*太陽の子歳事記*

てぃだぬふぁさいじき・・YOKOが愛する音楽、沖縄、日々の生活

初めての八重山【竹富島】

2004-12-20 21:31:59 | 琉球閑話
八重山は病気になる人が多いそうだ。『八重山病』とか誰かが言っていたが、中毒症状が起こるらしい。実際自分も初めて行ってから毎年のように八重山へ行ってしまっている。まだまだ軽症患者であるが。


1998年6月中旬に初めて石垣島に飛行機で降り立った。当時、まだ独身だった妹が沖縄、八重山を一人旅していたので、その旅に自分も4日間だけ合流することにしたのだ。一人で飛行機に乗っている時からものすごく感動したのを覚えている。空から見る島や海が息を呑むほど美しかったからだ。沖縄の梅雨明けは6月20日頃からだそうで、その時もものすごい快晴だった。

石垣空港に妹が友達のNちゃんと迎えにきてくれた。Nちゃんは石垣島に住んでいる。車で離島桟橋まで送ってくれた。
離島桟橋から竹富島へは高速船で10分。あっという間だが、船から見える竹富島周辺の海は目が痛いほど蒼くてきらきらしていて眩しかった。

竹富島では新田荘に泊まった。女将は神司だ。この宿は西桟橋が近くて、夕日を見に歩いていける。竹富島の旅行者は夕刻になると大体西桟橋に日の入りを眺めにきていた。

竹富島の売店で朝パンを買った。おじいが合計金額を紙に書いて計算するのだが、何回やっても金額が合わない。結局自分たちで計算し直してお金を払った。

丸八食堂で昼ご飯を食べていたら、店の主人が突然用事で出かけるからしばらく待っててと言って、客の自分たちだけを店に残して出て行ってしまった。まだお代も支払っていないので、そのまま1時間近く待たされる羽目になった。

そんなゆったりした島である。その空気が徐々に身体に浸透してくる。スポンジが水を吸っていくように。そうして自分はこの島が大好きになっていた。

島にいる間本当によく笑った。コンドイビーチでいっぱい泳いでいる魚を見ながら妹と二人ゲラゲラ笑った。

夜はそれぞれ一人旅できている男の人三人と、西桟橋で満天の星空を眺めながら酒盛りした。とりとめの無いことをみんなで延々話した。一番年上の男の人(みんなであんちゃんと呼んでいた。)が三線を弾いてくれた。三線の音と波音と星空があまりにも綺麗で、今でも思い出すと涙が出そうになる。

自分たちが帰る日は三人が港まで見送りに来てくれた。旅の出会いっておもしろいなあと実感した。それぞれ違う場所から違う目的で来てたまたまその島で出会って、一緒にお酒飲んで話して笑って、またそれぞれの違う場所に向かって別れる。そんな出会い方をしたのも初めてだった。あんちゃんや男の子とは今でも連絡を取りあっている。

最後の日はNちゃんの家に泊めてもらった。Nちゃんの彼氏(今はダンナさん)のSさんと4人でたこ焼きを作った。Sさんはゴーヤーチャンプルも作ってくれた。
二人はお土産にパイナップルやマンゴーやレモングラスの葉を採ってきてくれた。すごく親切にしてもらった。
Nちゃんは空港まで送ってくれた。


石垣島を飛び立った時、自然と涙が溢れ出た。あまりにも全てがやさしすぎた。宝物をもらった気がした。


ーー次回、波照間島編に続く(?)ーー