カリフォルニア便り ーFROM OQ STUDIOー

~南カリフォルニアから~
陶芸家の器と料理、時々王様の日々

聖夜のマティーニ  ~渋谷で5時の想い出に捧ぐ~

2011年12月24日 | Ceramics

貴女の焼き物でマティーニを飲んでみたいな。

それは無理だと思うよ。

マティーニグラスはシャープなグラスが似合うんじゃないかな?

そんな風に考えていたけれど、作ってみようと思い立った。

納得のいくものが出来たら、クリスマスプレゼントにしよう。

とにかく薄く!軽く!

そんなことを考えながら作った。

良いかも!

マティーニはクリスタルクリアなお酒だから、

覗き込んだ時に、色を楽しめる釉薬を掛けた。

出来上がったものを見せたら、想像以上に気に入ってくれた。

本当に幸せだな!

普段あまり感情を表現しないバーテンダーがそう言った。

満足、満足

 

 

Dear My Sweet Hearts 


私には、多くの人の為に何か出来るほどの力は無いと思う。

人の役に立ちたい!なんて頑張ってみたり、

無力な私には何も出来ないと落ちこんだりした事も有ったけど、

本気で誰かを支え続けるには、

その人の人生を全て背負う覚悟が要るのだと、今は思う。

私が背負えるのはきっと貴方と王様の命だけだね。

だから、これからもしっかり背負おうと思う。

私の料理が貴方を幸せにするのなら、

私は今日も明日も、ずっとキッチンに立ち続けるよ。

私の焼き物が、貴方の毎日を楽しくするのなら、

私は陶芸家であり続けるよ。

私の笑顔があなた達の心を守るのなら、

私はいつも笑顔でいようと思う。


背負えない人生の為に私が出来ること。。。

それは常に誠実であること。

声にならない声を聞き逃さない耳や、

黙って頑張っている姿を見逃さない目を持ち続けること。

たった一人でも決断し、行動出来る強さと、

諦めない心を持ち続けること。

それだけだと思うんだ。

それだけなのだけれど、それが結構難しい。

でも私、そうあり続けるよ。


Dear my sweet hearts

幸せでいてくれて、ありがとう。


メリークリスマス



 



燃え残った手紙

2011年11月12日 | Ceramics

 

メールと手紙。

誰かが相手に用件や気持ちを伝える為に書く。

受け取った側が、それを何かの理由で消す必要がある場合、

メールなら削除、消去。手紙なら破棄になるのかな。

それからもう一つ、手紙の場合燃やすという方法が有る。

破棄することと燃やすことは、結果的に同じように文書を消し去ることでも、

その行為の持つ意味や、時間の経過が違う。

 

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『燃え残った手紙

 

この手紙は燃やそう。

いい加減前に進みたいのに、この手紙がいつも邪魔をする。

ゆったりと穏やかな文字が刻まれた便せんの隅に火を点けて、暖炉の中に投げ込む。


燃やしたいのは文字の書かれた紙ではない。

書いたあの人の思いと、受け取った私の思い。

思い出の中の二人の存在自体が煙になって消えてしまえばいいのに!

手紙が焦げ臭い匂いを放ちながら炎を上げ始めるのをじっと眺める。

旅先から投函された手紙は、エーゲ海の夕暮れ色をしている。

私に心を伝える為にあの人が選んだ言葉が、一字一字消えて行く。

・・・と、

夕べ燃え残った薪が、コトリと音を立てる。

突然我に返った私は、慌てふためいて炎をたたき消す。

ちょっと待ってよ!なにも燃やさなくても良いじゃないの!

自分で火を点けておいて、誰に向かって言っているというのか。

時間が手紙と思い出をセピア色にに変えてくれるまで、

見えないところに仕舞っておけば良いんだから。

燃えて無くなってしまった言葉を、焦げて縮れた茶色が縁取る。

一番大切で、今は一番見たくない言葉が消えてなくなっているのに気付く。

私はいつもそうだ。

感情的になって、一番大切な物を失くし続けて来たんじゃないの。

知ってるよ、思い出は絶対に消えない。

苦い思い出ほど強く残る。。。

強い衝動から静かな後悔へ。ここまでほんの数分。

時に人の心は、僅かな時間の中で大きく変化する。

時間が大切な友達であることを、いつも過ぎてしまってから思い出す。

ふと目をやると、燃え残った手紙は結構美しい。

醜く乱れて傷ついた思い出が、やがて美しく見えて来るのと同じだ。

 

それにしても・・・・・

忘れてしまいたい言葉ほど

いつまでも心に焼き付いて消えないのはどうしてだろう?


窓を大きく開けると、カリフォルニアの深紅の夕焼けが広がっている。

私はもう別の場所で別の毎日を生きている。

便せんの夕焼け色は、遠い遠い彼方。

 

いい歳をして、子供じみた自分に向けたため息と入れ替わりに、

晩秋の冷たい空気が流れ込んだ。

 

by OQ

 

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短編小説を書くように、作品を作ることも有ります。

あっ!ストーリーは、もちろんフィクションです。

 

 Have a beautiful weekend everybody



生ハム&メロン

2011年11月10日 | Ceramics

ここのところ、ペーパーシリーズの制作に夢中な私ですが、

平行して取り組んでいるものがテキスタイル。

布の様な焼き物を焼きたいな。

土というのは高温で焼き上げてしまえば永遠に形を残す強靭な素材ですが、

水気を含んでいるときは紙や布の様にしなやかで、自由にその形を変えてくれます。

私は陶芸をなさらない皆様が、あまり見る機会のないそんな土のしなやかさを、

焼き上がって尚感じて頂ける作品を作りたいと思っています。

インドネシア発祥の染色技術、バティックのような素朴な風合いの長皿です。

作陶中に少し余った土で、手彫りのスタンプを幾つも焼くのですが、

それを使って、立体的な地模様を付けて、ろうけつ染めの様な夕焼け色に薬掛けをします。

これは”エーゲ海の青という、焼成時に独特な動きをする魅力的な釉薬です。


メロンなお皿


同じようにスタンプで地模様を付けて、こんなお皿を焼いてみたりもします。

僅かな凹凸に釉薬が反応して、ガラス質の強弱や色の濃淡を描き出します。

 

で、生ハムメロン。

こんな風にちょっとした前菜を並べるのに、この形は重宝します。

何はともあれマンハッタン。相変わらずマティーニ好きなバーテンダーです。

私、メロンのお皿を焼いた時、

『もう生ハムにメロンは要らないわ。メロンのお皿に生ハムを載せれば生ハムメロンだし。

と思ったのですが、”ギャグでしょっ!” と敢え無く却下。

・・・・・というわけで、こちらは生ハムメロンメロン。

 

では

 



贅沢な明かり

2011年10月21日 | Ceramics

家族の誰か、はたまたその一族全体の仕事や趣味ゆえに、

生活のある部分だけが突出して贅沢ということがございます。

例えば前回お話しした親族、ニワトリ研究家の家族は、

一つのお値段が普通の15倍もするかという地卵を、

娘がホットケーキを作る時にさえ使っております。

それ以外はごく普通の、まる子ちゃん家や磯野家の様な一家ですが。

 

私の母の子供時代は戦後の食糧難でございました。

ですが母の実家が呉服屋だったため、その洗い張りの糊に使う為や着物の代金の変わりに、

あちこちから白米が持ち込まれ、米びつが空だった記憶は無いのだそうです。

周囲の子供達が皆、お芋や大根などが入った雑穀米のお弁当を持って来る中、

一人、輝く白米一色のお弁当を持参させられ、肩身が狭く隠れて食べたそうです。

ですが白米ばかり有っても、おかずが有る訳でもなく、貧しさは同じこと。

同じ白いならお砂糖の方が良いもん!」等と罰当たりなことを考えていたそうです。

 

その娘、私も子供の頃は大変罰当たりな日々を送っておりました。

私の父は地方には数多く生息する山菜採りの名人の一人。

さすがの父も、今では毎年探すのに悪戦苦闘しておりますが、

私が子供の頃、秋の我が家は松茸のオンパレードでございました。

もうね、飽きるんでございます、松茸。

その頃でも都市部では高値で取引されていることに変わりは有りませんでしたから、

確かに人様に差し上げれば、大変喜んで頂けました。

我が家の女達の秋のひと仕事と言えば、松茸のギフトラッピング。

竹の籠に杉の葉を敷き、松茸を並べ、それを幾つも作って廊下に並べます。

私はその様子を美しいな、と思いました。秋の匂いが廊下に広がっていました。

「人様にものを差し上げる時には、心も一緒に贈らなければね。」

隣に座っている役に立たない妹とともに、そう教えられて育ちました。

そして住所を書いた送り状をそれぞれの籠の上に並べて行く。

ご家族の人数に合わせて、松茸の本数が違いますので間違えない為です。

やっと終わったと思っても、まだい~っぱい残ってるんです。

そして明日になればまた父は山に行く。。。。

初物こそ、有り難がって土瓶蒸しなど頂いてみる我が家族も、

もういい加減にしてくれ!と、贅沢甚だしいことを言い出します。

途方に暮れた母は、目先の変わった料理を次々考案。

「松茸が入っていることが気にならない一品」不届き極まりないテーマです。

松茸チャーハン、和風松茸スパゲティー、松茸グラタン、松茸ハンバーグ等々。

香りを活かすのではなく、殺す為に味噌やらバターやらスパイスやら、もうゴチャゴチャ。

それはそれで美味しかったですけれど。

 

月日が流れ、私は今陶芸家として日々を暮らしております。

そんな我が家の突出した贅沢は、なんといっても器もの。



トーストがカリッとしたまま保てるトースト専用のお皿



タイカレーの為だけに作った蓋ものセット



王様も マイ・おやつ壺 を持っていたりします。

 

こちらは直径30センチ程の大鉢。

ペーパーシリーズの削りを、斜めに削り上げることで動きを出したものです。

これは我が家で使う為に作ったもので、何に使うかと申しますと・・・・・

たいそう大きなキャンドルホルダーです。

真ん中にちょこんとティーキャンドルが置いてあります。

ちなみに敷物は、ランチョンマットだと思うのですが、

凸凹すぎて使い勝手は悪そうだけれども、敷物としては面白いかも?と購入しておいたもの。

昼の間はコーヒーテーブルの真ん中に置かれた、ただの白い大鉢です。

それが夜になりまして、キャンドルに火をつけますとこうなります。

純白な焼き物の肌に光が反射し、小さなティーキャンドルが驚く程の光を放ちます。

オレンジの光が、鉢の底から登るロクロの穏やかな同心円に沿って陰影を映し出します。


コーヒーテーブルの上に置くキャンドルは、無香料のものがよろしいです。

飲み物の香りを邪魔しないからです。

手持ち在庫が底をついて参りましたので、特別な時にしか使えませんが、

本当は、日本の老舗が作っている和蠟燭が理想です。

燃え尽きる最後の瞬間が、それはそれは美しいからです。

おしゃべりに夢中で、その瞬間を見逃した時など、

プログラム最後の1尺玉を見逃したくらいがっかり致します。

和蠟燭の凄さを知ったのは、一年かけてバーテンダーと日本中を旅していた頃、

和蠟燭の職人さんにお目に掛かった時でした。

 

 

大鉢の底から放たれる、ゆらゆら揺れる光をぼんやり眺めておりましたら、

遠く離れた親戚家族のこと、母の子供時代、私の子供時代、そして私達の旅の時代。

様々なことを思い出しました。

 

花器にもなれば、鉢カバーにもなる。沢山の煮物を入れることも、

柿やリンゴや蜜柑を盛ることも出来る。パーティーの時のキャンディー入れにも・・・・

それでも私はこの大鉢を、キャンドルホルダーとしてだけ使うつもりです。

多様化の時代などと申しまして、色々な用途に使えるものが愛される世の中ですが、

時に、私の最愛なる美の神様には、

一つの目的の為だけに作った、贅沢な器を持つことをお許しいただこうと思います。

フレキシブルではない美も良いものです。

 

では


 



トースト

2011年09月10日 | Ceramics

 

朝が好きです。


朝のフォーマルリビング

朝のリビング

朝のダイニングルーム

  

朝の王様

 

皆、朝日を受けながら、一日が始まるのを待っています。

我が家の朝は、フルーツ色々とヨーグルト&ミルクをミキサーに掛けたフレッシュジュースとトースト。

そしてバーテンダーが入れてくれるコーヒーが定番です。

お好みですが、私はトーストはカリッとこんがり派です。

せっかく上手に焼けたのに、お皿に載せておくと湿気で「カリッ」が消えてしまうのが悩み。

そこで・・・・・

トースト用のお皿を焼きました。

ペーパーシリーズから、まさに紙のように薄くて軽い丸いお皿です。

工夫したのは、真ん中にある5ミリ程の盛り上がり。

この盛り上がりと、お皿の表面に入れた削りの凹凸で、トーストがお皿に密着せず、

湿気を逃がしてくれるので、カリッと感を保つことが出来ます。

盛り上がりは僅か5ミリですので、トースト以外のものを乗せても気になりません。

これで悩みも解決致しました。

時々日本の食パンが恋しくなることもございますが、

これなら美味しい朝が迎えられます。

 

それでは、素敵な週末を