いよいよ試験最終日。8時半ごろ起きてTechnology Strategyの試験準備の続き。といっても昨日も書いた通り、対策のやりようがないというのが本音。
ところでTechnology Strategyという授業でそもそも何を勉強をしているか(したか)というと、「企業が技術(Technology)をどういうやり方で、どのタイミングで、商業化するかという戦略」である(はずである)。この授業で一番感心したのは、西洋人ってマトリクスが大好きなんだなあということであった。マトリクスっちゅーのはキアヌ・リーヴス主演の映画のほうじゃなくって、タテヨコにそれぞれ2分割(あるいはもっと分割)して、4つ(あるいはそれ以上)のマス目をつくって分類するアレだ。
たとえば、技術革新を"Incremental"と"Radical"の2つに分ける。企業のタイプを"Incumbent(既存企業)"と"New entrant(新規参入企業)"に分ける。この2つの切り口で4つのマス目を作って、「IBMはメインフレーム事業において、トランジスタから集積回路への移行に成功した」という事例は既存企業が、Radicalな技術革新に成功した例にあてはまりますよね、とかそんな風に分析する。
あるいは、技術革新に必要な知識っていうのには2種類あって、ひとつめがTechnical CapabilityでもうひとつがMarket Capability。で、それぞれは技術革新によって破壊される場合と、破壊されずに残る場合がある。これでまた4つのマス目ができて、んでたとえば「デジタルカメラは技術力が破壊される(従来のカメラを支える技術とは全然異なる技術を使ってるから)けれども、マーケットは従来のカメラのときとあまり変化がないから破壊されずに残った例だよん」という風に考える。
そのほかさまざまなマトリクスが紹介されるんだが、私としてはその内容よりも、そもそもそんな風になんでもニ分割して考えるという思考そのものが面白いと思った。これってやっぱり一神教の考え方というか、近代西洋思想を支えた二分法とか二項対立の考え方が生きているんじゃないだろうか。とかく西洋は善と悪、客観と主観、普遍と特殊という風に二つに分割するものなあ。
たしかにこういう風に分類するとわかりやすい上に、何となく物事を理解できたような気になれる。けれどもその実「じゃあそれで何なんだ?」と言うとイマイチわかるようなわからないような。こういうのって一体全体実際のビジネスで役立つんだろうか。いやいや。授業自体はけっこう好きだったんですが。なーんかこう腑に落ちないところがあるんだなあ。
話が大幅にそれました。午後1時から4時半までそのTechnology Strategyの試験。最初に10ページほどのケースが配られ、それを読んだ上でいくつかの問題に答えるというマーケティングとかストラテジーの授業の典型的なテスト形式。ケースの内容はヒューレット・パッカードが自身の持つUNIXベースのエンタープライズ事業に固執するか、それともWintel連合に乗っかるか決断する、というもの。まだ馴染みのある産業で助かった(医療関係とか薬品関係だと読んでて全然わからない)。時間一杯を使って何とか最後まで書ききった。それにつけてもこういうテストのときに自分で書いた英文を読み返すと相当絶望的な気分になるな。
夕方、Japan Student Association(JSA)というPurdue大学の日本人学部生が主体になった組織のコールアウト(決起集会、と訳せばいいのか)に顔を出してみる。みんなとても若くて元気いい。これだけの日本人学生がいるとは全然知らなかった。うれしいものです。取りまとめ役のKさんという女性と少し話す。彼女は大学の日本語学部のティーチング・アシスタントをしてらっしゃるそうだ。なんでもPurdue全体では100人くらいの日本人学生がいるらしい。また日本語学部の充実度という点では、Purdueもけっこう有名だが、中西部で一番なのはウィスコンシン大学なんだそうだ。これは全然知りませんでした。
JSAの会合を辞して、同級生数人とギリシャ料理屋で夕食。ビールで試験終了を祝った。明日から4連休。その後またすぐに第2モジュールに突入である。
ところでTechnology Strategyという授業でそもそも何を勉強をしているか(したか)というと、「企業が技術(Technology)をどういうやり方で、どのタイミングで、商業化するかという戦略」である(はずである)。この授業で一番感心したのは、西洋人ってマトリクスが大好きなんだなあということであった。マトリクスっちゅーのはキアヌ・リーヴス主演の映画のほうじゃなくって、タテヨコにそれぞれ2分割(あるいはもっと分割)して、4つ(あるいはそれ以上)のマス目をつくって分類するアレだ。
たとえば、技術革新を"Incremental"と"Radical"の2つに分ける。企業のタイプを"Incumbent(既存企業)"と"New entrant(新規参入企業)"に分ける。この2つの切り口で4つのマス目を作って、「IBMはメインフレーム事業において、トランジスタから集積回路への移行に成功した」という事例は既存企業が、Radicalな技術革新に成功した例にあてはまりますよね、とかそんな風に分析する。
あるいは、技術革新に必要な知識っていうのには2種類あって、ひとつめがTechnical CapabilityでもうひとつがMarket Capability。で、それぞれは技術革新によって破壊される場合と、破壊されずに残る場合がある。これでまた4つのマス目ができて、んでたとえば「デジタルカメラは技術力が破壊される(従来のカメラを支える技術とは全然異なる技術を使ってるから)けれども、マーケットは従来のカメラのときとあまり変化がないから破壊されずに残った例だよん」という風に考える。
そのほかさまざまなマトリクスが紹介されるんだが、私としてはその内容よりも、そもそもそんな風になんでもニ分割して考えるという思考そのものが面白いと思った。これってやっぱり一神教の考え方というか、近代西洋思想を支えた二分法とか二項対立の考え方が生きているんじゃないだろうか。とかく西洋は善と悪、客観と主観、普遍と特殊という風に二つに分割するものなあ。
たしかにこういう風に分類するとわかりやすい上に、何となく物事を理解できたような気になれる。けれどもその実「じゃあそれで何なんだ?」と言うとイマイチわかるようなわからないような。こういうのって一体全体実際のビジネスで役立つんだろうか。いやいや。授業自体はけっこう好きだったんですが。なーんかこう腑に落ちないところがあるんだなあ。
話が大幅にそれました。午後1時から4時半までそのTechnology Strategyの試験。最初に10ページほどのケースが配られ、それを読んだ上でいくつかの問題に答えるというマーケティングとかストラテジーの授業の典型的なテスト形式。ケースの内容はヒューレット・パッカードが自身の持つUNIXベースのエンタープライズ事業に固執するか、それともWintel連合に乗っかるか決断する、というもの。まだ馴染みのある産業で助かった(医療関係とか薬品関係だと読んでて全然わからない)。時間一杯を使って何とか最後まで書ききった。それにつけてもこういうテストのときに自分で書いた英文を読み返すと相当絶望的な気分になるな。
夕方、Japan Student Association(JSA)というPurdue大学の日本人学部生が主体になった組織のコールアウト(決起集会、と訳せばいいのか)に顔を出してみる。みんなとても若くて元気いい。これだけの日本人学生がいるとは全然知らなかった。うれしいものです。取りまとめ役のKさんという女性と少し話す。彼女は大学の日本語学部のティーチング・アシスタントをしてらっしゃるそうだ。なんでもPurdue全体では100人くらいの日本人学生がいるらしい。また日本語学部の充実度という点では、Purdueもけっこう有名だが、中西部で一番なのはウィスコンシン大学なんだそうだ。これは全然知りませんでした。
JSAの会合を辞して、同級生数人とギリシャ料理屋で夕食。ビールで試験終了を祝った。明日から4連休。その後またすぐに第2モジュールに突入である。
先日、教授に「実際の社会では、授業で扱うように綺麗に二元化できないのでは?」質問したら、「むしろ二元化できないほうがおかしい」といわれてしまいました。