常々、安心できる場所で、心開いて話すだけで、
人は自分に気付き、肯定していける、と、
実感しています。
牧歌的すぎると言われるでしょうか。
いいんです、私が実感してるんだから(^^)。
ゆっくり落ち着いて共感的に聴くことって、
その人がまだ気づかないところに降りていく力
になるんだなぁ、と、ホントに思います。
取材などの仕事の時だけじゃなくて、
ふだんのお友達とのおしゃべりでも、
わりと、そんな姿勢を心掛けています。
その方が、断然おもしろい。
というか、
私、頭の回転がスローに出来てるから(←卑下じゃないよ)
テンポよく進む会話って、イマイチついていけないのよ。
そこにとどまって「なんで?」「ホントに?」とか、
ついつい考えちゃう、やっかいな性分。
聴くことの大切さは、いろんなところで言われてる。
傾聴とか、カウンセリングとか、コーチングとか
オープン・ダイアログとか…。
そういう存在を知った時も、コレコレ!って思った。
でも、どこか、
クライアントと自分、とか、
ひたすら相手を立てる、みたいな
上からだったり、下からだったり、
対等じゃない印象があって。
ちょっとゆっくり本質的な事を考えたい時に、
お相手になれるような時間があれば、
自分軸に戻れるような人がいっぱいいる。
そもそも自分の話を聞いてくれる人がいない時も多い。
自由や平和を願う、ふつーの人が
心を黙らせずに自分軸で動けたら、
世界は平和に一歩近づくな、と思っていて、
自分軸になることを応援するような時間が
自分にも提供できるんじゃないかな、と思って、
それを何と名付けたらいいのかわからなかった。
やりたいのは、
それぞれの人が誠実に自分の中に降りていくお手伝い。
礼儀正しく、相手を尊重しながら伴走するイメージ。
バーのマスターみたいだね。
あ、でも
グチや悪口を聞かされるのは、まっぴら御免。
それは、ロバの耳にでも叫んでおいてくれ~。
これまで、ニンゲンになっていくために、
勉強会とか、読書会とか、
小さな場を設けてきました。
が、教えるのに向いてるタイプじゃないんだよな~。
これまた「ホントかな」って考えながらしゃべるから、
聴く方たちも、絶対、安心してついて来れないもの(^^;)。
むしろ、一緒に考えたい。
この前、縁あって、
「哲学カフェ」「哲学対話」というものに参加しました。
哲学の勉強をするわけじゃなくて、一緒に考える会。
うわ~、これ、たぶん目的近いじゃん!
そういう呼び方かぁ~。なるほどね~~~~。
もっと知りたくて、主催者の方に連絡して、
参考になる本や場所をいくつか教えてもらいました。
勢いで、自分でもアレコレ検索して、
日程が合う会にいくつか申し込み、
本を買い、届くのを待っています。
いろんな人がいろんな場所で、
ニンゲンがニンゲンになる事を応援しているな、と
ワクワクします。
もうちょっと勉強して、枠組みを考えて、
暮らしの中の身近なテーマについて、
一緒に対話しつつ意識的になっていけるような、
安心して話せる場所を作ろうと思います。
その時は、ぜひ、
おしゃべりしに来てくださいませ~。
飲んでも飲まなくても人は人です。
飲むと・・・本性はでますけど、自分は超えないです。
戯言をすみません。
いいお話をお聞きしました。
飲むのもよろしいですが、
昨今、中にはけしからんヤカラもいますから。
今夜も暑かったしでビールでもいただきましょうか・・。
▼マーチャン様 コメントありがとうございます。こんな文章を読んでビールが飲みたくなってコメントまでくださる方って貴重です(^^)。どうぞ、ビールいっちゃってくださ~い! あ、ご覧になるのは朝でしょうか。朝からは…ちょっと(^^;)。