細江克弥 = 文
2012/12/08 08:01
J1最終節の鹿島アントラーズvs.柏レイソル、試合後の記者会見で鹿島の指揮官ジョルジーニョ監督は、サポーターへの感謝、そして志半ばでチームを去らなければならない無念さを、寂しげな表情で何度も口にした。
しかしその途中、この日2得点を記録した大迫勇也についての意見を求められると、彼は表情を変えてこう断言した。「まず、皆さんがもっと強調してもいいと思うのは、彼が将来、日本代表のセンターFWになるということ。それは間違いないことです」
その理由をいくつか連ねた後で、こう続ける。「今のアントラーズには、おそらく2人、(将来的に)日本代表に君臨する選手がいます」 2人とはもちろん、大迫勇也と柴崎岳である。
ジョルジーニョがメディアに対して「もっと強調してもいい」と言ったからではないが、確かに今の2人には、「近い将来の日本代表を担う選手である」と断言したくなるほどの魅力がある。個人的にはむしろ、もし「日本代表を担う」タイミングが“今”であっても早すぎることはないとさえ思う。ロンドン五輪代表から落選後、聞こえ始めた「大迫“確変”」の声。
日頃から鹿島を中心に取材しているわけではないから、そのきっかけがいつ、どういう形で訪れたのかは分からない。しかし今季の大迫が、ロンドン五輪メンバーからの“落選後”に目に見えて大きな変化を遂げたのは明らかだった。ロンドン五輪に臨む最終メンバー18名が発表されたのは7月2日。しかしそのリストに、大迫の名前はなかった。
「間違った選択」 この決定を受けて、ジョルジーニョは“親友”である五輪代表の関塚隆監督を迷わず批判した。コメントを求められた大迫は「五輪のことは忘れた」「僕はここで頑張るしかない」と落胆の色を隠せなかったが、しかしその後のピッチで見せたパフォーマンスからネガティブなオーラは感じられなかった。
リーグ戦に関して言えば、それまでの16試合では15試合に出場して3得点。以降の18試合では17試合に出場して6得点。飛躍的に増えたアシスト数も含めて考えれば、その変化は明らかだった。「大迫が“確変”した」という言葉は、次第にあちこちから聞こえ始めた。
それでもまだ疑いの目を向けざるを得なかったことには、理由がある。選手が急激な成長曲線を描き始めるきっかけとは?
試合後の取材エリアで見る彼はいつも、ストライカーとしての責任感からか、それとも本質的に持ち合わせる個性なのか、自分の殻に閉じこもるストイックなキャラクターを感じさせた。その姿は時にふてぶてしく、または不貞腐れているようにも映り、メンタル面での柔軟性の欠如を感じさせるものでもあった。
数年にわたって1人の選手を見ていると、ある時点を境にその選手が急激な成長曲線を描き始めることがある。しかしそのきっかけとなるのは、多くの場合、技術的な進化ではない。監督やコーチからのアドバイス、妻が何気なくつぶやいたひとこと、何の気なしに生まれた一つのプレー……。そうした小さなきっかけによって精神的な“開き直り”が生まれると、選手はまるで人が変わったように活き活きと躍動し始める。
しかし大迫の場合、自分自身について思い詰めるストイックなキャラクターのあまり、視界が狭まり、開き直って成長するきっかけを逃してしまうのではないかと勝手に懸念していた。もっともそれは、彼のことをよく知らない自分の、取材不足による勘違いだった。
精巧なメカニズムでDFに的を絞らせない大迫のポストプレー。
最終節の柏戦後、大迫は言った。「監督からはシュートを積極的に打て、もっとゴールを意識しろ、それから代表に入れと言われ続けました。『シュートを打て』と言われ続けたおかげで、吹っ切れた部分はあると思う」「吹っ切れた」大迫の進化には、まさに目を見張るものがあった。
ポストプレーの巧さは彼の真骨頂だが、そのメカニズムは実に精巧だ。相手が思わず足を出したくなる位置にファーストタッチをコントロールし、出てくる足よりも一足早くボールをつつく。体を寄せられれば体全体に力を込めたブロックで弾き返し、時間を作ってシンプルに味方へとつなぐ。あるいはそう思わせて前を向き、ギアを入れ替えてスピードに乗る。キープかパスか、ドリブルかシュートか、相手の出方を察知してからのリアクションでプレーを選択するから、DFにとっては極めて的を絞りにくい。
半径3メートルのエリアを自在にコントロールするその姿は、まるで冬の全国高校サッカー選手権で“超高校級”の存在感を放ったあの頃のようである。
最終節での柏は「大迫さえ抑えれば」という共通理解を持って試合に臨んだが、最後まで“ゾーン”に入った大迫を制御することができなかった。
“恩師”ジョルジーニョの大迫評は次のとおりだ。「日本代表で1トップに君臨しているのは前田(遼一)選手であり、彼も非常にポストプレーに長けている。ただ、大迫選手はまだ若く、この意識を持続できれば成長し続け、本当に素晴らしい選手になるのではないかと思う。FWとして必要な要素は、スピード、ドリブル、ヘディングの強さ、ポストプレーの強さ、キープ力が挙げられるが、彼はそれをすべて持っている。また、スペースがなくてもパンチ力と決定力を持ってシュートを打てる。それが魅力だと思う」
トラップにもパスにもメッセージを込める柴崎岳。
大迫より2学年下の柴崎もまた、ジョルジーニョが「あれだけの選手にはなかなか出会えない」と絶賛する逸材である。
頭角を現した青森山田高時代から際立っていたのは、一つひとつのプレーにおける精度の高さだった。
テクニックやセンスに優れているのは、ピッチに立つ彼を一目見れば分かる。しかし高校2年時の彼を初めて見て驚いたのは、その一つひとつのプレーに明確な意図が感じられたことだった。
「パスにメッセージを込める」とは最近あまり使われなくなった言葉だが、彼のプレーにはまさに、トラップにもパスにも、ドリブルにもシュートにもメッセージがある。
高校2年時の冬の選手権、正確に通ったはずのパスの軌道を見て彼が表情を歪めた時、「高校サッカー界でプレーする3年間は、彼にとって無意味なのではないか」と考えさせられたことが忘れられない。
「おそらくヨーロッパで活躍する選手になる」(ジョルジーニョ)
加えて魅力的に感じるのは、与えられた役割に徹しながら、決して自分の色を消さないことだ。チームには小笠原満男という絶対的な司令塔がいるから、その隣でプレーする柴崎の存在感が希薄に感じられることがある。プレースタイルは至ってシンプル。ひたすら彼を追って試合を見ていると、2タッチプレーの多さは驚くほどだ。
だが、特に今季の彼は“機”を見極めてスペースに飛び出し、自らゴールへと直結するラストパスを供給し始めている。ナビスコ杯決勝で見せた2つのゴールは、彼がようやく見せた本質的な攻撃性の表れだ。本来の柴崎はバランサーとしてのボランチではなく、よりゴールに近い位置でプレーしてこそ真価を発揮するトップ下としての資質が極めて高い。
ナビスコ杯決勝後の記者会見で、ジョルジーニョはそのメンタルの強さにも触れた。相手を嘲笑するようなボールコントロールを身上とするブラジル人の指揮官が「冷や冷やする」と感じるほどの冷静さは、柴崎の特異な資質を物語っていると言っていい。
「まだ20歳だがベテランのような落ち着きがあるし、運動量も豊富。特に今プレーしているゾーンは密集していて落ち着いてプレーすることは難しいが、彼は冷静にさばける。僕が外で見ていて冷や冷やすると感じる時でも、柴崎は落ち着きすぎだろうと思うくらい冷静にプレーしている。彼の指導者であることは光栄に思うし、おそらくヨーロッパで活躍する選手になると思う」遠藤保仁の代役は中村俊輔か柴崎の他にはいない――。
日本代表の「これから」を考えた時、もし遠藤保仁がガンバ大阪への残留を選択するなら、「もしも」の時に備えておく必要は一層高まるだろう。周知のとおり、J2の戦いは決して甘くない。
「替えが利かない」と称される彼がもしコンディションを崩したら、もし何らかのタイミングで年齢的な峠を超えてしまったら、そしてもし、日本代表のサッカーが遠藤なくして実現するものでないのなら――。
その代役となり得るのは、完全復活を遂げつつある中村俊輔か、あるいは柴崎をおいて他にいない。余計な世話を承知で言えば、特に柴崎にとっては、むしろ今が自身のステージを引き上げる最大のチャンスだ。
いずれにしても、G大阪がJ2降格を余儀なくされた今、ポジティブな意味で遠藤を「替えが利く」存在にする必要がある。同じく今の大迫にも、“不動の1トップ”たる前田遼一の牙城に挑めるだけの準備が整っている。
ナビスコ杯を制したとはいえ、残留争いに巻き込まれた今季の鹿島は、近年で最も低調な1年を過ごしたと言っていい。しかし大迫と柴崎の成長を目の当たりにすると、このクラブが過去に何度も描き続けてきた復活のシナリオが、再び描かれ始めている気がしてならないのである。
それから、あくまで「ここまで」の話に過ぎないが、かつての柳沢敦を筆頭に、小笠原満男や中田浩二、その後は興梠慎三に至るまで、高校サッカー界のスーパースターを簡単にはドロップアウトさせないこのクラブの体質も、やはり特筆せずにはいられない。
2012/12/08 08:01
J1最終節の鹿島アントラーズvs.柏レイソル、試合後の記者会見で鹿島の指揮官ジョルジーニョ監督は、サポーターへの感謝、そして志半ばでチームを去らなければならない無念さを、寂しげな表情で何度も口にした。
しかしその途中、この日2得点を記録した大迫勇也についての意見を求められると、彼は表情を変えてこう断言した。「まず、皆さんがもっと強調してもいいと思うのは、彼が将来、日本代表のセンターFWになるということ。それは間違いないことです」
その理由をいくつか連ねた後で、こう続ける。「今のアントラーズには、おそらく2人、(将来的に)日本代表に君臨する選手がいます」 2人とはもちろん、大迫勇也と柴崎岳である。
ジョルジーニョがメディアに対して「もっと強調してもいい」と言ったからではないが、確かに今の2人には、「近い将来の日本代表を担う選手である」と断言したくなるほどの魅力がある。個人的にはむしろ、もし「日本代表を担う」タイミングが“今”であっても早すぎることはないとさえ思う。ロンドン五輪代表から落選後、聞こえ始めた「大迫“確変”」の声。
日頃から鹿島を中心に取材しているわけではないから、そのきっかけがいつ、どういう形で訪れたのかは分からない。しかし今季の大迫が、ロンドン五輪メンバーからの“落選後”に目に見えて大きな変化を遂げたのは明らかだった。ロンドン五輪に臨む最終メンバー18名が発表されたのは7月2日。しかしそのリストに、大迫の名前はなかった。
「間違った選択」 この決定を受けて、ジョルジーニョは“親友”である五輪代表の関塚隆監督を迷わず批判した。コメントを求められた大迫は「五輪のことは忘れた」「僕はここで頑張るしかない」と落胆の色を隠せなかったが、しかしその後のピッチで見せたパフォーマンスからネガティブなオーラは感じられなかった。
リーグ戦に関して言えば、それまでの16試合では15試合に出場して3得点。以降の18試合では17試合に出場して6得点。飛躍的に増えたアシスト数も含めて考えれば、その変化は明らかだった。「大迫が“確変”した」という言葉は、次第にあちこちから聞こえ始めた。
それでもまだ疑いの目を向けざるを得なかったことには、理由がある。選手が急激な成長曲線を描き始めるきっかけとは?
試合後の取材エリアで見る彼はいつも、ストライカーとしての責任感からか、それとも本質的に持ち合わせる個性なのか、自分の殻に閉じこもるストイックなキャラクターを感じさせた。その姿は時にふてぶてしく、または不貞腐れているようにも映り、メンタル面での柔軟性の欠如を感じさせるものでもあった。
数年にわたって1人の選手を見ていると、ある時点を境にその選手が急激な成長曲線を描き始めることがある。しかしそのきっかけとなるのは、多くの場合、技術的な進化ではない。監督やコーチからのアドバイス、妻が何気なくつぶやいたひとこと、何の気なしに生まれた一つのプレー……。そうした小さなきっかけによって精神的な“開き直り”が生まれると、選手はまるで人が変わったように活き活きと躍動し始める。
しかし大迫の場合、自分自身について思い詰めるストイックなキャラクターのあまり、視界が狭まり、開き直って成長するきっかけを逃してしまうのではないかと勝手に懸念していた。もっともそれは、彼のことをよく知らない自分の、取材不足による勘違いだった。
精巧なメカニズムでDFに的を絞らせない大迫のポストプレー。
最終節の柏戦後、大迫は言った。「監督からはシュートを積極的に打て、もっとゴールを意識しろ、それから代表に入れと言われ続けました。『シュートを打て』と言われ続けたおかげで、吹っ切れた部分はあると思う」「吹っ切れた」大迫の進化には、まさに目を見張るものがあった。
ポストプレーの巧さは彼の真骨頂だが、そのメカニズムは実に精巧だ。相手が思わず足を出したくなる位置にファーストタッチをコントロールし、出てくる足よりも一足早くボールをつつく。体を寄せられれば体全体に力を込めたブロックで弾き返し、時間を作ってシンプルに味方へとつなぐ。あるいはそう思わせて前を向き、ギアを入れ替えてスピードに乗る。キープかパスか、ドリブルかシュートか、相手の出方を察知してからのリアクションでプレーを選択するから、DFにとっては極めて的を絞りにくい。
半径3メートルのエリアを自在にコントロールするその姿は、まるで冬の全国高校サッカー選手権で“超高校級”の存在感を放ったあの頃のようである。
最終節での柏は「大迫さえ抑えれば」という共通理解を持って試合に臨んだが、最後まで“ゾーン”に入った大迫を制御することができなかった。
“恩師”ジョルジーニョの大迫評は次のとおりだ。「日本代表で1トップに君臨しているのは前田(遼一)選手であり、彼も非常にポストプレーに長けている。ただ、大迫選手はまだ若く、この意識を持続できれば成長し続け、本当に素晴らしい選手になるのではないかと思う。FWとして必要な要素は、スピード、ドリブル、ヘディングの強さ、ポストプレーの強さ、キープ力が挙げられるが、彼はそれをすべて持っている。また、スペースがなくてもパンチ力と決定力を持ってシュートを打てる。それが魅力だと思う」
トラップにもパスにもメッセージを込める柴崎岳。
大迫より2学年下の柴崎もまた、ジョルジーニョが「あれだけの選手にはなかなか出会えない」と絶賛する逸材である。
頭角を現した青森山田高時代から際立っていたのは、一つひとつのプレーにおける精度の高さだった。
テクニックやセンスに優れているのは、ピッチに立つ彼を一目見れば分かる。しかし高校2年時の彼を初めて見て驚いたのは、その一つひとつのプレーに明確な意図が感じられたことだった。
「パスにメッセージを込める」とは最近あまり使われなくなった言葉だが、彼のプレーにはまさに、トラップにもパスにも、ドリブルにもシュートにもメッセージがある。
高校2年時の冬の選手権、正確に通ったはずのパスの軌道を見て彼が表情を歪めた時、「高校サッカー界でプレーする3年間は、彼にとって無意味なのではないか」と考えさせられたことが忘れられない。
「おそらくヨーロッパで活躍する選手になる」(ジョルジーニョ)
加えて魅力的に感じるのは、与えられた役割に徹しながら、決して自分の色を消さないことだ。チームには小笠原満男という絶対的な司令塔がいるから、その隣でプレーする柴崎の存在感が希薄に感じられることがある。プレースタイルは至ってシンプル。ひたすら彼を追って試合を見ていると、2タッチプレーの多さは驚くほどだ。
だが、特に今季の彼は“機”を見極めてスペースに飛び出し、自らゴールへと直結するラストパスを供給し始めている。ナビスコ杯決勝で見せた2つのゴールは、彼がようやく見せた本質的な攻撃性の表れだ。本来の柴崎はバランサーとしてのボランチではなく、よりゴールに近い位置でプレーしてこそ真価を発揮するトップ下としての資質が極めて高い。
ナビスコ杯決勝後の記者会見で、ジョルジーニョはそのメンタルの強さにも触れた。相手を嘲笑するようなボールコントロールを身上とするブラジル人の指揮官が「冷や冷やする」と感じるほどの冷静さは、柴崎の特異な資質を物語っていると言っていい。
「まだ20歳だがベテランのような落ち着きがあるし、運動量も豊富。特に今プレーしているゾーンは密集していて落ち着いてプレーすることは難しいが、彼は冷静にさばける。僕が外で見ていて冷や冷やすると感じる時でも、柴崎は落ち着きすぎだろうと思うくらい冷静にプレーしている。彼の指導者であることは光栄に思うし、おそらくヨーロッパで活躍する選手になると思う」遠藤保仁の代役は中村俊輔か柴崎の他にはいない――。
日本代表の「これから」を考えた時、もし遠藤保仁がガンバ大阪への残留を選択するなら、「もしも」の時に備えておく必要は一層高まるだろう。周知のとおり、J2の戦いは決して甘くない。
「替えが利かない」と称される彼がもしコンディションを崩したら、もし何らかのタイミングで年齢的な峠を超えてしまったら、そしてもし、日本代表のサッカーが遠藤なくして実現するものでないのなら――。
その代役となり得るのは、完全復活を遂げつつある中村俊輔か、あるいは柴崎をおいて他にいない。余計な世話を承知で言えば、特に柴崎にとっては、むしろ今が自身のステージを引き上げる最大のチャンスだ。
いずれにしても、G大阪がJ2降格を余儀なくされた今、ポジティブな意味で遠藤を「替えが利く」存在にする必要がある。同じく今の大迫にも、“不動の1トップ”たる前田遼一の牙城に挑めるだけの準備が整っている。
ナビスコ杯を制したとはいえ、残留争いに巻き込まれた今季の鹿島は、近年で最も低調な1年を過ごしたと言っていい。しかし大迫と柴崎の成長を目の当たりにすると、このクラブが過去に何度も描き続けてきた復活のシナリオが、再び描かれ始めている気がしてならないのである。
それから、あくまで「ここまで」の話に過ぎないが、かつての柳沢敦を筆頭に、小笠原満男や中田浩二、その後は興梠慎三に至るまで、高校サッカー界のスーパースターを簡単にはドロップアウトさせないこのクラブの体質も、やはり特筆せずにはいられない。