日暮しトンボは日々MUSOUする

私の胸の小さな龍 Dragon's tattoo




「私の胸の小さな龍 Dragon's tattoo」




いつからだろう 私の胸に小さな龍が住みついたのは。

黒くて小さいイモリのような生き物は、小刻みに震えながら 

青い静脈が透けて見える私の小ぶりな乳房の上に現れた。


小さい頃、お父さんが借金をいっぱいつくっていなくなってから、

お母さんは毎日クリーニング屋と弁当屋の掛け持ちで遅くまで働いてる。

わたしはまだ小さい弟と妹の面倒と家の家事を全部任されている。

忙しすぎて友達と遊ぶ暇なんかあるわけもなく、それどころか

ケータイを持つ余裕すらないわたしは、いつしかクラスメイトの目から

わたしの姿が外された。

たぶんその頃からだ。わたしの胸が激しく脈打つようになったのは。

苦しくて苦しくて… 木っ端微塵に砕けそうなくらい激しく心臓が暴れる。

とても立っていられなくて道端にうずくまり、 ぎゅうっと胸を掴んで

無理に押さえ込んでいると、そのうちスゥーっと気分がおさまる。

そんなことを数回繰り返していたら、この小さな龍がわたしの胸に現れた。

まるで乳飲み子が母親のおっぱいにしがみつくように

小さな黒い爪で、わたしの乳房にしがみつく 

それ以来、わたしの苦しみを全部この小龍が代わりに飲み込んでくれた。 

わたしの顔に笑顔が戻った。 


借金取りが来て玄関で怒鳴っている時も、

お母さんのお酒の量が増え始めた時も、

わたしが学校に行けなくなった時も、わたしは笑顔でいられた。 

お母さんがアルコール依存症になって働かなくなり、

家の中のいたるところに酒瓶が転がっている。

弟たちは部屋の隅で怯えている。   


わたしが働かなければ…



どこのだれかは知らない中小企業の社長さんに肩を抱かれて、

まだ行ったことないディズニーランドのシンデレラ城みたいな建物に連れて行かれた。

無駄に大きいベッドの上で、お腹にたっぷり脂肪を蓄えた無様な体が覆いかぶさる。 

育毛剤の匂いと臭い息がわたしの体を舐め回す。

そんな時も、わたしの脳裏には弟たちの笑顔や、幸せだった頃のお父さんとお母さんの

思い出を絶やさず思い浮かべていた。

やがて龍はそれさえも飲み込み始めた。

「これからのお前には必要のないものだ」と言って、龍は家族の思い出を

全部呑み込んだ。


わたしは見知らぬ中年男に買われることが平気になった。


二十歳をすぎて1年目の秋に うちの借金がなくなった。

そしたら長年行方不明だった父が帰ってきた。

何事もなかったかのように笑顔で一家団欒のテーブルに座っている。

お母さんも嬉しそうにお父さんにビールを継いでいる。

なんか違う…   そんな言葉が私の小さな喉の奥から漏れた。

なんか違う…   なんか違う…    なんか違う…     やがてそれは次第に大きく 

違う…  違う…    違う…    もっと大きく 


チガウ  チ・ガ・ウ   チェ ・ ガウウ ・ アワ ・ グァ・・・・   


最後の方はもはや人の言葉ではなかった。


私の口が見たことのないような形状で大きく開く。 

喉の奥から真っ赤に煮えたぎるマグマのようなものが湧き上がってくる。



この時 わたしの中の龍が “轟”  と、吠えた!



浅田次郎の「獬・シエ」とか読むと、このような作品を描きたくなる。

ちなみに今日はアパートの工事はお休みです。 なのでとっても静か。

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