道中央バスが企画する定期観光バスツアーのお客さんたちです。

東京のはとバスのようにいろんな観光場所を巡る楽しいツアーで、私もこの大倉山ツアーを申し込んだことがあったのですが、

残念ながら時間の都合が付かずにキャンセルしたことがありました。いま思うと残念なことをしてしまいました。

#24










南大通りからはこんな風に真っ正面に見ることができます。

#25










北大の第1農場からはこんな具合です。

ちなみにこの写真の右端に写っている樹木は平成のポプラ並木だそうです。たしかに若い木ばかりで勢いは

ありそうでしたが、私のイメージには合いませんでした。

#26










私のイメージとしてはやっぱりこちらの従来のものがマストです。老いたりとはいえ、やはり青春時代からの

たくさんの想い出がありますし・・・

#27










いまは倒木も多いため立ち入りが制限されているのでこんな風に通行止めの柵が置かれていたりしますが、

この柵もポプラの倒木で作られているそうです。ポプラって、ご覧のように非常にきれいな材質なんです。

#28










最後は中島公園です。ここはその中でもシンボル的な池、菖蒲池です。私が中学生の頃は夏はよくボートに

乗って遊んだものでした。そして冬になるとこの池は凍結しますので、市が運営するスケート場になりました。

私も自前のスピードスケートを持ってよく通ったものでした。いまはスケート場はなくなったそうですが、

ボートはいまでも運営していましたね。

学生時代には、池のむこうに見える札幌パークホテルに宿泊していた、極真空手の創設者の大山倍達さんに

会いに行ったことも懐かしく思い出されます。

#29










こちらは豊平館(ほうへいかん)という建物です。明治時代に高級ホテルとして建てられたものだそうで、いまは

重要文化財としてここ中島公園の中にありますが、もともとは大通りの市民会館がある場所に建っていたそうです。

私が学生時代、HBCローカルの番組で「ホッカイドウ26時」という深夜放送が始まりました。そのテーマソングを

歌ったのが、札幌南高校出身のキッパーズという6人組のバンドでした。その曲「風のふるさと」のシングルレコードの

ジャケット写真が撮られたのが、ちょうどこの芝生の上でした。らしい場所で撮るなーと思ったものでした。

#30










私が小学生の頃にこの公園に天文台が作られました。小学4年のときに社会科見学で来たことを覚えています。

#31










この日は太陽の黒点を見せて頂きました。ちょうど数日前に火星の大接近があったときで、館長さんが冗談で、

火星人が手を振る姿までよく見えたよとおっしゃっていました。

#32










私は天体望遠鏡のことはよく分かりませんが、この望遠鏡もそれなりに高性能なものなのではないでしょうか?

ちなみにこの館長さんも私と同年代の方で、むかし菖蒲池にスケート場があったことも覚えていらっしゃいました。

ちょっとした連帯感を感じて嬉しかったものです。

#33


















今回も最後までご覧下さり、ほんとうにありがとうございました。




















 
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