日暮しトンボは日々MUSOUする

貧しい家ほど犬を飼う 再編集版(1〜4まで)

年末という事で、去年ブログに数回に分けて載せていた短編小説を、再編集し直して2回に分けて載せます。 これは私個人のメモリーとしてここに残しておくものですので、1度読んだ人はスルーしてくださいませ。でも、できるならまた読んでね。







(1
小学校の頃、同じクラスだった波多野悦子ちゃんは、ウチの近所にあるゴミ置場の中に建っているバラックの家に住んでいる。 それは父親が廃品回収業をやっているからだ。 彼女の着ている服がいつも汚れていたり、所々穴があいているセーターを着てたりするので、クラスメイトにも彼女の家が貧しいという事が知れ渡っている。 臭いとか汚いとか、男子には露骨に嫌われるのはもちろんのこと、女子にもあまり好かれてはいなかった。 少3の時に教室でお漏らしをしてから、さらにいじめに拍車がかかり、小3から小5までトイレに閉じ込められたり、上履きを焼却炉に投げ込まれたり、かなりいじめられた。 5年生の時に担任の先生から悦ちゃんのいじめについて注意があったので、さすがに目立つようないじめはもう無くなったが、相変わらずクラス中に無視されている状態は変わらなかった。 6年生に進級した時に、僕はまた悦ちゃんと一緒のクラスになった。しかもよりによって2学期の席替えの時に隣の席になってしまった。 僕はなるべく彼女のとばっちりを受けないように口もきかず、目も合わさないようにしていた。  ある日のこと、授業中に消しゴムを落としてしまい、拾おうとしゃがんだら悦ちゃんの足元の方へ転がってしまったので、仕方なく僕は拾うのを諦めた。 しばらくすると悦ちゃんが、落とした消しゴムを黙ってそっと僕のそばへ置いてくれた。 代わりに拾ってくれたのだ。僕はありがとうと言いたかったけど、何も言わずに黙って消しゴムを筆箱にしまった。 以前に土谷くんが、悦ちゃんと同じ飼育係になり、教室の後ろで飼っているメダカの水槽に二人並んで餌をやているだけで、「あ〜土谷のえんがちょ〜」と言われてクラスのいじめっ子に散々からかわれたことがあったからだ。 この時の僕は、何事もなく6年生が終わることだけを毎日思いながらこの席に座っていた。
正月に、貰ったお年玉を持って、無駄遣いする店を何処にするかさまよっていると、通りかかった空き地で、悦ちゃんが犬を連れて土管の上で座っているのが見えた。 その犬は茶色で薄汚れていて、しゃがんでいる後ろ姿は正に大きなウンコみたいだった。 ウンコが僕に気がつき、ワンっとひと吠えしたので、悦ちゃんも僕に気がついた。 目が合ってしまったので、僕は仕方なく悦ちゃんに近づき、「何してんの」と、教室以外で初めて声をかけた。  悦ちゃんは話しかけられて少しオドオドしながら「ペロの散歩」とゆっくり答えた。 ペロというのはこのウンコ犬の名前らしい。 いつか見た漫画映画の主人公の犬の名からとったらしいが、僕が思うにその漫画映画は「長靴をはいた猫」で主人公は犬ではなく猫だと後から思った。 ついうっかりと言葉を交わしてしまったが、そのあと特に話すこともないので僕はいかにも犬に興味があって話しかけた事にして、犬をからかって遊んだ。 ペロに拾った棒切れを見せて、それを投げるふりをして実は投げずに背中に隠す。 ペロは投げたもんだと思って走っていくが、投げてないのに気がつかずうろうろ探し回る。そんな光景を見て「バカ犬だなぁ」と言って僕が笑うと、悦ちゃんも土管の上で笑ってる。 いじめられっ子の悦ちゃんが笑ってるのを初めて見た。 なんだか妙に嬉しくなった僕は、もっと悦ちゃんを笑わせようと、ペロの後ろ足を持って「工事現場の手押し車」とかやって歩かせると、ペロは前足でとっとっと…と滑稽な動きをしながらそういうオモチャのようにヨタヨタ歩く。 僕は笑いながら悦ちゃんの方を見ると、悦ちゃんも土管の上でコロコロ笑っている。 教室では席が隣同士だが、それでもほとんど口をきかない。 だからこんなに笑う悦ちゃんももちろん見たことがないのだ。 僕はなんだか少し距離が縮まったような気がした。 それからというもの、僕は時々学校が終わるとこの空き地に来てペロと遊ぶ。 悦ちゃんもまるでそれに合わせるように、この空き地にペロを連れてやってくる。 僕はこの空き地に来るのが少し楽しみになっていた。



(2
この空き地で悦ちゃんとペロと遊ぶようになってから一ヶ月が過ぎた。
悦ちゃんとは、ペロを通してだいぶ仲良くなった。 色々な事も話してくれた。 小さい時にお母さんが死んで、今はおじいちゃんとお父さんの3人暮らしだということや、ペロはおじいちゃんと漫画映画を見にいった帰りに拾った犬で、年齢でいうともう年寄りだということ。 子供の僕には衝撃的だったのは、悦ちゃんが3歳の頃、酔っ払ったお父さんに突き飛ばされて、だるまストーブにあたって、背中に大火傷を負ったこと。 悦ちゃんは無邪気に「ほらね」と言って背中をめくって見せてくれた。 そこには背中から腰の下あたりまで、固まった溶岩のような痛々しい傷跡が張り付いていた。それは最近テレビで見た怪獣映画の「マタンゴ」で同じようなのを見た。 そんな傷を見たのは初めてだった僕は、心の中で少し震えていた。 なぜかペロが興奮して、僕らの周りをぐるぐる回ったり、やたら吠えまくっている。 「ペロはね、私の背中を見るといつもこうなんだよ」と悦ちゃんは言った。 なんでだろう…   きっとペロにも背中の傷が得体の知れない生き物に見えてるんだろう。 僕は目が釘付けになり、その怪獣のような傷を思わず顔を近づけて見てしまった。 すると悦ちゃんが「もう痛くないから、さわってもいいよ」と言った。 その言葉にハッと気がつき、慌てて手を引っ込めた。 僕は無意識に、その傷に触ろうと悦ちゃんの背中に手を伸ばしていたのだ。 その夜、僕は悦ちゃんの背中の傷が全身を覆い、マタンゴになってしまう夢を見た。 とても怖かった。
翌朝、学校へ行く途中、正門の近くで悦ちゃんを見かけて僕は思わず駆け寄って「おはよう」と声をかけた。 悦ちゃんの無事な顔を見てホッとした僕は、つい空き地にいる感覚で話しかけてしまった。 悦ちゃんは小声で「学校で私と仲良くするといじめられちゃうよ」とささやいた。僕は思わず「あっ そうか」と言い、慌てて離れた。 今のをクラスメイトに見られてないか周囲を確かめてから僕は「先に教室に行ってるね」と言う声に出さない合図をして、下駄箱の玄関へ走っていった。 悦ちゃんも右手を肩の上くらいまで上げて「うんわかった」と言う合図をした。






(3
教室では相変わらず僕たちは一言も喋らない。 たとえ隣どうしの席だとしても、悦ちゃんと
仲良くしてるだけで自分もとばっちりをくうからだ。その代わり僕らはある方法を思いついた。例えば「今日はペロにかりんとうを持ってってやろうと思うんけど、食べるかな?」とノートの端に書いて悦ちゃんに見えるようにノートを横にずらす。 それを見た悦ちゃんも、その返答をノートの端に書いて僕に見せる。 「ペロは意地汚いからなんでも食べると思うよ」  それを読むと僕も「うん、そうだね」と書いてまた返事をする。 僕らは顔を見合わせて、誰にも気づかれないように小さくクスクスと笑った。こうやって授業中にノートを使って誰にも気付かれずに会話をしていたのだ。 放課後になると悦ちゃんは、担任の先生に呼ばれて教室を出て行くのを見かけた。 なんの話だろう…と、僕は少し気になっていた。
家に着くなり、約束をしたペロのかりんとうを少量ちり紙に包んでポケットに押し込み、急いで空き地へ向かった。 まだ来てないことは大体予想がついていたので、土管の上に座って
待っていると、少し経ってからペロを連れて悦ちゃんが小走りでやってきた。 少し息を切らせながら「遅くなってごめんね〜」と言って笑顔を見せてくれた。 僕は土管から降りてポケットからかりんとうの包みを出してペロの前に置くと、一度匂いを嗅いでからボリボリと貪りはじめた。 そんなペロを見つめながら、さっき先生になんで呼ばれたの?と聞いてみると、
「先生にこれもらった…」と言ってスカートのポケットから赤いクシを取り出して見せてくれた。 なんでこれを? と聞くと、女の子なんだからもうちょっと身なりをちゃんとして、清潔にするように心がけなさいって言われたらしい。髪の毛も毎日これでとかしなさいって。 ふ〜ん それでこのクシを… 考えてみれば今までの担任は全部男だったけど、今の担任は女の先生だ。 男には気がつかない部分もあるのだろう。 そう言えば悦ちゃんの頭の毛はいつもボサボサだったな。 母親もいないし、家にはおじいちゃんとお父さんの男だけだから、クシなんて女らしいものは家になさそうだ。 もう一つ、長方形をした白い綿のようなものも見せてもらったけど、僕にはそれが何なのかよくわからなかった。 それからできるだけ毎日お風呂に入りなさいとも言われたらしい。そうすれば臭いとか汚いとか言われていじめられずに済むと。 でも悦ちゃんは毎日は無理だという。 悦ちゃんちには風呂がないので銭湯に通っているが、3日にいっぺんくらいしか行けないらしい。3日に一度行ければまだ良い方で1週間に1度という時もあるそうだ。 悦ちゃんちって、毎日風呂に行けないほど、そんなにお金がないのか… 前々から何となく思ってたけど、そんなに貧乏なのになんで犬飼ってんだろう? と、かりんとうを全部食べ終わって、もっと欲しそうな顔をしているペロの後頭部を見つめながら、僕はそんなことを考えていた。




(4
僕の住む社宅の団地から1キロくらいのところに相模川が流れてる。 その河原の近くにスクラップの車や冷蔵庫、テレビなどの家電廃棄物が山のように積まれており、その真ん中の空いた所に、平家でトタン屋根の悦ちゃん家がある。 僕は今、積み上がった古タイヤの陰から、まるでスパイのように身を隠して、悦ちゃん家の様子を伺っている。 なぜそんなことをしているかというと、悦ちゃんは4日前から学校に来なくなった。 先生は家の事情と言うだけで、それ以上は何もわからない。 放課後の空き地にもパッタリと来なくなったので、僕は気になって仕方がなかったのだ。 以前にも友達とここで遊んでいたら怖いおじさんに怒鳴られながら追いかけられたことがある。当然それは悦ちゃんのお父さんと言うことになるが、それを知ったところで、やはり見つかると怖い。 だから隠れて様子をみていた。すると後ろから犬の鳴き声。びっくりして振り向くとペロと悦ちゃんがいた。 僕たちはいつもの空き地へ移動して、いつもの土管の上に座った。 学校を休んだ理由は、悦ちゃんのおじいさんが病気で倒れたので、悦ちゃんがずうっと世話をしていたらしい。 「おじいちゃんはもう歳だから、お医者様がもう長くはないだろうって…」 悲しそうな表情でおじいさんのことを話しながら、目線は落ち着きのないペロの行動をじっと見ている。 僕もさっきから悦ちゃんの話を聞きながら、ペロのおかしな動きが気になっていた。 まるで自分のシッポを追いかけるようにぐるぐるまわったり、首を左右に振りながら吠えたり、なんだか壊れたオモチャみたいだった。 悦ちゃんが止めようとして「こら、ペロやめなさい」と体を抑えると、ペロは悦ちゃんのスカートの中に鼻面を突っ込んでおいかけはじめた。 「やめてペロ!いい加減にしなさい」と、怒る悦ちゃんだが、ペロはまるで聞こえないみたいに悦ちゃんのスカートを咥えて離さない。僕はポケットからかりんとうを出してぺロの前に投げた。 案の定ペロはすぐさまかりんとうの方にかじりついた。「もう…ペロったら」と、唾液でベロベロになったスカートを直しながら、僕の横に来て「ありがとう」と恥ずかしそうに言った。 悦ちゃんが言うには、ペロもおじいちゃんと一緒で、老犬だから最近頭がボケ始めてるのだそうだ。 犬を飼ったことがない僕はその時、犬も歳をとると人間みたいにボケるということを初めて知った。
その時、土手の上でじっとこっちを見ている奴がいた。 あれは同じクラスの土谷くんだ。
悦ちやんと一緒にいるところを…見られた。  僕は少し嫌な予感がした。





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