凛太郎の徒然草

別に思い出だけに生きているわけじゃないですが

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

僕の旅 熊本県

2008年10月13日 | 都道府県見て歩き
 僕たち旅行者から見る熊本の象徴は何といっても阿蘇山だろう。日本一のカルデラとそれを囲む外輪山の雄大さ、そして今でも噴煙をあげる活火山の風景は、僕らが小さな島国である日本に居ることを思わず忘れさせてしまう。
 初めて阿蘇に行ったときのことを思い出す。大分から久住山を経て遥かに望む阿蘇の山容。やまなみハイウェイから大観峰。教科書で学んだ「阿蘇の涅槃像」が視界に入りきらないくらいに広がる。なんという眺望か。米塚を経て草千里。当時は僕も子供で、あまり知識もなければもちろん北海道にも海外にも行ったこともなく、その風景は盆地生まれの少年にとって想像を絶した。これは凄いや。その時の阿蘇の強烈な印象は忘れない。

 熊本まで来ると、夏であれば、いや春でも強い緑の濃さを感じる。地熱が違うのだろうか、植生が異なって見える。何もかもが繁茂している。さすがは「火の国」であると思う。緑だけではなく全てが色濃い。
 濃いと言えばラーメンのスープも濃い。博多や久留米のラーメンも濃いが、熊本のそれはまた別種の濃厚さがある。その熊本ラーメンが食べたくて、以前僕は夜行バスに乗った。僕の住む最寄のターミナルから熊本行きが発着しているのは実に有難い。家を出て5分でバス乗り場に到着し、あとは寝ていれば朝には熊本の街に着いている。
 熊本ラーメンは、麺が博多などとは違い中太、そして濃厚豚骨。さらにマー油(焦がしニンニク油)が添加される。キクラゲも必ず入っているような。その時は五軒ほど食べ歩いたがいずれも美味い。濃厚なのにしつこくないのが特徴か。なので何軒もはしごが出来た(これは30歳頃の話であり、今では無理か)。

 もちろん熊本の街に来て、食べてばかりいるわけではない。あちこち歩く。
 熊本城は天下の名城であり西郷隆盛も陥とすことが出来なかった城だが、その城郭は実に迫力がある。石垣の武者返しを見ると、これは難攻不落であると直ぐに分かる。加藤清正恐るべし。
 水前寺公園にも足が向く。庭園にはほとんど興味が無い僕だが、ここは東海道五十三次の景勝を模して造園されていると言われており(中に富士山もある)、美術眼の無い僕でも楽しめる。また「古今伝授の間」が移築されている。流石は細川家のお膝元。
 昔、二十歳の頃、自転車旅行の途中で僕は水前寺公園のすぐ近くにあるYHに泊まり、早朝まだ人気の無い時間にここに入ったのが最初だった。あの時一緒に園内を歩いた驚くほどスタイルのいい女性とはその後もしばらく文通が続いたが(文通とはまた古臭い話だ)、お互いに配偶者も出来て途絶えてしまった。今も元気だろうか。
 またあちこち歩く。夏目漱石の旧宅もある。そういえば五高の教授だった。漱石は引越し魔であったので熊本市内だけでも6度転居しているが、そのうち五番目の最も長く過ごした家が残されている。そこを訪れたら、すぐ近くに宮部鼎蔵の寓居跡があった。これには驚く。そしてまたすぐに横井小楠の生誕地があった。歴史好きであれば震えがくる面子である。熊本は本当に奥深い。有名なところでは旧細川刑部邸、小泉八雲旧居、徳富蘇峰・蘆花兄弟ゆかりの地などがあるが、それだけではない。歩いていると「え、吉田司家か?」と思わず足を止めたりしてしまう。あちこちに史跡が点在している。油断出来ない。

 夜は球磨焼酎を呑み、まずは馬刺し。熊本の馬刺しは、信州のそれと違い霜降りでありまた濃厚な世界である。そしてコーネ(タテガミ)と呼ばれる首の部分。これはほぼ脂肪であるが、口の中であっという間にとろけてしまう。たまらん。そこで焼酎を口に投下。至福である。さらに、辛子蓮根や一文字グルグル(茹でた分葱をぐるぐる巻きにして酢味噌で食する)などの郷土料理。もちろん海の幸も美味い。
 呑んだ後は当然ラーメンを食べなくてはいけないのだが、熊本には太平燕(タイピーエン)もある。心は千々に乱れるのだ。

 そんな食い意地の張った話ばかりでもしょうがないのだが、熊本のラーメンと言えば熊本市内中心の前述した「熊本ラーメン」とは別に、県北部の玉名市を中心とした「玉名ラーメン」の系統も隆盛である。こっちが本家熊本ラーメンであるという意見もあって楽しいのだが、むろん濃厚さは負けていない。そんな語れるほど食べてはいないが、美味い。
 ラーメンはともかく玉名方面に向かえば、植木、木葉、山鹿といった地名に様々なことを思う。西南戦争の激戦地区である。田原坂と聞けば誰しもああ…と思うだろう。往時の跡を偲ぶものは一部残されているだけだが、例えば木留に立てば村田新八を思いだす等、思いを馳せる材料には足らぬことがない。陣形を調べてその地に立つ、ということは歴史ファンならよくやることで、関が原や川中島でも試みた人は多いと思うが、この地は近代だけに生々しさを感じる。

 天草諸島には橋が架かっているので簡単に行ける。この橋を繋ぐ道は天草パールラインと名付けられ、日本の道100選のひとつなので僕は行かないわけにはいかない。
 天草は風光明媚さもさることながら、やはり天草四郎時貞だろうか。この少年はどうも概念上の存在に思えて仕方がないのだが、観光の象徴になっている。あちこち史跡が目立つ。僕は以前切支丹の書籍に嵌っていたことがあって、五島列島や西彼杵半島同様、どうしてもそういうところへ足が向くのだが、マニアックな場所はともかく、風景として崎津天主堂は外せない。もちろん大江天主堂と同様昭和の建造ではあるのだが、この湾に面した小さな漁村風景の中に聳える尖塔は、調和しているようにも感じるが同時に違和感も覚える、そんな不思議さを持った風景であって、不意にこの稀な空間に出くわす瞬間などまさに旅の喜びとしか言いようがない。

 そんなこんなでこの熊本を、ある時は列車と徒歩で、あるときは自転車で、あるときは乗用車でと様々な手段で楽しんでいるのだが、ある夏に一度キャンプ仕様で訪れたことがあった。 
 その時は、「五木の子守唄」で有名な五木村や、宮崎県の椎葉村あたりをウロウロしていた。ここらへんはよく「秘境の山里」と呼ばれ、迫る山壁と渓谷に張り付くように村々が存在していて、その山深さは阿蘇とはまた異なった世界を見せてくれる。そんな風景の中で僕らはキャンプを楽しんでいた。
 ところが、夜半過ぎから同行のカミさんが何やら苦しみだした。熱があり、腹痛も加わっているらしい。明け方になりもうダメだと言い出したので僕は焦り、急いで撤収して妻を病院に連れて行こうとした。だがここは山の中。地図を見ると、最も近くで大きな病院がありそうな街は人吉市である。とにかく人吉へ車を走らせた。人吉は熊本で最も南にある街である。
 早暁ではあったが、町の真ん中にある総合病院が受け付けてくれた。様々な検査をした結果、命に別状はないとのことなので少し肩の力は抜けたのだが、多少衰弱が回復するまで入院が必要とのこと。幸い夏休みはまだ数日残っていたので、旅行はここで終わりということにして少しでも身体を元に戻してから帰ることにした。直ぐに移動は無理である。
 はからずも旅先で入院という運びになってしまったのだが、緊急事態はもう脱し、妻は点滴を打たれて寝ている。僕は病室で傍にいて座っていたのだが、女性ばかりの大部屋で男は実に居心地が悪い。完全看護が謳われていて、どうもおっさんがずっと座っていると邪魔のようである。妻も人目を気にしているようなので、僕は時々見に来ることにしてとりあえずその場を離れた。
 急に暇になってしまった僕は、あたりをうろついていた。人吉に来るのはこれが二度目である。球磨川のほとりに開けた盆地で、人吉城の石垣が中心に聳える。一通りの観光は以前にしていたが、なんせ時間を持て余しているので再び城跡などを歩いていた。
 歩いてみると、人吉は実にいいところである。病院のすぐ近くには武家屋敷が並び、なんとも雰囲気がいい。ここは相良藩の歴史が色濃く刻まれた、実に風情のある町並みを残す街だった。そういえば以前はポイントだけを押さえて足早に通り過ぎてしまったなと反省しつつ、ぼんやりふらふらと町を歩いた。見上げれば青い空。鎌倉以来700年以上も相良氏が治め続けたこの町には、何か落ち着きがある。為政者がコロコロと変わる日本で、こんな場所は他にそう多くはないはずだ。
 病院の近くには永国寺という古刹があり幽霊の掛軸で有名だが、ここは西郷隆盛が田原坂で破れ流浪の軍となった時、薩軍本営をおいた寺。そんなところには以前は来なかったな。入院中の妻には申し訳ないが、ゆったりと旅を楽しむ気分になってきた。明け方あれほど慌ててバタバタしていたことが嘘の様である。
 人吉はまた、街中に温泉が湧く。共同浴場も多い。その中のひとつに入ってみた。そこは、流行の言葉を借りればレトロと言えばいいのだろうか、まるで明治時代の湯屋のような浴場だった。足を伸ばしつつ、この時間が止まったような空気感はなんだろうかと思った。700年の歴史を持つこの町では、おそらくレトロなんて言葉は鼻先で笑われてしまうに違いない。
 病院をちょこちょこ覗きつつ、町をまた歩く。夜はさすがに呑み歩くことまではしなかったが、ホテルに一人で泊まって球磨焼酎を少し。そんなふうにして時間が過ぎた。そして妻は丸二日の入院ですっかり回復し、退院の運びとなった。僕は僕で、アクシデント絡みであったのが残念だけれども、結果的に人吉を堪能させてもらったようである。いい街だった。病院にも親切にしてもらえたし。
 元気になった妻を車に乗せ帰路に着くとき、妙に名残惜しかったことを今あらためて思い出すのである。
 
 
 

コメント (10)   この記事についてブログを書く
« 酒場の話題について | トップ | 井上陽水「おやすみ」 »

10 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (sakeizo)
2008-10-14 10:26:53
人吉市の酒店です。
gooで球磨焼酎を検索したら、こちらに辿り着きました。読んで行くうちに人吉の文字発見。それにしても、奥様は大変でしたね。そんな事情では球磨焼酎をガブガブ呑む事も出来なかったでしょう?
またのお越しをお待ちしています。
熊本♪ (jasmintea)
2008-10-14 12:51:24
どーしても清正のお城を見たいです。
>熊本城は天下の名城であり西郷隆盛も陥とすことが出来なかった城だが、その城郭は実に迫力がある。石垣の武者返しを見ると、これは難攻不落であると直ぐに分かる。加藤清正恐るべし。
↑この一文ですっかりまた熊本熱がぁ~~。さすがの凛太郎さんの表現。

熊本の方は優しい方が多いですね♪
勝手な印象だとお酒に強いイメージがあります。
>sakeizoさん (凛太郎)
2008-10-14 22:36:51
ありがとうございます。その節は人吉に大変お世話になりました。アクシデントがありますと人間気弱になりますが、そういう我々を実に親切にあたたかく迎えていただいて、本当に感謝しています。

旅行というのは有限の時間なので、足早に通り過ぎがちです。僕も最初に訪れたときは城跡と青井阿蘇神社などをざっと観光しただけで終わっていたのです。それでは、人吉の値打ちを見失うところでした。
人吉で唯一心残りがあるとすれば、夜の街に出没しなかったことでしょうか。次の機会が設けられれば、ぜひ「ガブガブ」球磨焼酎を呑みたいと思っています。
>jasminteaさん (凛太郎)
2008-10-14 22:44:21
熊本城は、いわゆる古城の風情でありますとか情緒、趣き、そういうものを加味せずに考えますと間違いなく日本一の城ではないでしょうか。再建云々を考慮から外しますと、僕は姫路城より好きですね。男性的だと思います。いかにも戦闘能力が高そうな。目前に迫り来るそそり立つ岩垣。圧巻です。僕のような余所者が言うのもなんですが、是非足を運ばれてみてください。

僕は熊本に知り合いは居ないのですが、数少ない経験から言っても度量のある人が多い。温かさがあるのかな。多分お酒にも強いのでしょう。あんなに酒が美味いところだもの。
大阿蘇 (よぴち)
2008-10-15 01:06:57
凛太郎さん
熊本は、修学旅行で行ったのみ、後にも先にも足を踏み入れていません。
でも、大阿蘇で、馬がのんきに草を食んでいる風景は、いかにも三好達治氏が「大阿蘇」の詩を詠んだ気持ちがわかるなぁ、などと偉そうなことを思いながら眺めた、いい思い出です。
ところで、熊本は味噌汁に砂糖を入れると聞いて、若い頃は「え~っ!じゃ、熊本じゃみそ汁は飲めないや」と思ったものでしたが、今や、私も齢をとり、何と自前の味噌汁にも隠し味として砂糖を少し入れることがあります(汗)。さすがに納豆に砂糖、は、まだ未体験ですが。やってみたらハマりそうで怖い。
>よぴちさん (凛太郎)
2008-10-17 00:00:15
雨は蕭蕭と降つてゐる/馬は草を食べてゐる

草千里はなんとも雄大ですねー。修学旅行くらいの感受性の強い時にあの風景を見るからいいんだと思うのです。僕なんぞ今行ったら多分昔読んだ詩を思い馳せるなんてことには絶対になりませんもん(汗)。
ところで…熊本では味噌汁に砂糖とは初耳です。そりゃー個性的ですね。だいたい西日本は味噌も甘口なので、多少の甘さは許容範囲ですけど…いやー知らんかったなぁ。
しかし少量隠し味に使われるとはさすがですね。甘みが旨みを引き出すのでしょうか。ところで、納豆に砂糖は聞いたことがあります。糸の引きが抜群に良くなるのだとか。僕はここだけは典型的関西人で納豆をあまり好まないもんで、試すことは多分ないでしょうけど(汗)。
Unknown (ナウシカ)
2016-04-18 15:44:37
昔の投稿にコメント、失礼します。
先日の熊本地震にびっくりして、心痛めています。
被害にあわれた方々にお見舞い申し上げます。
私は九州は2県しか旅したことなくて。
熊本はまだです。人々の家屋の被害、熊本城の被害を見て声につまります。
凛太郎さんの熊本旅話で、熊本のことを少し知ることができました。
九州、熊本に離れて住む私ですが、他人事には思えずにいます。
早い復旧、祈ります。
昨年末以降、凛太郎さんの投稿は更新ありませんが、またいつかの投稿を楽しみにしています。
短編小説読んでいるみたいな感覚になります。
>ナウシカさん (凛太郎)
2016-04-19 05:37:04
昔の記事を読んでいただいてありがとうございます。
地震というのは、本当に予想もしない場所で起こりますね。まさか九州熊本とは。あの清正が築いた堅牢不落の熊本城が揺すられ崩れた光景を報道で見ますと、その尋常ではない地震規模の大きさに戦慄しました。
被害に遭われた方々に一日も早い安らかな日々が戻ることを願ってやみません。

ブログ、更新していなくてすみません。別ブログはときどき稼働しているのですが、なかなかここには手が付かなくて。
短編小説のような記事などとうてい書けませんが(汗)、そのうちに何か書こうと思います。
Unknown (ナウシカ)
2016-04-21 14:48:11
お忙しい中、返信ありがとうございました。
先ほど拝読いたしました。管理人さんと同じ気持ち、九州、熊本に1日も早い復旧を、人々に安心感をと祈ります。
いろんな方のブログ読んでいると、知らない分野の話や、また共感出来る話などに触れることができて楽しいです。
麺、特に「うどん」好きな管理人さんの話に引き込まれてしまいました。私も麺類、うどんは大好きです。うどんは乾麺より、せめて半生うどんを。やはり生麺は一番好き。ゆでたての弾力性ある食感が良いですね。本当に美味しいうどんは、お醤油だけでも美味しい!と感じますね。
他のブログも管理運営されていたら、忙しいですね。事情分からずに失礼しました。またいつか、お時間ある時があれば。
ここに感想まとめて書いてしまいますこと、失礼お詫びします。
お母様との香川県日帰り旅行の話は感動。お母様、きっと嬉しかったはず。旅のスケジュール、日の出に夕日も二人で見ることができるように細かな時間計算を。お二人にとって貴重な思い出になりましたね。
お母様を今でも大切にされていることでしょう。
>ナウシカさん (凛太郎)
2016-04-24 10:04:31
最近、讃岐へ行けていません。もう一年以上…二年近くはご無沙汰してます。そろそろ渇望状態になってきましたね(笑)。
香川県の話を書いたのは9年くらい前なのかな。あのときは山越など有名店に大行列ができてる! なんて驚いていましたが、以降、香川県だけでなく讃岐うどんの店が全国的にどんどん増え、セルフのチェーン店「丸亀製麺」が全国制覇をするようになるなんてことは、あのときには予想してはいませんでしたねー。
老いましたが、まだ両親が健在でいてくれるのはありがたい話です。親孝行と呼べるほどのことは何も出来ていませんが、いつまでも元気でいてくれればと思っています。

コメントを投稿

都道府県見て歩き」カテゴリの最新記事