私が初めて教頭職についた小学校では、
1年に数回の大きな行事ごとに、
歴代校長先生らが、来校された。
その行事への評価と共に、
学校の様子をしっかりと見ておられた。
そして、その感想を口にする方、何も言われない方、
時にはその場の雰囲気にのって、教頭の私を、
厳しく指導される方など様々だった。
だから、私は行事の度に、最善の準備をし、
大先輩をお迎えしていた。
その中のお一人に、穏やかな笑みを絶やさず、
人当たりのいい方がおられた。
「教頭さんが来てからは、学校の雰囲気がいいね。」
きっと、全ての教頭にそう言っていたのだろうが、
嬉しくて、それだけで励みになった。
その先生が、ある席でのご挨拶で言ったことが、
まだ45歳前後だった私の心に、強く残った。
「私たち年寄りは、寝たきりになったり、
いつも介助が必要になったりするようじゃいけないんですよ。
そうなった年寄りへの行政負担は、物凄い額になります。
年寄りが多くなるこれからは、
生きている間は健康でいること。
それを目標にしなければいけません。」
「お年寄りは、老後をのんびりと過ごせばいい。」
漠然と、そんな思いでいた私に、
老後のあり方を考えさせる第一歩になった。
そして、シルバー世代となった今、
大先輩のこの教えは、私に根付いている。
体力維持、貯金ではなく貯筋、
決して寝たきりの道には行かない。
そのため、体と頭の健康へ努力を惜しまない。
今、最大・唯一の私のテーマのように思う。
ところで、伊達は全道でも高齢者人口の割合が、
高い所と聞いた。
確かに、私の暮らしの周辺も、
同世代と、それ以上の方々が目に止まる。
そんなシルバー達を、ちょっとだけウオッチしてみた。
①
5年前、移住してすぐのことだ。
私たちは、まだ伊達の道に不慣れだった。
朝のジョギングは、いつもワンパターン。
同じコースを走った。
なので、いつもお決まりの場所で、すれ違う老夫婦がいた。
私と家内の挨拶に、ご主人だけが挨拶を返してくれた。
奥さんはと言うと、常に顔色が悪く、伏し目がちで、
私たちを見ようともしなかった。
明らかに健康を害し、毎朝の散歩もやっとだと、
推測できた。
毎朝のことである。
次第に遠方の姿でも、その老夫婦だと見分けがついた。
ご主人は、奥さんの歩速にあわせながら、
よく話しかけていた。
時には足を止め、樹木や野鳥を指さし、
奥さんにそれを見るように促した。
ご主人のそんな働きかけに、
奥さんが応じることはまれで、
いつもトボトボとご主人の後を歩いていた。
来る日も来る日も、出会う2人は、
同じように見えた。
様子に全く変化がなく、心が詰まった。
ところが、2年程前からその姿が変わり始めた。
奥さんが、「おはようございます。」と、
小声で応じてくれた。
やがて、その声に張りが出てきた。
ついに、ご主人と肩を並べて歩く姿を見た。
時には、明るい表情で、ご主人の前を歩いた。
私たちを見ると、奥さんから先に挨拶することも増えた。
どんな病気だったのか、一切知ることはなかった。
でも、毎日の散歩が役立ったのだと思った。
「ご主人、頑張ったね。」
2人とすれ違い、少し足早になりながら、
涙声で、家内に呟いた。
見上げた空は、青一色だった。
②
これまた老夫婦である。
朝のジョギングで、
時々この夫婦に出会うようになって、
1年になるだろうか。
最初の出会いは、明らかに驚きだった。
奥さんはものすごくやせ細り、弱々しく、
足には全く力がなかった。
一歩一歩がやっとで、ご主人は力を入れて片手を握り、
もう一方の腕は、奥さんの腰に、しっかりと添えられていた。
つい手を貸したくなるようなシーンだ。
必死に体を支え、声をかけながら、
ゆっくりと進む姿に、私は挨拶の声かけを遠慮した。
その日、どこからどこまで散歩したのか、
きっとわずかな距離だったに違いない。
それからしばらくして、再び出会った。
今度は、奥さんの片手に、
ストックのような杖が握られていた。
そして、もう一方の手は、
ご主人がしっかりと握っていた。
相変わらず、ゆっくりとした足取りだった。
でも、わずかだが、ご主人の表情には明るさがあった。
走りながらだが、思い切って挨拶をした。
少しの笑顔と一緒に、ご主人が会釈をしてくれた。
奥さんは、私の挨拶に気づいていなかった。
きっと大病後の機能回復が、目的の散歩なのだろう。
奥さんの無表情とは対象的に、
ご主人の全身からは、優しさがあふれていた。
つい先日の朝も、反対側の歩道を、
ゆっくりとした足取りの2人に出会った。
走りながらの私の挨拶に、
いつも通りご主人は笑顔で会釈した。
そして、しきりに奥さんの肩をつつき、
私への挨拶を促した。
相変わらず、無反応の奥さんだ。
でも、その足取りが、少しだけ力強くなった気がした。
ご主人は、朝のこの時間の介護だけでなく、
日常の全てをそうしているだろう。
奥さんをいたわる。
その温かさが、にじみ出ているご主人の姿に、
心打たれてきた。
私には、朝の挨拶しか接点がない。
でも、エールだけは届けたいと、いつも思う。
いつか我が家の前も通って欲しい。
庭の花壇に、綺麗な花を咲かせておこう。
③
伊達市には、『交通安全指導員』と呼ばれる
非常勤嘱託職員がいる。
その15名は、市内の主要道路に立ち、
子ども達の交通事故防止に努めている。
その制服は、一見警察官を思わせるほど凜々しい。
しかし、子ども達の安全は、
その人たちだけでは十分ではない。
我が家の近隣には、
私が知るだけでも5名のボランティアの方が、
毎朝、自前の服で黄色い旗を持ち、
交差点に立っている。
5名とも、シルバー世代である。
中には、地元の小学校長を退職された方もおられる。
真冬の氷点下、寒風の日でも立ち続けるのだ。
ただただ頭が下がるだけである。
皆さん、そのキャリアは約10年と聞いた。
毎朝、出勤のためハンドルを握り通り抜ける方にも、
深々と頭を下げ、安全運転へのサインを送る。
運転する方も、軽い会釈でそれに応え、走り抜ける。
子ども達は、朝の顔馴染みに、
気軽でさりげない挨拶をする。
それだけで、長い歳月の歩みと関係性が、
見て取れる。
先日、そのボランティアの方と、
盃を交わす機会があった。
私は、労をねぎらう同じ言葉をくり返すだけ。
それ以外のしゃれた言葉も振る舞いもできず、
赤面していた。
すると、こんな経験談を教えてくれた。
「いつもの所に立っているとね、
赤い車が私の近くで、急に停まったんです。
車のドアウインドーを下ろしながら、
『おじさん、久しぶり!』って言うんだよ。
『ほら、私!』
若い女性なんだ。
よく見ると、小さい頃の面影があった。
5年くらい前まで、
いつも横断歩道を渡っていた子だった。
成人式なので帰ってきたんだそうだ。
嬉しかったね。
こんなことがあるから、矢っ張り止められない。
もう年齢だからと、誰かに言われても、
私はまだまだ続けるよ。」
それを聞いていたもう1人のボランティアの方も
言う。
「私の健康の秘訣さ。
毎日、元気な子ども達の顔を見て、
私も元気にそれを見守る。
それが、今、私のできることなんだわ!」
その気迫に、私は息を飲んだ。
北のシルバー達の力強さに、追いつきたいと思ったが、
声には出せないまま、その場にいた。
八重桜の下を登校するランドセル
1年に数回の大きな行事ごとに、
歴代校長先生らが、来校された。
その行事への評価と共に、
学校の様子をしっかりと見ておられた。
そして、その感想を口にする方、何も言われない方、
時にはその場の雰囲気にのって、教頭の私を、
厳しく指導される方など様々だった。
だから、私は行事の度に、最善の準備をし、
大先輩をお迎えしていた。
その中のお一人に、穏やかな笑みを絶やさず、
人当たりのいい方がおられた。
「教頭さんが来てからは、学校の雰囲気がいいね。」
きっと、全ての教頭にそう言っていたのだろうが、
嬉しくて、それだけで励みになった。
その先生が、ある席でのご挨拶で言ったことが、
まだ45歳前後だった私の心に、強く残った。
「私たち年寄りは、寝たきりになったり、
いつも介助が必要になったりするようじゃいけないんですよ。
そうなった年寄りへの行政負担は、物凄い額になります。
年寄りが多くなるこれからは、
生きている間は健康でいること。
それを目標にしなければいけません。」
「お年寄りは、老後をのんびりと過ごせばいい。」
漠然と、そんな思いでいた私に、
老後のあり方を考えさせる第一歩になった。
そして、シルバー世代となった今、
大先輩のこの教えは、私に根付いている。
体力維持、貯金ではなく貯筋、
決して寝たきりの道には行かない。
そのため、体と頭の健康へ努力を惜しまない。
今、最大・唯一の私のテーマのように思う。
ところで、伊達は全道でも高齢者人口の割合が、
高い所と聞いた。
確かに、私の暮らしの周辺も、
同世代と、それ以上の方々が目に止まる。
そんなシルバー達を、ちょっとだけウオッチしてみた。
①
5年前、移住してすぐのことだ。
私たちは、まだ伊達の道に不慣れだった。
朝のジョギングは、いつもワンパターン。
同じコースを走った。
なので、いつもお決まりの場所で、すれ違う老夫婦がいた。
私と家内の挨拶に、ご主人だけが挨拶を返してくれた。
奥さんはと言うと、常に顔色が悪く、伏し目がちで、
私たちを見ようともしなかった。
明らかに健康を害し、毎朝の散歩もやっとだと、
推測できた。
毎朝のことである。
次第に遠方の姿でも、その老夫婦だと見分けがついた。
ご主人は、奥さんの歩速にあわせながら、
よく話しかけていた。
時には足を止め、樹木や野鳥を指さし、
奥さんにそれを見るように促した。
ご主人のそんな働きかけに、
奥さんが応じることはまれで、
いつもトボトボとご主人の後を歩いていた。
来る日も来る日も、出会う2人は、
同じように見えた。
様子に全く変化がなく、心が詰まった。
ところが、2年程前からその姿が変わり始めた。
奥さんが、「おはようございます。」と、
小声で応じてくれた。
やがて、その声に張りが出てきた。
ついに、ご主人と肩を並べて歩く姿を見た。
時には、明るい表情で、ご主人の前を歩いた。
私たちを見ると、奥さんから先に挨拶することも増えた。
どんな病気だったのか、一切知ることはなかった。
でも、毎日の散歩が役立ったのだと思った。
「ご主人、頑張ったね。」
2人とすれ違い、少し足早になりながら、
涙声で、家内に呟いた。
見上げた空は、青一色だった。
②
これまた老夫婦である。
朝のジョギングで、
時々この夫婦に出会うようになって、
1年になるだろうか。
最初の出会いは、明らかに驚きだった。
奥さんはものすごくやせ細り、弱々しく、
足には全く力がなかった。
一歩一歩がやっとで、ご主人は力を入れて片手を握り、
もう一方の腕は、奥さんの腰に、しっかりと添えられていた。
つい手を貸したくなるようなシーンだ。
必死に体を支え、声をかけながら、
ゆっくりと進む姿に、私は挨拶の声かけを遠慮した。
その日、どこからどこまで散歩したのか、
きっとわずかな距離だったに違いない。
それからしばらくして、再び出会った。
今度は、奥さんの片手に、
ストックのような杖が握られていた。
そして、もう一方の手は、
ご主人がしっかりと握っていた。
相変わらず、ゆっくりとした足取りだった。
でも、わずかだが、ご主人の表情には明るさがあった。
走りながらだが、思い切って挨拶をした。
少しの笑顔と一緒に、ご主人が会釈をしてくれた。
奥さんは、私の挨拶に気づいていなかった。
きっと大病後の機能回復が、目的の散歩なのだろう。
奥さんの無表情とは対象的に、
ご主人の全身からは、優しさがあふれていた。
つい先日の朝も、反対側の歩道を、
ゆっくりとした足取りの2人に出会った。
走りながらの私の挨拶に、
いつも通りご主人は笑顔で会釈した。
そして、しきりに奥さんの肩をつつき、
私への挨拶を促した。
相変わらず、無反応の奥さんだ。
でも、その足取りが、少しだけ力強くなった気がした。
ご主人は、朝のこの時間の介護だけでなく、
日常の全てをそうしているだろう。
奥さんをいたわる。
その温かさが、にじみ出ているご主人の姿に、
心打たれてきた。
私には、朝の挨拶しか接点がない。
でも、エールだけは届けたいと、いつも思う。
いつか我が家の前も通って欲しい。
庭の花壇に、綺麗な花を咲かせておこう。
③
伊達市には、『交通安全指導員』と呼ばれる
非常勤嘱託職員がいる。
その15名は、市内の主要道路に立ち、
子ども達の交通事故防止に努めている。
その制服は、一見警察官を思わせるほど凜々しい。
しかし、子ども達の安全は、
その人たちだけでは十分ではない。
我が家の近隣には、
私が知るだけでも5名のボランティアの方が、
毎朝、自前の服で黄色い旗を持ち、
交差点に立っている。
5名とも、シルバー世代である。
中には、地元の小学校長を退職された方もおられる。
真冬の氷点下、寒風の日でも立ち続けるのだ。
ただただ頭が下がるだけである。
皆さん、そのキャリアは約10年と聞いた。
毎朝、出勤のためハンドルを握り通り抜ける方にも、
深々と頭を下げ、安全運転へのサインを送る。
運転する方も、軽い会釈でそれに応え、走り抜ける。
子ども達は、朝の顔馴染みに、
気軽でさりげない挨拶をする。
それだけで、長い歳月の歩みと関係性が、
見て取れる。
先日、そのボランティアの方と、
盃を交わす機会があった。
私は、労をねぎらう同じ言葉をくり返すだけ。
それ以外のしゃれた言葉も振る舞いもできず、
赤面していた。
すると、こんな経験談を教えてくれた。
「いつもの所に立っているとね、
赤い車が私の近くで、急に停まったんです。
車のドアウインドーを下ろしながら、
『おじさん、久しぶり!』って言うんだよ。
『ほら、私!』
若い女性なんだ。
よく見ると、小さい頃の面影があった。
5年くらい前まで、
いつも横断歩道を渡っていた子だった。
成人式なので帰ってきたんだそうだ。
嬉しかったね。
こんなことがあるから、矢っ張り止められない。
もう年齢だからと、誰かに言われても、
私はまだまだ続けるよ。」
それを聞いていたもう1人のボランティアの方も
言う。
「私の健康の秘訣さ。
毎日、元気な子ども達の顔を見て、
私も元気にそれを見守る。
それが、今、私のできることなんだわ!」
その気迫に、私は息を飲んだ。
北のシルバー達の力強さに、追いつきたいと思ったが、
声には出せないまま、その場にいた。
八重桜の下を登校するランドセル
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