公開メモ DXM 1977 ヒストリエ

切り取りダイジェストは再掲。新記事はたまに再開。裏表紙書きは過去記事の余白リサイクル。

1日で読める徒然草 吉野敬介

2021-05-14 16:02:00 | 今読んでる本
 


 

近ごろはTVよりもYouTubeをzappingする毎日だが。。Youtuber同士のコラボがおもしろい。

 
1日で読める徒然草
英語繋がりでHello there!
の有名な講師MT2の紹介ゲストでこの方を初めて見たことがきっかけとなって書籍まで購入している自分が何を目指しているのという自問を繰り返す毎日だ。
 


 
行くぜ
『予備校講師という職業柄、大学受験のことを話させてもらえば、徒然草は大学入試の出題頻度においては、毎年ダントツのナンバーワンです。そこで、せっかくこの本を世に出すのなら、いっそ過去二十年間の大学入試問題をもう一度すべて見直して、徒然草のどの場面が出題されているかを調べました。受験生の方は、本書の各段の初めに(超頻出)(頻出)と書いてありますので参考にしてください。なお、(入試にはあまり出ないけど有名)や(入試には出題されたことはないが、よく取り上げられる箇所)と書いてあるところは、中学や高校の教科書、また徒然草の現代語訳本、解説本、教訓・人生論の本などでよく取り上げられている有名なところです。』
とおっしゃりながら、しっかりと
『。。。一面的に見ることはできない生き物なので、その日の気分や状態、また喜怒哀楽もあるので、矛盾だらけじゃないですか。ただ『徒然草』はこの理にかなった矛盾があることによりうまくバランスが取れている感じがします。兼好自身、「人間なんて所詮、矛盾だらけなんだから、矛盾してもいいから思っていることをそのまま書いて、文学にしてしまえ」っていう矛盾にこだわらない精神で書き進めて行ったのではないかと思います。』と位置づけいることに吉野敬介さん自身の人生が投影されている。
 
私は個人的に兼好という人は、仏教的無常観が根底にあるので、仏の教えは説くものの、現世否定の生き方は一切していず、むしろ来世のことなど全く信じていなかったのではないかと思います。悠々自適に現世を生き、「生」を愛した人で、「生」を愛するが故に人生の無常を悟ったのではないでしょうか。どうすればもっと現世を享受できるか、そして今生きている喜びを知れということを具体的に説いている哲学的な人であると思います。つまり、兼好が捨てたのは、現実の世ではありません。この世の煩わしさを捨てたのです。「世はさだめなきこそ、いみじけれ(この世のすべてものは無常で明日のことがわからないからこそ、すばらしい)」と人生の無常(死)を称賛しています。死を運命として受け入れ、肯定的に捉える論理性、そこに兼好の理想主義的なものの見方、考え方を感じます。』
 
『つまり、兼好が捨てたのは、現実の世ではありません。この世の煩わしさを捨てたのです。』

なるほどいい形の捉え方だと思った。私がおこがましくもいい形というのは、今の現実にもつながる方程式ということだ。
 
受験、めどくさいなあと思う日々を捨ててしまえば多少の縁もそれまでだけれども、この受験のような煩わしさ(相手の基準をクリアする要求)は生きている間何をやってもついて回る。旧弊や単純に同義反復、経験の重複と見切るべきか否かそこを矛盾していても向自化し綴るこれが徒然なるままの真骨頂だった。
 
生死を選ぶほど難しい室町時代の世においてさえも世を捨てることなく世事に関わって行く。そのため高等な見切りをして(ゆる言語学に出てくる様々な典型化も高等な見切りの創発とも言える)
 
兼好が楽しく生きる、今の世でいう滑らない噂話も必要と考えたのも道理である。

最難関私大の早稲田大学政治経済学部でも、入学者827人のうち共通テストや一般選抜では393名しか入学していない。付属校などから289人、指定校推薦で97人も入学しており、一般入学者は半数を切っているのである。(出典:旺文社ムック『2022年度用 大学の真の実力 情報公開BOOK』)

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