下記は、交通心理学の松永博士の見解です。(ネット情報から転載)
過去のヒューマンエラーに関しての研究との比較
松永勝也
1. はじめに
エラーの発生メカニズムについて考察する。人の情報処理・行動モデルでは、感覚・知
覚、識別・判断、決定・行動の3段階に分割される。自動車のペダル操作においては、ペ
ダル位置の認識は目視ではなく、運転者におけるペダルの空間位置の記憶に基づき、操作
する足の運動感覚により予測操作がなされ、また、その操作が適正であるかどうかは、自
車の動きをモニターすることにより認識される。このことから、自動車のペダル操作は、
コンピュータなどのキーボード操作やピアノ演奏に近似していると言える。キーボード操
作やピアノ演奏を、誤りなくできることは希であり、自動車のペダル操作においても同様
に誤りが発生しているが、そのほとんどがその直後の修正操作により、事故には至ってい
ないと言える。ところが、衝突対象や崖までの距離が短い場合に、操作の誤りが生じると
修正動作を行う間もなく衝突することが生じ得る。AT車のペダルの踏み間違いによる事故
はこのようにして発生しているものと考えられる。
2. 時間的な要因
これまでのアクセルペダルとブレーキペダルの踏み間違いによる死亡事故 14件中、 12
件が発進時に発生しており(他は走行時、停止時)、ペダルの踏み間違いが発生してから衝
突するまでの時間が短い(人や障害物などの衝突対象間での距離が短い)場合に、事故は
発生していると言える。以下、NHK放送のビデオから読みとったものを示す。
1)高知市の立体駐車場の壁を突き破った事故例:後退時に右足を外に出した状態で、
左足でアクセルを踏んだために、アクセルを踏みすぎ、急速に速度が上がり、駐車場の壁
を突き破ったもの(前輪が車止めで止まり、転落は免れた)。一般に慣れない操作では、微
妙な操作ができない。アクセルペダルの操作習慣のない左足で操舵を行ったために、動き
が大きくなったものと考えられる。また、動作を行った場所と衝突場所が近かったために
修正行動を行うまもなく衝突したと考えられる。下記に事故例を記す。
2)神戸市のショッピングセンター屋上駐車場での事故例:後退時、シフトレバーを後
退にセットし、アクセルペダルを踏み込んだ状態で、駐車ブレーキを解除したために、急
速に後退し、後ろにいた子供二人を壁との間に挟み込み志望させたものである。これは、
いつもの手順とは異なった操作を行ったこと(スキーマ:操作手順の非熟成)による事故
とも考えられるが、しかし、永年、自動車の運転を行っていても、いつもと異なる操作手
順となることはあり得ることである。このような誤りがあっても、衝突対象までの距離が
十分ある場合は、修正操作により、衝突を防止できる。しかし、発進操作箇所から障害物
までの距離が短く、修正操作を行う間がない場合は衝突することとなる。
3)東京都渋谷区 MKさんの事故例(NHKの放送による):屋内の車庫を出るため、前進
し、切り返しが必要なところにおいて、車を停止させようとしてブレーキを踏んだつもり
であったが、アクセルを思い切り踏んでしまい衝突した。その結果、急発進し、進行方向
の空間が短かったために、その誤りを修正することもできず衝突したものと考えられる。
4)愛知県瀬戸市での事故例(NHKの放送による):火葬場に向かうために、駐車して
いる車のエンジンをかけたところを少し後退した。運転者の話では、シフトレバーが中立
の状態でエンジンをかけた。シフトレバーを駐車のポジションに動かすつもりであった。
そこで、シフトレバーを中立に戻そうとした。ところが、車は前進した。車は急に右に向
かって進んだ。運転者そのときブレーキペダルを踏んだつもりであったが、アクセルペダ
ルを踏んでしまい、道路の端に立てかけてある花輪をなぎ倒し、受付の人との衝突をさけ
ようとして左にハンドルを切った。そして、道路の反対側に並んでいる人たちを次々には
ね、その後まっすぐ車は進んだが前に駐車している軽自動車に衝突した状態で停止した。
画面からの推定では受付の人たちまでの距離は2mくらいであり、1秒から2秒程度で衝
突する距離であったと思われる。人の反応時間は予測していない場合は、長くなる傾向が
あり、また、この事故では予測とは異なった動きを車輌はしており、その原因を運転者は
1瞬間がえたことと思われる。この場合は、多重課題遂行状態であり、このことによって
も、人の情報処理は遅延する。このようなことから、修正行動が間に合わず、衝突したも
のと考えられる。道路は路肩を含めると約6m幅のようであった。
ブレーキペダルを踏んだつもりであるのにアクセルペダルを踏んだ、あるいは、パーキ
ングポジションに変速機のレバー位置を動かしたつもりであるのに後退位置、あるいは前
進位置にレバーが動いていたといった予定の操作と異なった操作が事故の引き金となり、
このときの予測と異なった車の動きに対して運転者は高い精神的な集中をせざる得ず、こ
のために、修正行動に遅れが生じるものと考えられる。この誤りは防止できるであろうか。
3.エラー発生に関しての過去の知見
これまでの研究においては、誤りの出現に関しては次のような理解がなされている(芳
賀繁:うっかりミスはなぜ起きる.中央労働災害防止協会,1991)。
1)J.リーズンの理解(ジェームズ・リーズン(塩見弘訳):組織事故.日科技連出版社,
1999):
1)反復:同じ動作を不必要に反復することによるエラー。
2)取り違え:動作や知覚の対象を取り違えることによるエラー。
3)混入:一連の動作によけいな動作がまぎれ込むことによるエラー。
4)省略:やるべき動作をし忘れることによるエラー。
2)認知心理学的な理解:
1)入力エラー:感覚、知覚の際のエラー。見間違い、聞き違いなど。
2)媒介エラー:情報の媒介、処理の段階のエラー。未熟な操作、動作の失敗など。
3)出力エラー:身体により反応を起こす際のエラー。未熟な操作、動作の失敗など。
3)ノーマンの理解(Norman, D.A.: The Psychology of Everyday Things. Basic BookInc.1988; D.A. ノ-マン: 誰のためのデザイン?.新曜社,1990):
1) ミステイク:適切なやり方を知らないゆえに引き起こす誤り。
2) スリップ:正しい方法は知っているけれど引き起こす誤り。
4)スキーマ理論(Norman, D.A.: The Psychology of Everyday Things. Basic BookInc.1988; D.A. ノ-マン: 誰のためのデザイン?.新曜社,1990):
1)スキーマ(一連の操作手順)の非熟成による誤り。
5)橋本邦衛(人間工学会安全工学部会)の理解:
1)認知・確認のミス
2)判断・決定のミス
3)操作・動作のミス
6)米山信三(鉄道総合技術研究所人間工学研究室長)の理解(心理的背景からの理解):
1)判断の甘さ:そこまで影響を及ぼすとは思っていなかった。相手は知っていると
思っていた。など。
2)習慣的操作:反射的に手を出した。無目的な操作をした。など。
3)注意転換の遅れ:他の仕事に熱中して時間の経過に気がつかず手遅れになった。
後でやるからと思い、忘れてしまった。
4)思い込み・省略:確かなことと思い確認しなかった。いつもどおりだと思った。
など。
5)情報収集の誤り:予測や先入観のために情報を間違って受け止めた。情報の意味
がわからなかった。など。
7)黒田勲(早稲田大学)の理解:
1)懸命ミス:作業者が組織に忠実で、まじめに任務を達成しようと懸命にのめり込
んで発生するエラー。
2)確信ミス:熟練者やベテラン作業員が、一連の流れに従って習慣化された行動を
試行や意識的なチェックなしに遂行し、全く疑いもなく間違いの方向に突き進ん
でしまうエラー。
3)焦燥ミス:就業時間までに作業を完了してしまおうと焦ったり、交通渋滞に巻き
込まれながら時間に間にあおうといらだったり、タイム・ストレスが人間の冷静
さ、慎重さを崩して、判断決心を誤らせること。
4)放心ミス:単純作業の連続、単調作業、たいくつな監視業務、心配事、疲労、睡
眠不足等から意識水準が低下して起こるエラー。
5)多忙ミス:緊急事態、複雑な非定常状態、自動化装置の不具合などにより、突然
作業量が増加し、時間的な余裕がなくなり、判断の質が落ちたり、パニックに陥
るために起こるエラー。
6)無知ミス:知識、理解が不足しているために起こるエラー。教育、訓練、経験が
不足している未熟練者だけではなく、省人化で一人の作業者に幅広い知識が要求
されたり、新しいハイテク機器が次々に導入されるために、ベテランでもミスを
発生する可能性が高くなっている。
8)エラーの発生箇所:
エラ-の発生箇所に関しては、図1のようなモデルが考案されている。ただし、
自動車のペダルの踏み間違いの発生をこのモデルではうまく説明できない。また、
その防止法も解明されないと考えられる。
図1.エラーの発生箇所とその対策(林 喜男:人間信頼性工学. P.72,1984)。
以上、エラーに関しての種々の分類がなされているが、いずれも、比較的に判断の時間
が与えられているときのエラーについてであり、今回取り上げている自動車の運転操作に
おけるエラーのように、反射的、自動化されているときのような運動反応に関してのエラ
ーに関しての研究はほとんどなく、また、このようなエラーに関してうまく説明できるモ
デルを開発されていないと言える。
4. AT車におけるペダルの踏み間違いは、どのようなエラーと説明できるか?
AT車のペダル操作はどのようにすればよいかは、運転免許を持っているものであれば知
っている。従って、ペダルの踏み間違いは、ミステイクではない。
1) ペダル踏み位置の正確さに関して
アクセルペダル、ブレーキペダルを踏む足(一般には右足)の初期位置によっては、ペ
ダルを踏む位置が影響を受け、踏み間違いが生じる可能性がある。また、一般に素早く動
かそうとすると正確さが低下する(速さと正確さは背反:speed-accuracy trade-off:
Patrick M.A. Rabbitt: Sequential Reactions. In Dennis H. Holding (ed) Human Skills,
John Willy & Sons, pp.153-175, 1981)。
図2.反応時間と誤りの関係(Rabbitt, 1981)。上図は速さを、下図は正確さを優先するよ
うに指示したときの反応時間と誤り数の分布を示したものである。
2) 適用できる考え方:
1)自動車運転におけるペダル操作の誤りは、同じ動作を素早くに、かつ正確に繰り返す
ことの出来ない中でのエラーによって発生しているといえる(速さと正確さはトレードオ
フの関係)。たとえば、タイプライティング、ピアノ演奏などのように、素早く操作を行う
必要があるものは、フィードバック(自分の行為を確認しながらの)操作ではなくフィー
ドフォワード(予測)操作(または反射的な操作)がなされる。このような操作を行うに
は、繰り返しの練習が必要であり、また、間違いなしの操作や行為は大変困難である。ま
た、その人の限界近くで、あるいは限界を超えて素早く行うことの必要な場合には、さら
に動作の正確さが低下するので誤りが発生しやすくなる。
車のペダル操作やハンドル操作においても多くは予測(反射的な)操作がなされており、
誤りが時々発生しているが、緊急時でなければ(障害物までの距離が十分あれば)、間違っ
ても、多くの場合それを修正する時間的な余裕があるので、事故は引き起こさない場合が
多い。しかし、障害物までの距離が短い場合は、人の認知・反応時間よりも障害物までに
走行する時間が短かくなることがあるので、運転者が修正行動をとる以前に衝突する場合
が生じる。
2)何かの原因で自動車の操作の誤りが生じ、これにより期待とは異なった車の動きが生
じ、従って、衝突防止のためには短時間に正しい操作が行われる必要があるが、与えられ
た時間(障害物までの距離)が大変短く、そのために過大な緊張が生じ、ふつうの場合よ
りも操作に時間を要し(ヤーキズ・ダッドソン Yerkes-Dodsonの法則)、一方では、直前に
衝突対象があるために、素早い動作が要求され、速度を優先し、弾道弾的な制御(非フィ
ードバック制御)を行い、正確さが低下し(speed-accuracy tradeoff)、踏み間違いが生じ
たものと思われる。速さを優先すると、正確さを欠くので、踏み間違いを生じることが多
くなる。
5.AT車のペダルの踏み間違いによる事故を防止するために
現在、AT車を運転する場合、多くの人が右足でアクセルペダルとブレーキペダルを踏み
下げており、また、左右方向の位置が異なるのみで、ブレーキペダルとアクセルペダルと
をほぼ同じ動作で踏み下げている。また、左右の位置を踏み分ける場合、身体感覚によっ
てその位置の決定がなされている。身体感覚による位置の決定は視覚によるものよりも精
度が低い。このようなことから、速さを優先したり、基準となる身体位置が異なっていた
りした場合には、踏み下げの左右位置のずれが生じやすいといえる。また、いったん誤り
が発生し、その誤りによって緊張感が増すと、その緊張に多くの頭脳の活動が関与するこ
ととなり、次の修正行動の開始に遅れの生じる場合が発生するといえる。
このようなことから、ブレーキペダルとアクセルペダルの踏み間違いを防止するには、
まず、双方の操作を異なった身体の動きによって行うよう、改良することが必要と考えら
れる。一般に、緊急時には身体的な強い緊張が生じる傾向があり、この緊張に伴う脚の動
きが安全側の操作となるような、自動車操作インタフェースの設計が必要と考えられる。
人が生存するには食料の獲得と外敵から身を守ることが必要であり、気候か何かの影響
で人口に対して食料が十分でなくなると、生存し続けるには他よりも先に食料のあるとこ
ろに移動する必要があり、あるいは、外敵に襲われた場合もより早く逃れる必要があり、
このような試練の中で、われわれは、瞬時に対応する必要がある事態には反射的に動ける
ように身体的緊張が生じるようになっているものと考えられる。このようなことから、ブ
レーキペダルとアクセルペダルの踏み間違いが生じて素早くアクセルペダルを踏んでいる
足の緊張を緩めブレーキペダルを踏み直すことが必要な事態においても、逆に脚をけり出
すかのような緊張が生じ、ブレーキペダルに踏み換えるどころかアクセルペダルを逆に踏
み込むような脚の動きが生じる場合があるものと考えられる。このようなことから、緊急
時のこの脚の動きによって、安全側の操作がなされるようなデザインのインタフェースが
望まれよう。
(松永勝也)
過去のヒューマンエラーに関しての研究との比較
松永勝也
1. はじめに
エラーの発生メカニズムについて考察する。人の情報処理・行動モデルでは、感覚・知
覚、識別・判断、決定・行動の3段階に分割される。自動車のペダル操作においては、ペ
ダル位置の認識は目視ではなく、運転者におけるペダルの空間位置の記憶に基づき、操作
する足の運動感覚により予測操作がなされ、また、その操作が適正であるかどうかは、自
車の動きをモニターすることにより認識される。このことから、自動車のペダル操作は、
コンピュータなどのキーボード操作やピアノ演奏に近似していると言える。キーボード操
作やピアノ演奏を、誤りなくできることは希であり、自動車のペダル操作においても同様
に誤りが発生しているが、そのほとんどがその直後の修正操作により、事故には至ってい
ないと言える。ところが、衝突対象や崖までの距離が短い場合に、操作の誤りが生じると
修正動作を行う間もなく衝突することが生じ得る。AT車のペダルの踏み間違いによる事故
はこのようにして発生しているものと考えられる。
2. 時間的な要因
これまでのアクセルペダルとブレーキペダルの踏み間違いによる死亡事故 14件中、 12
件が発進時に発生しており(他は走行時、停止時)、ペダルの踏み間違いが発生してから衝
突するまでの時間が短い(人や障害物などの衝突対象間での距離が短い)場合に、事故は
発生していると言える。以下、NHK放送のビデオから読みとったものを示す。
1)高知市の立体駐車場の壁を突き破った事故例:後退時に右足を外に出した状態で、
左足でアクセルを踏んだために、アクセルを踏みすぎ、急速に速度が上がり、駐車場の壁
を突き破ったもの(前輪が車止めで止まり、転落は免れた)。一般に慣れない操作では、微
妙な操作ができない。アクセルペダルの操作習慣のない左足で操舵を行ったために、動き
が大きくなったものと考えられる。また、動作を行った場所と衝突場所が近かったために
修正行動を行うまもなく衝突したと考えられる。下記に事故例を記す。
2)神戸市のショッピングセンター屋上駐車場での事故例:後退時、シフトレバーを後
退にセットし、アクセルペダルを踏み込んだ状態で、駐車ブレーキを解除したために、急
速に後退し、後ろにいた子供二人を壁との間に挟み込み志望させたものである。これは、
いつもの手順とは異なった操作を行ったこと(スキーマ:操作手順の非熟成)による事故
とも考えられるが、しかし、永年、自動車の運転を行っていても、いつもと異なる操作手
順となることはあり得ることである。このような誤りがあっても、衝突対象までの距離が
十分ある場合は、修正操作により、衝突を防止できる。しかし、発進操作箇所から障害物
までの距離が短く、修正操作を行う間がない場合は衝突することとなる。
3)東京都渋谷区 MKさんの事故例(NHKの放送による):屋内の車庫を出るため、前進
し、切り返しが必要なところにおいて、車を停止させようとしてブレーキを踏んだつもり
であったが、アクセルを思い切り踏んでしまい衝突した。その結果、急発進し、進行方向
の空間が短かったために、その誤りを修正することもできず衝突したものと考えられる。
4)愛知県瀬戸市での事故例(NHKの放送による):火葬場に向かうために、駐車して
いる車のエンジンをかけたところを少し後退した。運転者の話では、シフトレバーが中立
の状態でエンジンをかけた。シフトレバーを駐車のポジションに動かすつもりであった。
そこで、シフトレバーを中立に戻そうとした。ところが、車は前進した。車は急に右に向
かって進んだ。運転者そのときブレーキペダルを踏んだつもりであったが、アクセルペダ
ルを踏んでしまい、道路の端に立てかけてある花輪をなぎ倒し、受付の人との衝突をさけ
ようとして左にハンドルを切った。そして、道路の反対側に並んでいる人たちを次々には
ね、その後まっすぐ車は進んだが前に駐車している軽自動車に衝突した状態で停止した。
画面からの推定では受付の人たちまでの距離は2mくらいであり、1秒から2秒程度で衝
突する距離であったと思われる。人の反応時間は予測していない場合は、長くなる傾向が
あり、また、この事故では予測とは異なった動きを車輌はしており、その原因を運転者は
1瞬間がえたことと思われる。この場合は、多重課題遂行状態であり、このことによって
も、人の情報処理は遅延する。このようなことから、修正行動が間に合わず、衝突したも
のと考えられる。道路は路肩を含めると約6m幅のようであった。
ブレーキペダルを踏んだつもりであるのにアクセルペダルを踏んだ、あるいは、パーキ
ングポジションに変速機のレバー位置を動かしたつもりであるのに後退位置、あるいは前
進位置にレバーが動いていたといった予定の操作と異なった操作が事故の引き金となり、
このときの予測と異なった車の動きに対して運転者は高い精神的な集中をせざる得ず、こ
のために、修正行動に遅れが生じるものと考えられる。この誤りは防止できるであろうか。
3.エラー発生に関しての過去の知見
これまでの研究においては、誤りの出現に関しては次のような理解がなされている(芳
賀繁:うっかりミスはなぜ起きる.中央労働災害防止協会,1991)。
1)J.リーズンの理解(ジェームズ・リーズン(塩見弘訳):組織事故.日科技連出版社,
1999):
1)反復:同じ動作を不必要に反復することによるエラー。
2)取り違え:動作や知覚の対象を取り違えることによるエラー。
3)混入:一連の動作によけいな動作がまぎれ込むことによるエラー。
4)省略:やるべき動作をし忘れることによるエラー。
2)認知心理学的な理解:
1)入力エラー:感覚、知覚の際のエラー。見間違い、聞き違いなど。
2)媒介エラー:情報の媒介、処理の段階のエラー。未熟な操作、動作の失敗など。
3)出力エラー:身体により反応を起こす際のエラー。未熟な操作、動作の失敗など。
3)ノーマンの理解(Norman, D.A.: The Psychology of Everyday Things. Basic BookInc.1988; D.A. ノ-マン: 誰のためのデザイン?.新曜社,1990):
1) ミステイク:適切なやり方を知らないゆえに引き起こす誤り。
2) スリップ:正しい方法は知っているけれど引き起こす誤り。
4)スキーマ理論(Norman, D.A.: The Psychology of Everyday Things. Basic BookInc.1988; D.A. ノ-マン: 誰のためのデザイン?.新曜社,1990):
1)スキーマ(一連の操作手順)の非熟成による誤り。
5)橋本邦衛(人間工学会安全工学部会)の理解:
1)認知・確認のミス
2)判断・決定のミス
3)操作・動作のミス
6)米山信三(鉄道総合技術研究所人間工学研究室長)の理解(心理的背景からの理解):
1)判断の甘さ:そこまで影響を及ぼすとは思っていなかった。相手は知っていると
思っていた。など。
2)習慣的操作:反射的に手を出した。無目的な操作をした。など。
3)注意転換の遅れ:他の仕事に熱中して時間の経過に気がつかず手遅れになった。
後でやるからと思い、忘れてしまった。
4)思い込み・省略:確かなことと思い確認しなかった。いつもどおりだと思った。
など。
5)情報収集の誤り:予測や先入観のために情報を間違って受け止めた。情報の意味
がわからなかった。など。
7)黒田勲(早稲田大学)の理解:
1)懸命ミス:作業者が組織に忠実で、まじめに任務を達成しようと懸命にのめり込
んで発生するエラー。
2)確信ミス:熟練者やベテラン作業員が、一連の流れに従って習慣化された行動を
試行や意識的なチェックなしに遂行し、全く疑いもなく間違いの方向に突き進ん
でしまうエラー。
3)焦燥ミス:就業時間までに作業を完了してしまおうと焦ったり、交通渋滞に巻き
込まれながら時間に間にあおうといらだったり、タイム・ストレスが人間の冷静
さ、慎重さを崩して、判断決心を誤らせること。
4)放心ミス:単純作業の連続、単調作業、たいくつな監視業務、心配事、疲労、睡
眠不足等から意識水準が低下して起こるエラー。
5)多忙ミス:緊急事態、複雑な非定常状態、自動化装置の不具合などにより、突然
作業量が増加し、時間的な余裕がなくなり、判断の質が落ちたり、パニックに陥
るために起こるエラー。
6)無知ミス:知識、理解が不足しているために起こるエラー。教育、訓練、経験が
不足している未熟練者だけではなく、省人化で一人の作業者に幅広い知識が要求
されたり、新しいハイテク機器が次々に導入されるために、ベテランでもミスを
発生する可能性が高くなっている。
8)エラーの発生箇所:
エラ-の発生箇所に関しては、図1のようなモデルが考案されている。ただし、
自動車のペダルの踏み間違いの発生をこのモデルではうまく説明できない。また、
その防止法も解明されないと考えられる。
図1.エラーの発生箇所とその対策(林 喜男:人間信頼性工学. P.72,1984)。
以上、エラーに関しての種々の分類がなされているが、いずれも、比較的に判断の時間
が与えられているときのエラーについてであり、今回取り上げている自動車の運転操作に
おけるエラーのように、反射的、自動化されているときのような運動反応に関してのエラ
ーに関しての研究はほとんどなく、また、このようなエラーに関してうまく説明できるモ
デルを開発されていないと言える。
4. AT車におけるペダルの踏み間違いは、どのようなエラーと説明できるか?
AT車のペダル操作はどのようにすればよいかは、運転免許を持っているものであれば知
っている。従って、ペダルの踏み間違いは、ミステイクではない。
1) ペダル踏み位置の正確さに関して
アクセルペダル、ブレーキペダルを踏む足(一般には右足)の初期位置によっては、ペ
ダルを踏む位置が影響を受け、踏み間違いが生じる可能性がある。また、一般に素早く動
かそうとすると正確さが低下する(速さと正確さは背反:speed-accuracy trade-off:
Patrick M.A. Rabbitt: Sequential Reactions. In Dennis H. Holding (ed) Human Skills,
John Willy & Sons, pp.153-175, 1981)。
図2.反応時間と誤りの関係(Rabbitt, 1981)。上図は速さを、下図は正確さを優先するよ
うに指示したときの反応時間と誤り数の分布を示したものである。
2) 適用できる考え方:
1)自動車運転におけるペダル操作の誤りは、同じ動作を素早くに、かつ正確に繰り返す
ことの出来ない中でのエラーによって発生しているといえる(速さと正確さはトレードオ
フの関係)。たとえば、タイプライティング、ピアノ演奏などのように、素早く操作を行う
必要があるものは、フィードバック(自分の行為を確認しながらの)操作ではなくフィー
ドフォワード(予測)操作(または反射的な操作)がなされる。このような操作を行うに
は、繰り返しの練習が必要であり、また、間違いなしの操作や行為は大変困難である。ま
た、その人の限界近くで、あるいは限界を超えて素早く行うことの必要な場合には、さら
に動作の正確さが低下するので誤りが発生しやすくなる。
車のペダル操作やハンドル操作においても多くは予測(反射的な)操作がなされており、
誤りが時々発生しているが、緊急時でなければ(障害物までの距離が十分あれば)、間違っ
ても、多くの場合それを修正する時間的な余裕があるので、事故は引き起こさない場合が
多い。しかし、障害物までの距離が短い場合は、人の認知・反応時間よりも障害物までに
走行する時間が短かくなることがあるので、運転者が修正行動をとる以前に衝突する場合
が生じる。
2)何かの原因で自動車の操作の誤りが生じ、これにより期待とは異なった車の動きが生
じ、従って、衝突防止のためには短時間に正しい操作が行われる必要があるが、与えられ
た時間(障害物までの距離)が大変短く、そのために過大な緊張が生じ、ふつうの場合よ
りも操作に時間を要し(ヤーキズ・ダッドソン Yerkes-Dodsonの法則)、一方では、直前に
衝突対象があるために、素早い動作が要求され、速度を優先し、弾道弾的な制御(非フィ
ードバック制御)を行い、正確さが低下し(speed-accuracy tradeoff)、踏み間違いが生じ
たものと思われる。速さを優先すると、正確さを欠くので、踏み間違いを生じることが多
くなる。
5.AT車のペダルの踏み間違いによる事故を防止するために
現在、AT車を運転する場合、多くの人が右足でアクセルペダルとブレーキペダルを踏み
下げており、また、左右方向の位置が異なるのみで、ブレーキペダルとアクセルペダルと
をほぼ同じ動作で踏み下げている。また、左右の位置を踏み分ける場合、身体感覚によっ
てその位置の決定がなされている。身体感覚による位置の決定は視覚によるものよりも精
度が低い。このようなことから、速さを優先したり、基準となる身体位置が異なっていた
りした場合には、踏み下げの左右位置のずれが生じやすいといえる。また、いったん誤り
が発生し、その誤りによって緊張感が増すと、その緊張に多くの頭脳の活動が関与するこ
ととなり、次の修正行動の開始に遅れの生じる場合が発生するといえる。
このようなことから、ブレーキペダルとアクセルペダルの踏み間違いを防止するには、
まず、双方の操作を異なった身体の動きによって行うよう、改良することが必要と考えら
れる。一般に、緊急時には身体的な強い緊張が生じる傾向があり、この緊張に伴う脚の動
きが安全側の操作となるような、自動車操作インタフェースの設計が必要と考えられる。
人が生存するには食料の獲得と外敵から身を守ることが必要であり、気候か何かの影響
で人口に対して食料が十分でなくなると、生存し続けるには他よりも先に食料のあるとこ
ろに移動する必要があり、あるいは、外敵に襲われた場合もより早く逃れる必要があり、
このような試練の中で、われわれは、瞬時に対応する必要がある事態には反射的に動ける
ように身体的緊張が生じるようになっているものと考えられる。このようなことから、ブ
レーキペダルとアクセルペダルの踏み間違いが生じて素早くアクセルペダルを踏んでいる
足の緊張を緩めブレーキペダルを踏み直すことが必要な事態においても、逆に脚をけり出
すかのような緊張が生じ、ブレーキペダルに踏み換えるどころかアクセルペダルを逆に踏
み込むような脚の動きが生じる場合があるものと考えられる。このようなことから、緊急
時のこの脚の動きによって、安全側の操作がなされるようなデザインのインタフェースが
望まれよう。
(松永勝也)