『自由の哲学』を読む ~日々の暮らしから~

日々の「?」から始めて一歩ずつ
自分で見て考えて、行動していきたい。
私の自由が人の自由にもつながりますように。

考えること次第で変わる、ってマジすか??

2020年07月11日 | 神智学(テオゾフィ)


「考えること次第で自分や社会が変わる」
なんてありえない!
ってのが、まぁ、普通の感覚です。

たとえば、飛行機事故があった時に
「飛行機落ちろ、って私が思ったからだ」
って自分を責めて泣いている友人が隣にいたら
「アンタ飛行機を落とすような力ないから安心しな」
って言うと思います。

だけど、もっと身近な所では、
同じような過酷な環境にいても、
文句ばっかり言ってる人と、
なんの文句もない人もいるわけです。
不思議なことです。

もしかして、順番が逆だったら、
っていう可能性もありますよね?

文句ばっかり言うから、
文句言うような環境になっていく、
楽しい事ばっかり考えてるから、
楽しい事が多い環境になっていく。
考え次第で周りに変化が起こるのかも。

そんなバカな??

「引き寄せの法則」ってのが、何年か前から流行ってます。
「願いをできるだけクリアに」とか、「思考は実現する」とか。
それも、スピリチュアル系じゃなくて、
国を越えて何十万部も(っていうか、単位もわからんけど)
出ているようなベストセラーのビジネス書で!!

別に発行部数は正しさとは何の関係もないけど、
マニアックなアントロ族だけじゃなくて、
全世界のビジネスマンが「考えたことは、実際に起こる」と、
自分が実現したいことと、それに至る筋道を考えています。

時間の古さも別に正しさとは何の関係もないけど、
すでに100年前にシュタイナーも言ってます。

・思考内容は、それ自身、力となって作用し続ける。(高橋巌訳)

・人に与えられる考えが、そのものでひとつの力を表し、
その力が、人の考えの世において引き続き働く。(鈴木一博訳)

・人間が受け取る思考それ自体が、
人間の思考の世界のなかで作用し続けるような力を生み出します。(松浦賢訳)

3つとも『神智学(テオゾフィ)』 認識の小道第1段落の同じ場所より。
相変わらず、すごい違いですが。

ここでは、
「見者の見た精神界のイメージをリアルに思い浮かべたら、
誰でも精神の世界に近づけますよ(精神的に成長しますよ)」
みたいなニュアンスで書かれてました。

同じくシュタイナーの『自由の哲学』ではもっとスゴくて、
「考えるからものごとが生まれる」
くらいの勢いで、思考の大切さを書いています。

あ、もっともっと前に「はじめにことばありき」って!
天地創造も、最初に神様が考えることから始まった。
おお、そういう法則って
紀元0年からすでに語られてたのね。
しかも聖書の冒頭とな!

もちっと最近なら、
「考える、ゆえに我あり」、とかさ。

脈々とあったのね、
「考えたことで、自分も世の中も変わるんやで」っていう発想は。
おお、それはすごい!!

自分が考えること次第で、
世の中を作り変えて行ける、としたら
むやみに動けない今の時代でも、
年を重ねてカラダが動かなくなっても、
何かしら社会を良くしていく方法がありそうです。

そう考えると「考えることにも責任持たなきゃ」、
って、気持ちが引き締まるなぁ。

「こんなこと言うと迷惑かな」と思うより
「一緒になにが出来るかな」って考える方が、
何かが生まれる可能性が高いということも、
気付いてる。

人間について知りたいと思ったらアントロと出会ったし、
「『自由の哲学』読みたいな」と思っていたら、
タイミングよく読書会が生まれた、
ってことも体験済みなんだけどね。

「自信ないわー」と思うから食えないんだったら、
「意味あることしてたら生きていける!」って思ってみよう。

って、そんな、
スイッチ押すみたいにカンタンに自信持てないよ…。
そっか。そっちの問題が先かー。

やってる時は手ごたえあるねんな~。
でもそれって、一緒にやってる人の力が大きいねんな~。
でも、私の力もなんぼかはあるやんな~。
…ブツブツ。


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