言葉の乱れ
冒頭の写真は・・たそがれ
「裾の乱れ」や「髪の乱れ」は、美しい‘にょしょう’(女性)にはお似合いだが、「言葉の乱れ」は許せないと嘆く向きは多い。
近頃は、「お名前様を頂戴してよろしいでしょうか」という言い方が広く流布しているそうだ。やがて、「お電話番号様」「ご住所様」テナことになるだろう。
体験談に基づく投書によれば、病院で採血される直前に、医者から『血液様を頂戴してよろしいでしょうか』と云われたらしい。思わずドラキュラを思いだし、ゾッとして身震いしたそうだ。
この伝で行くと、強姦魔も、「お○○こ様を頂戴してよろしいでしょうか」と云ってから、犯罪に着手するようになる。
「言葉の乱れ」は、我々もその渦中にいて片棒を担いでいるから、どうにも具合が悪い。
ひとつ、例を挙げる。
「黄昏」は、「〔た〕そがれ」であって、「〔だ〕そがれ」ではない。
元来、夕暮れ時の人の様子が見分けにくい時、「誰(た)そ、彼は」という意である。古くは、「たそかれ」と全部が清音であったらしい(三省堂「新明解古語辞典」)。
だったら、霧島昇の唄は「たれか故郷を思わざる」だ。「だれか」と濁音ではない。事実、霧島昇は「たれか」と清音で唄っている。昔の歌手は100%清音で発音していた。今や、「た」と清音で唄う歌手は見当たらない。
NHKの「にほんごであそぼ」を見ていたら、「あのこはたあれ」とテロップで表示していた。流石だ。
にほんごであそぼ |
まあ、“唄は世に連れ、世は唄に連れ”というが、語法は世に連れ変化するものだとしたら、我慢しなきゃ仕方ないか?
でも「お名前様を頂戴・・・」は、戴けないナア!
皆さん、どう思いますか?