★今、手元に(これを打っているPCの隣の書架に)江藤淳の『成熟と喪失 ~母の崩壊~ 』がある。 これは、江藤淳という批評家が、安岡章太郎(海邊の光景)、小島信夫(抱擁家族)、遠藤周作(沈黙)、吉行淳之介(星と月は天の穴)、庄野潤三(夕べの雲)を媒介に(畢竟、「演奏」して)、江藤の世界を(結構、強引に、アクティブに)創りあげたものだ。 この「自分の世界を創りあげる」ということは、自己確認の作業、ま、わたし流にいえば、過去・現在・未来という時間軸上の自分の位置を確認する作業&学校・家庭・社会という空間軸上の自分の位置を確認する作業ということでもある。 詰め詰めの書き方をしたので堅っ苦しい文字並びになってしまったが^^;、この「JR八戸線・無人駅線Blog」も、同じ伝で、有家駅・宿戸駅……などは、江藤の庄野潤三(夕べの雲)であり、吉行淳之介(星と月は天の穴)である。 JR八戸線・無人駅を媒介して、きっちり自己確認の作業ができるようになりたい。 あるいは、(ちょっと強引でもいいから)自分の世界を創りあげていきたい(ああ、まだまだ……だァ~^^;)。 ★画像は、有家の人々。
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★JR八戸線・有家駅。 わたしを、この有家駅まで乗せてきた気動車(キハ48)が遠ざかっていく、その「後ろ姿と速度」が、魂の内側に向かって疾駆するわたしの「方向と初速度」になる……とした場合、2点、気になることがある。 (1)見過ぎ世過ぎに輪郭づけられ、手垢にまみれた「わたし」が、そのまま魂の内側に疾駆していくとは、とても思えない。 分離するのだろうか? もし、分離するとすれば、何と何に分離するのだろうか? 仮に、一方が身過ぎ世過ぎに輪郭づけられ、手垢にまみれた「自我」であるとすれば、もう一方の存在は何と呼べばいいのだろうか? さらに、見過ぎ世過ぎに輪郭づけられ、手垢にまみれた「自我」でないほうが、魂の内側を疾駆するとすれば、見過ぎ世過ぎに輪郭づけられ、手垢にまみれた「自我」のほうはどこへ行くのだろうか? (2)(それ以上に、もっと気になるのが)有家駅を発車した気動車(キハ48)は、いったい、どこに向かうのだろうか?
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★JR八戸線・有家駅。 大げさでなく、比喩でもなく、わたしの人生を変えた駅だ。 わたしを無人駅まで乗せてきた気動車(キハ48)が遠ざかっていく……その後ろ姿と速度が、わたしが魂の内側に向かって疾駆する方向と初速度になる……という言い方をよくするが、もっとも劇的に疾駆させたのが有家駅だ。
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★JR八戸線・宿戸駅。 前回「静謐ということばがぴったりの無人駅」と書いたが(不用意に書いてしまったが^^;)、地域の人々には「1時間か2時間、駅に滞在しただけで……」とわたしの思いこみを笑われるかもしれない。 本日、紹介する宿戸の人々の画像を見ていると、「静謐な無人駅」は、旅人の単なる感情移入、ないしは美意識に過ぎない……と思えてくる。 宿戸駅は、これらのパワーあふれる人々が住む地域への入口であり、出口であるのだ。 踊り手の中に、知人をひとり発見。 彼女は、この土地の生まれではない。 縁あって宿戸の人になった。 「来年は太鼓をやりたい」と張り切っている。
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★JR八戸線・宿戸駅。 この駅に下車したのは1度だけ。 梅雨の季節だった。 木々の濃い緑と、シンと静まる駅空間は、しばらく体調を崩したあとの快復期にあったわたしにピッタリだった。 駅舎の裏側に置いてある木製の巨大な電線ドラムは、何に使うのだろうか? 最後の画像は、列車を見送る宿戸小の子どもたち。
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★昨日の「無人駅空間とわたしの魂の内側との関係」について、補足。 「(駅鉄として)修業が足りない」と書いたのは、昨日、朝、NHK・TV「ホリデーインタビュー」〈だからボクは母をかいた~政治学者・姜尚中さん~〉(番組解説=在日2世の政治学者、姜尚中さんが、自分の母を主人公に実話を元にした初めての小説を発表した。小説を通して見えてきたものとは何か。姜尚中さんが、ふるさと熊本で語る)――を観たことと関係があるかもしれない。
昨夜の天ぷらをレンジで温める。 お湯を沸かしてインスタントみそ汁を作る。 電気釜のご飯をよそる。 わたしには結構、たいへんな作業だ^^;。 また、その朝食を取り、その日のスケジュールを(ちょっとイライラ)チェックながらの視聴だった。 さらには、姜尚中氏の心のヒダを手探りしつつ言葉を発する姿勢に好感を持ながらも、大東亜戦争史観では相容れない立場の人物だという強い認識がわたしの根底にあって、わたしが一方的にブロッキングする厚い壁を隔てての視聴だった。 だから、番組中の映像も言葉も、すべて、わたしの外側を流れていった。 しかし、唯一の例外。 魂の内側に焼き付いた場面がある。 それは、ローカル線(たぶん熊本電気鉄道菊池線)の、どこかの駅で、姜尚中氏が、インタビューするアナウンサーといっしょにベンチに腰かけて談笑している場面だった。 そこを観たわたしは、ああ、いいなぁ~、こういう場面、こういう時空間は……と思った。 わたしは「(無人)駅鉄」であるかもしれないけれど、こんなふうに駅で、駅そのものではなく、駅から派生する身辺の瑣末、あるいは、駅にまつわる人生の片々について思考し、語る経験が不足している。(ま、こういう感じ方も番組の趣意からは外れているから、畢竟、外側に存在しつづけていることに変わりはないのだけれど^^;) くりかえす。 わたしには、駅で、駅そのものではなく、駅から派生する身辺の瑣末、あるいは、駅にまつわる人生の片々について思考し、語る経験が、圧倒的に不足している。(反面、バス経験は豊か^^;) 補足、以上。
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★前回か、前々回に「無人駅まで自分を乗せてきた気動車(キハ48)が、わたしを降ろしたあと、轟音を立て、排気煙を上げ、ユルユルと遠ざかっていく――その遠ざかっていく速度と同じ速度で、自分が魂の内側に向かって走り出す」というようなことを書いた。 この画像は、気動車が(鮫方面に)遠ざかり、姿を消してしまったあとの無人駅・白銀駅の空間だ。 この空間と、わたしの魂の内側とは、いったい、どんな関係になっているのだろうか? (1)この空間の中に、わたしの魂の内側があるのか? すなわち、白銀駅空間>わたしの魂の内側なのか? (2)あるいは、反対に、白銀駅空間<わたしの魂の内側か? (3)あるいは、白銀駅空間=わたしの魂の内側か? (4)いやいや、そうではなく、まったくの別空間、すなわち、白銀駅空間≠わたしの魂の内側か? あるいは、この(4)との関連で、(5)「両空間が一部重なりあっている(融合)」とか、(6)「両空間の端と端が接している」とか……いろいろに考えられる。 もちろん、(7)「無人駅によって異なる」、あるいは「そのときの精神状況によって異なる」ということも考えられる。 シャッターを押した瞬間は、(3)「白銀駅空間=わたしの魂の内側」だと感じた。 それでいいのだと思うが、画像を見つめていると、(3)か(2)か(6)かと、限りなくブレつづける^^;。 さっき、のぞいた某「鉄ちゃん」ブログの主が、プロフィールに自身のことを「筋金入りの乗り鉄」と書いていた。 わたしの場合は、「筋金入りの(無人)駅鉄」と書くには、まだまだ修業が足りない^^;。
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◆JR八戸線・陸奥白浜駅。(←酔っぱらってアップするとこういうことになりますねm(_ _)m。訂正します。もちろん、白銀駅です。9/21) 日本一?にぎやかな無人駅。 きょうは(7/6~7)三嶋神社のお祭り、駅舎が人々で埋まっている。
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★さっき「秘境駅」の条件を列挙するWEBページをみていて、「無人駅」大好き人間のわたしが、なぜ「秘境駅」派嫌いなのかが、よくわかった。 秘境駅の条件の第1は「無人駅」。 これは異存はない。 がっちり握手できる。 しかし、第2「利用客僅少(限りなく0に近いこと)」や、第3「周辺人口僅少(限りなく0に近いこと)」となると、ほとんど、いや、まったく相容れない。 理由は、わたしが、無人駅界隈に住む人々の日常時空間に接することを無上の喜びとするからである。 利用客、あるいは周辺人口が、ま、僅少である場合がほとんどだが、「限りなく0に近」づくことは期待していない。 だから、秘境駅の上位に、JR八戸線・有家駅などがランクされていると、注目してくれているのはうれしいのだが、反面、(利用客などが0に近づくことが期待されていることに対して)「うるせぇ-、失礼だろ!」と、ちょっと、ムッとしてしまう。 画像は、JR八戸線・白銀駅界隈。 白銀地域の人口は、3万人超。 秘境駅の対極にある無人駅といっていい。 急な傾斜地の途中にあって、小さな駅舎は、密集する家並みにスッポリと埋もれている。
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◆しばらく放置していたBlog〈大阪急行・無人駅線〉や、HP〈WEB無人駅線の旅・JR八戸線〉を、再構築する過程で、これまで突き詰められなかった、無人駅における、自分の精神現象が(まだ、なんとなくのレベルだが)少しずつわかってきた。 ◆これまでは、わたしは、わたしが無人駅に存在することによって、魂の内側に沿って沈潜していく……というふうに、無人駅と自分との関係においてとらえていた。 これは、もちろん間違いではない。 が、今回、もうひとつ別な要素に気がついた。 ◆それは、その無人駅まで自分を乗せてきた気動車が、わたしを降ろしたあと、轟音を立て、排気煙を上げ、ユルユルと遠ざかっていく、その速度だ。 この速度と同じ速度で、自分が魂の内側に向かって走り出す。 すなわち、遠ざかる気動車に、わたしは魂の内側への初速度を与えられているということだ。 さらにいえば、この初速度を与えられることと、気動車(キハ48)の轟音・排気煙・ユルユルとした速度とは密接不離。 ま、電車ではダメということだ。 ◆では、無人駅自体は、魂の内側に向かって走り出すことと、どう関係するのかというと、魂の内側に向かって走り出す方向が、それぞれの無人駅によって異なるのではないか?と思っている。 まだ、これも、ぼんやり感じている段階で、ことばで詳細に表現できるレベルには至っていないが、ただ、気動車が白銀駅から陸奥湊駅に向かう後ろ姿と、有家駅から陸中中野駅に向かう後ろ姿とでは、与えられる方向は、確実に異なる。 魂の内側に向かう初速度と方向と……無人駅線の旅は、まだまだ続く。
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★無人駅で下車し、(この画像のように)プラットホームに立ち、ここまで自分を乗せてきた列車の後ろ姿を見送っているとき、列車が離れていく速度と同じ速度で、魂の内側に向かって走り出す自分を感じる。 離れていく列車に、初速度を与えられるわけだ。 これは、やはり、電車より、絶対に気動車(キハ48)がいい(*^_^*)。 エンジンの轟音。 吹き上げる排気煙。 ユルユルとした発進力。
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★現在、わたしの〈無人駅線ホームページ〉のトップ ★http://odaka.orz.ne.jp/sub114hachinohesen.html の画像は、JR八戸線・白銀駅だ。 家々が密集する、結構、急な傾斜地の途中にある。 画像の正面に、急傾斜地の崩壊を防ぐ、切りたったコンクリートの擁壁が見える。 この擁壁の上にも家々がある。 わたしは高所恐怖症なので、あまり住みたいとは思わないが、擁壁の上からの眺めは、飛びっきり美しい。 空の青。 海の青。 平べったい家並みの人ッポサ……。 これらが、きしみ合いながら、溶け合っている。 天空にいる気分だが、これまでの自分の人生の、あこがれ、あきらめ、幻滅、自棄、絶望が浮かびあがり、クラクラッと落下するかもしれないという不安定さをともなう。(←ま、これはわたしが高所恐怖症だからか?^^;)。 白銀駅舎は、このなかに埋もれている。
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★JR八戸線・玉川駅界隈の迷い道を、鷹に導かれているような錯覚に陥るうちに、玉川の人々の行列(ナニャドヤラ流し踊り)に遭遇(もちろん、錯覚の内側の幻覚^^;)。 今回は、これで、錯覚の内側の幻覚の、JR八戸線・玉川駅を去ることにする。
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★JR八戸線・玉川駅から宿戸駅方向に、迷い迷い(道をたずねたいのだが、人に出会わない)、歩いていると、鷹に出会う。 直接、目にするのは初めてのなで、ホンマに鷹かどうか自信はないが、わがLIONSの宿敵、HAWKSのロゴマークの、とぼけた鷹にそっくりだから、たぶんまちがいないだろう。 距離が近く動揺し、なにも考えず(考えられず)、とっさにシャッターを^^;。 近づくと飛び去る。 しかし、しばらく歩いていると、また現れる。 3度ほど(4度だったかもしれない)、同じことをくりかえす。 一瞬、導かれているような錯覚に陥る。
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★「いつも元気な振りをしているふみやん」というイメージ……。 このイメージは、確かにありますね(*^_^*)。 しかし、実際のところは、周囲に「振りしている」とも感じさせないくらい、完璧に「元気」&「沈着冷静」なふみやんです。 ですから――やや、まどろっこしい表現やけど――そのご本人から「振りをしている」と言わせたことは、この〈WEB無人駅線〉の収穫かもしれません。 ふみやんには、もう一つ魅力があります。 前回、五稜郭の話が出ましたので、「戊辰戦争」になぞらえるなら、どっちでもええのにわざわざ敗色の濃い幕府側に回って、気がついたら1人で戦っているというイメージがあります。 「いつもしんどいほうに回って、アホな人やなァ」と思ったことがあります。 けど、これって、ホンマ、ふみやんの、しびれるくらいに、ええとこです。 その人が、突然、極彩色のオーロラでっかぁ~!? 無人駅線の窓ガラスに映るふみやんの顔。 ため息。 カーンカーンカーンと過ぎ去る踏切の警報音……。 よーわかれへんけど、 「ふみやん、遂に五稜郭に死す……」 というとこでっか? ――いつも元気なふみやんへ。
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