私は出来るだけ作り手の顔が見える物を側に置きたいと思っています。
器にしろ家具にしろ美術工芸品にしろ、見る度に作った人の事を思い出し、
モノに命を感じることが出来るからです。
一方、作り手は判らないけれども、それと出会った時の自分自身の心の動きや、
胸のときめき等を思い出すことが出来るアンティークも同様に好きです。
お天気のいい日にお散歩をかねて近くのアンティーク街を歩いている時や、
旅先でふと立ち寄ったアンティークショップで思いがけない出会いも有ります。
これは大分前に出会った小振りなマティーニグラスです。
普段は慎重派の我がバーテンダーが、知らないうちに迷う事なく会計を済ませていました。
少し驚きましたが、それには理由がありました。
グラスの裏に Made in occupied Japan の文字。
占領下の日本。。。。。
これは戦後アメリカの占領下に有った日本で作られ、輸出された物です。
秋を思わせる草花が優しくシンプルな線で描かれていて、
大分使われたのでしょう、金を吹き付ける為の接着剤として使用された
赤漆の下地がのぞいています。
『誰がどんな気持ちでこのグラスを作ったのかと思ったら、家に連れて行こうと思ってさ』
バーテンダーが言いました。私ももちろん大賛成です。
6客セットで揃っていましたが、どれもかなりの傷みが有ります。
それでも、私達は使いましょう!という事になりました。使ってあげたいと思いました。
これを作った方はもうお亡くなりになっている可能性も高いと思います。
でも敗戦の日本でコツコツと、もしかしたらはっきりとした用途さえ判らぬまま、
このマティーニグラスを作っていた職人さんの生きた証が、
長い年月と海を越えて、日本人の私達の元に巡って来てくれたのです。
よくぞ今まで、壊れもせずに元気で頑張っていてくれましたね。
もう大丈夫、安心して下さい。あなたの旅は終わりです。ここが終着駅。
これからは私達とずっと一緒に暮らしていきましょう。
あなたの主のバーテンダーは、あなたをとても大切にしてくれるはずです。
時々、『ちょっと小さ過ぎるなー』などと文句を言う事も有るかもしれませんが、
どうぞ気にしないでね。酒飲みの戯言ですよ。