今日は・・・久しぶりに髪の色を“ビターチョコレート”色←*注・・・行きつけのスタイリストとlevieとのあうんの呼吸です(微笑)→にしてもらいに行った!髪に色を入れたのは1年ぶりくらいかなぁ?・・・少なくても8ヶ月以上も真っ黒な髪の毛なんて、27歳の頃以来だから・・・おっと、公称永遠の30歳だから、たかだか3年程前の事ね、ガハハ(爆)でも鏡に映る自分を見ていたら、久々に本当の姿に戻ったような気がしちゃった(笑)
ビターチョコレート=つまりダークブラウン=焦げ茶色ね。
っと、それはいいとして・・・久々のカラーとパーマ←は4ヶ月ぶり→だったので時間がかかっちゃって←強情な髪←つまりは健康→帰宅が遅くなっちゃって・・・“ドリームプレス社”の逸見さんの後編に間に合わなかった~(残念)けど後半の“本田美奈子”さんを見る事が出来た!
本田美奈子さんは昭和60年4月20日に東芝EMIから“殺意のバカンス”でデビュー、オリコンで最高21位で約7万枚のセールスを記録してます。同期には南野陽子さん中山美穂さんがいて・・・昭和60年は6月21日にキングレコードから“C”でデビューした中山美穂さんが12位、約17万枚、南野陽子さんのデビューはCBSソニーから“恥ずかしすぎて”で57位、約2万枚・・・当時は中山美穂人気が先行してました。
翌年・・・2月5日は中山美穂さんと本田美奈子さんのシングルリリース激突です。結果的には中山さんの“色・ホワイトブレンド”は最高5位で約22万枚で・・・本田さんの伝説かもしれない“1996年のマリリン”は最高3位で約25万枚の大ヒットになってます。出遅れていた本田さんの同級生にして親友、南野陽子さんも3月21日に“悲しみのモニュメント”で最高6位で約14万枚のセールスと大躍進・・・それは、斉藤由貴で人気だった“スケバン刑事”の2代目を引き継いだからでしょう・・・そして正統派アイドルとして君臨すると・・・シングルで1位を連発していきます。
本田さんと南野さんは高校でも同級生で親友だそうですが、本田さんには叶わなかった1位を取った南野さんへの気持ちは嬉しい反面、やっぱり悔しさもあっただだろうなぁ・・・一方の南野さんも心の奥の本心は複雑だったでしょうねぇ。レコード会社も事務所も違えば戦略やバックアップが大きく異なりますからね~南野さん曰く“私は歌も下手だし・・・美奈子の方が・・・”と言ってたと思います。
“アイドル”と持て囃された頃から“アーティスト”を目指していた本田美奈子さん・・・ロックバンドを組んだり苦悩も多かっただろうと思いますが、ミュージカル“ミスサイゴン”で一際大きくなりましたよね←levieは見ていませんけど→歌唱力があったから納得でもありましたが、アイドルからミュージカルスターへの転身は珍しくもあってちょっとびっくりでした。
番組では闘病生活の様子も紹介していましたけど、今夜はやけにしんみりして・・・ちょっと生々しかったかもしれないなぁ。涙涙だったゲストとソニンと大竹まことだった。作られた構成と演出だとしても・・・涙は本物だった・・・と思う。いや、涙うんぬんはどうでもいい、本田美奈子という一人のアーティストを、骨髄性白血病と言う病気を、骨髄バンクを・・・知ってもらう、心に留めてもらう・・・そう言う趣旨だったのかな。
なので・・・最後のアメージンググレースの歌唱は胸に染み込んだなぁ・・・
見ていて色々と思う事があったんだけど・・・目標をもって頑張る姿勢は生きるエネルギーにもなるんだろうね。試行錯誤を繰り返して行く中で自分らしい“何か”を見付ければいいんだろうなぁ。底辺だからダメって事では無く、成功すりゃいいってわけでも無く・・・要はやっぱり心根だぁねぇ~
って事で、levieはやっぱり社会の中枢に深く溶ける事は有り得ないんだろうなぁ・・・表面の数字や損得勘定の世界じゃなぁ・・・その中で働くにしても、もうちょっと違う自分らしい関わり方で・・・って言うスタンスが性に合っているんだろうな・・・
今夜も・・・懐かしのミュージックテープ決定です(笑)“1996年のマリリン”や“悲しみSWING”が入っているテープを聞きながら~爆睡したいと思います(爆)
ビターチョコレート=つまりダークブラウン=焦げ茶色ね。
っと、それはいいとして・・・久々のカラーとパーマ←は4ヶ月ぶり→だったので時間がかかっちゃって←強情な髪←つまりは健康→帰宅が遅くなっちゃって・・・“ドリームプレス社”の逸見さんの後編に間に合わなかった~(残念)けど後半の“本田美奈子”さんを見る事が出来た!
本田美奈子さんは昭和60年4月20日に東芝EMIから“殺意のバカンス”でデビュー、オリコンで最高21位で約7万枚のセールスを記録してます。同期には南野陽子さん中山美穂さんがいて・・・昭和60年は6月21日にキングレコードから“C”でデビューした中山美穂さんが12位、約17万枚、南野陽子さんのデビューはCBSソニーから“恥ずかしすぎて”で57位、約2万枚・・・当時は中山美穂人気が先行してました。
翌年・・・2月5日は中山美穂さんと本田美奈子さんのシングルリリース激突です。結果的には中山さんの“色・ホワイトブレンド”は最高5位で約22万枚で・・・本田さんの伝説かもしれない“1996年のマリリン”は最高3位で約25万枚の大ヒットになってます。出遅れていた本田さんの同級生にして親友、南野陽子さんも3月21日に“悲しみのモニュメント”で最高6位で約14万枚のセールスと大躍進・・・それは、斉藤由貴で人気だった“スケバン刑事”の2代目を引き継いだからでしょう・・・そして正統派アイドルとして君臨すると・・・シングルで1位を連発していきます。
本田さんと南野さんは高校でも同級生で親友だそうですが、本田さんには叶わなかった1位を取った南野さんへの気持ちは嬉しい反面、やっぱり悔しさもあっただだろうなぁ・・・一方の南野さんも心の奥の本心は複雑だったでしょうねぇ。レコード会社も事務所も違えば戦略やバックアップが大きく異なりますからね~南野さん曰く“私は歌も下手だし・・・美奈子の方が・・・”と言ってたと思います。
“アイドル”と持て囃された頃から“アーティスト”を目指していた本田美奈子さん・・・ロックバンドを組んだり苦悩も多かっただろうと思いますが、ミュージカル“ミスサイゴン”で一際大きくなりましたよね←levieは見ていませんけど→歌唱力があったから納得でもありましたが、アイドルからミュージカルスターへの転身は珍しくもあってちょっとびっくりでした。
番組では闘病生活の様子も紹介していましたけど、今夜はやけにしんみりして・・・ちょっと生々しかったかもしれないなぁ。涙涙だったゲストとソニンと大竹まことだった。作られた構成と演出だとしても・・・涙は本物だった・・・と思う。いや、涙うんぬんはどうでもいい、本田美奈子という一人のアーティストを、骨髄性白血病と言う病気を、骨髄バンクを・・・知ってもらう、心に留めてもらう・・・そう言う趣旨だったのかな。
なので・・・最後のアメージンググレースの歌唱は胸に染み込んだなぁ・・・
見ていて色々と思う事があったんだけど・・・目標をもって頑張る姿勢は生きるエネルギーにもなるんだろうね。試行錯誤を繰り返して行く中で自分らしい“何か”を見付ければいいんだろうなぁ。底辺だからダメって事では無く、成功すりゃいいってわけでも無く・・・要はやっぱり心根だぁねぇ~
って事で、levieはやっぱり社会の中枢に深く溶ける事は有り得ないんだろうなぁ・・・表面の数字や損得勘定の世界じゃなぁ・・・その中で働くにしても、もうちょっと違う自分らしい関わり方で・・・って言うスタンスが性に合っているんだろうな・・・
今夜も・・・懐かしのミュージックテープ決定です(笑)“1996年のマリリン”や“悲しみSWING”が入っているテープを聞きながら~爆睡したいと思います(爆)
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