リバーリバイバル研究所

川と生き物、そして人間生活との折り合いを研究しています。サツキマス研究会・リュウキュウアユ研究会

嘉徳川 河口閉塞を開削する つづき

2009-01-12 19:27:58 | リュウキュウアユ研究会/奄美大島
 昨日のこと、地元の方が、瀬戸内町の町会議員の方に電話したそうで、その方が現場を見に来た。ボクが岐阜から来て、霰のなかで溝を掘っている。ということに驚かれ、町長に交渉するといって帰って行った。
 こういったことは、あまり急には進展しないというものだと、ハナから思っているので、ともかく黙々と作業を続けた。
 やがて、河口閉塞を開削する水路を掘り抜いたものの、潮が満ちてきた。
そして、河口は満ちてきた潮に押されてふさがってしまった。
 雨脚も速くなってきたことから、すごすごと退却する。 

 帰りに、地元の方に挨拶に立ち寄ると、議員の方が町長と交渉して、明日にもユンボで開削することになったという。 

 さて、翌日 つまりは11日。嘉徳に行く。地元の方はいなくて、奥さんがユンボは連休明け、12日に入ることになったと告げられた。

 ユンボ バックホーで作業したら、1時間もかからずに河口は開くことだろう。

 ボクは前日設置した、土嚢袋やらブルーシートを回収して帰ろうかと思った。が、リバリバ奄美のOさんは 掘るという。ウヘー。と思ったが、言い出したのはボクだから、ボクも一緒に掘ることにした。
 ともかく、砂の量がハンパではないので、前日と同じレベル、つまり水路がつながれば、Oさんも納得するかなと、そんなレベルである。



もう少し、川が海とつながる。



 やった、つながった。少し掘って、昼飯にした。
さて、帰るか、とボクは思っていた。あさってにはユンボで掘るのだろうし…。

 河口で少し様子をみていると、集落の方からクワを持った男性が歩いてきた。
正直なボクの感想 「ヤバイナァ まだ掘るのかヨー」

 その方は、見かねて、手伝いに来て下さったのだった。



 その方は、さすがに慣れている。
嘉徳川の河口が閉塞するたびに、集落の人は集まって掘っていたのだという。ただ、40戸あった戸数はいまでは19戸。小学校も廃校した。いまでは人手もたりないのだろう。

 かなり掘って、川は自分の力で自らの流路を海へと開いた。
しかし、2003年にボクたちが掘り抜いた程には流れは強くならない。砂嘴部分の堆積がずいぶん多いようだった。

 川が自ら掘るのが早いか、潮が満ちてきて砂で埋めてしまうのが早いか?後は時間の勝負である。
 さて…。
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4 コメント

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Unknown (masa)
2009-01-12 22:09:20
カメさん嬉しそうですねー。
返信する
うれしかねぇよ (南方単車亭の主)
2009-01-12 22:46:40
写真のポ-ズは、
こんなちょびっとしか流れてません
てやってるんです
返信する
なつかしい (taku)
2009-01-13 01:22:35
 初めまして。

 8年位前に決壊遊びと言って、仲間とやった、その時は水量が豊富で、サーファー達も一緒になって激流下りで遊んだ、それが楽しくて通って3回くらいやった。

 村にそれを楽しみにしているおじいちゃんがいて、先にやると怒られた。

 いやー懐かしくてコメントさせてもらいました。
返信する
決壊遊びかぁ (ニイムラ)
2009-01-13 03:02:26
いいなぁ。その呼び名。
次回もしリュウキュウアユの産卵期に溜まっていたら、「決壊遊び」マージンスーロ(?)と呼びかけることにしようかね。
 トムソーヤ作戦でもいいかな!
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