できている
藤沢周平のファンは多いと思う。私もご多分に洩れず、そのひとりだ。
「橋ものがたり」という短編集がある。「橋」に纏わる小品が何編か納められている。その中の『小さな橋で』という短編がとくに気に入っている。
話の筋は読んで貰うとして、半助店(はんすけだな)という裏店(うらだな=裏長屋)に住む広次という10歳の少年の目を通して、ストーリーが展開する。話の核心は、できている という言葉である。
できている という言葉の意味が、10歳の少年にはどういうことかはっきりわからない。わからないが、大人たちがよく使う。自分の母親などは、姉のことを「重吉という男と できている」と言う。
だから広次は、できている という言葉の意味が、わからなくてもわかるのだ。でもはっきりしないのだ。
http://www.ctt.ne.jp/~momo/%82%A8%82%A8%82%E6%82%B5%82%AB%82%E8.html
ストーリーは、子供たちが遊び場にしている葭の原にある行々子(よしきり)の卵をめぐる他の町の子供たちとの争いや、姉の男への執着、男に対する媚態、それに対する広次の辛辣な眼、母親の醜悪とも言える酔態、蒸発した父親などの話を絡ませながら進む。
そしてラストが落語の下げ(落ち)そのものなのだ。ここでは言わない。
決して裕福とは言えなかった昔の子供達の生態、親子兄弟の葛藤、裏店の人情、世間そして未だ残っていた自然……そういったものが活写されており、小品ながら傑作と言える。
06.12.02