Pimoco の散歩道 ★ CocoとCoo そしてMilk

Pimocoのつぶやき 愛犬Milkと私の日常生活。

ミルクとの出会いまで

2018年6月21日外耳道手術の麻酔事故で
突然命を落としてしまったクッキー
最愛のクッキーをうしない悲しみにくれていましたが
クッキーの別れから2ヵ月、新たな犬との出会いがありました

2018年8月3日、マルプーのミルクが我が家にやって来ました
新たな犬との日々がはじまりました。

断捨離・・・ が できない

2014年07月15日 09時15分36秒 | 日記


ココが突然、どうやら全く目がみえなくなったらしく、
方向も、分からなくなってしまった様なので、
長い外出はできなくなりました。
なので、29日に、撮影旅行バスツアーに申込んであったのをキャンセルするつもりです。
この所カメラを持ってどこにも行っていない私です。



この頃、自分がいつ死ぬか分からないと思う様になりました。
ずぼらな私は、いろんな物が、家の中に増え、堆積しています。
死ぬ前に、いろいろ捨てなければ、
子ども達にゴミ屋敷で苦労をかけたくない。

でも、その前に母の遺品を整理しなければ。
これでも、ずいぶん捨てたんです。
洋服とバックが山の様にありました。

母の遺品を整理しようと思う時、母の事を思うと、いつも後悔が残ります。
それは母がうつ病だったのてはないかと思う様になったからです。




母の死までの10年くらいの間、父の死があり、その辺りから
母の様子が変わったんです。
外出好きな人だったので、ほとんど毎日デパート通いをしていました。
それが何よりの 楽しみだったんです
ところが父の死後 まるで出掛けなくなって
そのあたりからほとんど家にいるようになりました。
おまけに万年床で、多くの時間をその上で過ごしていました。

全ての物がその部屋に集まり、動かなくても手が届き
服もボロの様な物を身にまとい、時々そのまま外出する事さえありました。
近くのセブンイレブンに行くのです。
そんな時、道で出くわすと、慌てて他の道に逃げ込んだ嫌な娘でした。
恥ずかしかったんです。
思いやりに欠けていたんです。

母の部屋はゴミ箱で 片付けようとすると怒るので手がつけられません。
そんな中で生活しているのでリモコンが見つからないと、よく呼ばれたものでした。
そんな時 ゴミの山の中から見つけ出すのに、目眩がし 吐き気までしました。

でも 昔の母はそんな人では無かったんです、
普通にお掃除の出来る、私よりまともな人でした。
それが変わったのは、父の死後だったように思います。

きっとあの頃から母はうつ傾向にあったのでしょうね。
そんな 母の寂しい心の内を分かってあげなかったんです。
と言うのも普段 父の事を時々悪く言っていたので
私にとって実の父ではなかった事もあり そんなものだと思っていたんです。
母は私の父を好きだったのだと思っていたんです。

なので母が父の死にショックを受けているなんて 考えもしませんでした。

今になって 時々母の事を思い出す度に
その事と 母の心の寂しさを思ってみるのです
あれ以来 母は何もしない人になってしまって、
そしてゴミ屋敷が出来上がったんです

自分の断捨離の前に遺品整理をしなければならないんです
こっちの方が実は大変なんです
要らなくなったタンス類 食器類 着物
こう言う物をどう処分していいのだろうと迷うのです。


+++++++++++++++++++++++++++++


きょう一番気に入ったblog記事は
「フィリピン良いとこ、一度はおいで ~不良ジジイのフィリピン日記~」 です。
集団的自衛権を大賛成な私なので納得。









にほんブログ村 シニア日記ブログ 60歳代へ
クリックよろしくね。d(^^*)

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ササミジャーキー

ワンの大好き!!手作り
ササミジャーキーの作り方
http://blog.goo.ne.jp/pimoco884/e/3cd6459c590a1ce22550eb511bb18ec7