公開メモ DXM 1977 ヒストリエ

切り取りダイジェストは再掲。新記事はたまに再開。裏表紙書きは過去記事の余白リサイクル。

日本語の俺

2015-12-06 14:14:42 | 日本人
『司馬 そうでしょうね 。とにかく 、統一国家になって 、初めてつくるんでしょう 。だから 、古い日本語がたどりにくい 。大変ですね 。』

『大野 それにもう一つは 、日本語の歴史といいますか 、文献としては千二百年ぐらいさかのぼれるんですが 、その文献から言葉の移り変わりを丁寧に 、日本語を勉強している人たちが跡付ける 。いつごろからどうなったか 、というようなことが 、よくわかるようにしてあれば 、これはこういうふうにしたんだなあ 、これは由来が古いんだなあ 、そういうことがわかる 。跡付けがきちっとしていれば 、日本人が日本語について 、安心して 、自信を持って 、言葉の良い 、悪いを判断できると思うんです 。ところが 、国語学 、日本語の学問が 、手が届いていないものだから 、日本語について 、日本人自身が判断できない 、ということが多いんじゃないんでしょうかね 。英語の大きな字引 、つまりオックスフォ ード辞典ですが 、英語学の人は 、オックスフォ ードがあるというふうに 、自分が作ったようにいうんですよ 。あれは完成まで八十年かかっている 。ドイツ語のグリムの辞書は百二十年かかっている 。八十年というと三世代かかっているんです 。』

「日本語を考える」大野晋


この司馬遼太郎と大野晋の対談にあるように日本語はまだ体系的歴史をまとめる事ができていない。このように一人称さえ、お上と世間のご都合で変わってきた。

重層している一人称の謎に日本社会の構造があるように思える。

われ、まろという一人称の終わりは中世の終わりで、わたくしという一人称の使い始めとともに日本では江戸時代という近世が始まった。このわたくしはわたしという一人称で長く残ることになる。その他は短命に終わっている。
そんな中でも、その割に俺という一人称は長く残った。鎌倉時代からこの一人称が残ったのは、俺によってしか始めようのない述語があったからだろうと思う。
全国の隅々に均一な文化がメディアで拡散するようになった戦後が地域差の問題ではないことを証明している。「俺の空」とか「俺のフレンチ」とかたびたび登場する俺ブームは偶然ではない。上からのお仕着せではない一人称を世間の谷間に遺してきた先人が累累といた証拠なのだろうと思ったりする。
僕という一人称は、人造的な一人称だが明治維新とともに、それがしとか手前といった身分から解放された一人称となることで、新しい日本人を生み出す。拠り所が身分階層に無くても通用する一人称は僕から始まる。逆に任侠はそこを残すことで身分社会を継承したと見る。

今世界は新しい中世に向かって個人主義的なアトミズムを溶かそうとしている。新しい一人称は新しい階層アイデンティティを流行させるだろう。少なくとも日本人はそういうことに敏感だ。
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