自己内観ブログ

自己を信じて大地にしっかり根付いた生き方をするための日々の閃きを綴ります。

今朝の夢①

2018-04-09 09:24:20 | 
朝方みた夢は、書き留めたりしてその内容の意味を吟味するようにしています。
夢に出てくる人が何かを伝えたかったり、自分自身が何かを学ばなければならなかったりする時もあると思うから。

今朝の夢は、ストーリーがハッキリとしていて地名とかも実際にある所だったので、とても明確に覚えていました。

誰かが怪我をしたとかいうネガティブ系の夢も以前よくみましたが、自分自身の心配からくるものが多いようです。


それで今朝の夢ですが、昔の仕事の関係で関わりがあった人で、20年くらい前に亡くなられたと風の便りで聞いていました。
夢に出てきたのは、初めてかもしれません。
その方は、立派なお仕事をなさっていたのですが、どうも本当にやりたかったお仕事は、大工さんだったようで...夢の中では、大工さんでした。
お母様と小学校入学前の男の子と三人暮らしでした。
そこに何故か、私が遊びに行って楽しく過ごしているのです。
時代背景は、昭和の中頃でしょうか。
目が覚めた時、暖かい気持ちでしたからきっとその方は、夢でみたような生活がしたかったと私に伝えてくれたように感じました。


私の夢はカラーで、亡くなった人もよく出てきてくれます。
亡くなった人が怖いなんてことはありません...ペットも同じだと思います。
もし、自分があちらに逝ったとしたら自分の大切な人達に恐怖を与えるわけがありませんから...

ただ、愛情が深すぎて悲しみから抜け出せないでいると夢には、出てこれないというのもあるようです。
何故なら、あちらに逝くことは
こちらの悲しみでありあちらでは、悲しみではないと思うからです。
ただ、突然あちらに逝かれた場合、こちらにいると認識していつも通りの行動をしていることもあったりして・・・それが、こちらからはボンヤリ見えたりする場合もあるようですね。

あちらに逝かれた人の人生を語る時「生前」と言う言葉が使われますが...生きる前?

あちらが表でこちらが、裏舞台なのかもしれませんね。

般若心経にも「この世は空(から)とか無」という言葉がたくさん出てきます。こんなに見えるから物質世界が空で無なんてあり得ないと思う人が多いと思いますが
見方を変えると、この世界が見えたり聞こえたり触れたりできないと生きて行けない世界なんだと思います。

視覚や聴覚が完全で無かったり、体の一部が不完全であったりする場合、この世界では生きにくくなりますが、それらを受け入れてスポーツや芸術や様々な分野で活躍される人に接したりすると、とても感動しますよね。
このことは、それを裏付けているのかもしれませんね。

「表裏一体」や「メビウスの輪」という言葉のように、
すべては繋がっているのだなと感じています。

あちらもこちらも、あなたもわたしも...
ひっくり返ったり、捻れたり、見えたり見えなかったり...
違うように感じて孤独になるかもしれないけれど、自分の内側はすべてと繋がっていると思います。

つまりワンネス\(^_^)/

大切なのは、純粋でシンプルな心の目で感じとることかなと思いながら過ごすようにしています。

夢の中から、たくさんのことを知らせくれて、ありがとう(*^^*)








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