『自由の哲学』を読む ~日々の暮らしから~

日々の「?」から始めて一歩ずつ
自分で見て考えて、行動していきたい。
私の自由が人の自由にもつながりますように。

自分を語る人、宇宙を語る人

2021年12月18日 | シュタイナー
10年くらい一緒に勉強している人がいる。
同じ勉強をしていても、同じ本を読んでいても、
その人は、必ず宇宙の進化、人類の進化を語る。
私は、必ず、自分にとって、どうなのかを語る。

大人の学びは、
現世利益的なことを越えて、
どこまでも自己認識の道だと思っている私には、
そこが、よくわかんないところでした。

でも、自分の外の世界って、
自分を映してるよね。
文句ばっかり言ってる人には、
文句ばっかり言う周りの人が来るし、
イイヒトの周りにはいい人が集まる。

たまに違和感を覚える人がいる場合は、
そこから自分が何かを学ぶために、
その人が遣わされた可能性があって、
というか、可能性はどうでもいいけど、
その人から何かを学ぶ動機にしたらいいわけで。

と考えたら、外の世界の究極の大きさが、
宇宙だよな~と、ふと思ったりした朝。

昨日、頭痛だったせいで(←もう治った)、
ブログを書かずに無のまま寝ちゃったからか、
今朝は妙に壮大な起き方をした(^^)。

よく考えてみると、宇宙の進化が、
たとえば最初は熱で、気体から、固体になっていく
(↑あいまいに書いてるからスルーしてね)
みたいなことがあるとして、
それも、自分の鏡になったりする可能性があるな。

「これやりたい!」っていう熱が自分の中に生まれ、
そこから、いろんな思いを紡いで、考えて、
(ここが、気体のフェーズ)、
形にしていく(固体のフェーズ)という、
進化の過程。

これ、シュタイナーに出会う20年前の私なら、
そして、生き方も尊敬できるあの人じゃなければ、
「宇宙?天使?またアヤシイこと言うて~」って、
まともに聞かなかったと思うんだよね。

若気の至りで、
「自己認識こそ学びの道なのに」とか、
エラソーに批判してた可能性もある。

よくあるけどね。
相手を批判している言葉が、
そっくりそのまま自分に当てはまる
なんてことが。

「あの人は、好き嫌いで人の扱いを変える」
って困っているその人が、その相手のことを
結果的に他と違う扱いにしてしまっている、
なんてことが。

あ、話逸れたかな?

自分を語る私も、宇宙を語るあの人も、
「ホントウはどうなってんの?」に、
別のアプローチから迫ってるんだろうな。
無限大マークの左のマルと右のマル。
目指すは、交差点。



私たちは、
左のマルでもなく、右のマルでもなく、
無限大マークを
まさに今、描いている私として生きられる。
(フォルメン、エラいぞ!)

対立概念を「私たち」に含んで、
一気に乗り越える一元論、大好き



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4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (ZIP)
2021-12-19 11:17:04
語れる自分が今居るということは、宇宙という環境下においてこそ。
地球誕生から45億年後、生物の種としての現状の姿が今を語っている。
これを偶然と思えば適応、必然と思えば進化。
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Unknown (オキツ)
2021-12-20 22:14:07
適応でもあり、進化でもあるんでしょうけど、
奇跡、だと感じることがあります。
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Unknown (ZIP)
2021-12-23 01:50:11
自分の適応力の無さに呆れるばかり
なんでわざわざこの自分に・・・
あり得ない不運
ばち当たり
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Unknown (オキツ)
2021-12-25 02:44:12
「適応」も内容によりけり、ですよね。
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