花田凌鑑

火気利用生産公社新館

こころあるひとに読んでほしい

2013-03-06 00:05:59 | 
淀みの世がすすんで、早いもので3月になってしまいました。
汚染水の海洋投棄予定というところまできています。
まさに淀みカードそのものといったところ。

先日、5年に1冊あるかないかの素晴らしい本との出会いがありました。

「自然は脈動する 」アリック・バーソロミュー

副題には、ヴィクトル・シャウベルガーの驚くべき洞察とあり、その珠玉の洞察がちりばめられた本です。

20世紀の前半に活躍された方ですが、現在の世の中を言い当てているような言葉に重みがあります。

その一部を引用させていただきます。


人類がいずれ正気に戻るということもなく、知的指導者に誤った方向に導かれ、間違った情報を教えられていることに気づかないなら、あまねく存在する自然の法則は(因果応報の理で)、このいびつになってしまった文明にかならずやふさわしい結末をもたらそうとするだろう。
残念ながら、破滅は自らの過ちが招いたものだと気づくまでに、必ずやきわめて恐るべき破局が起こったり、恥ずべき事実が明るみに出るだろう。
この状況を変えるのは避けがたく多大な困難が伴うだろうが、それはまさに過ちを犯しているのがおもに権力の座にある者だからである。
自分たちの利益を守ってきた制度や人物は、自分たちに非があるなどとは考えず、同胞たる人間が数百万人の規模で死ぬほうなことがない限り自分の過ちを認めはしないだろう。

いわゆる専門家の多くは、このような間違いを正そうとするいかなる系統だった試みにも団結して抵抗する。
彼らは自分たちが認められた道を弁護せざるを得ないのだが、それは、その道こそが彼らの食いぶちであり、自分たちが死ぬその日まで面倒を見てもらうことを望んでいるためである。
それでも過ちが特定の産業部門だけのものであればこの難題も克服されるかもしれない。
数世紀にわたってなされてきたもっとも普遍的な過ちを徹底的に分析すれば、間違った原理と正道を踏み外したやり方から生じた問題の根の深さが明らかになる。
そこで明らかになるものは、きわめて重大な文化的、技術的、経済的違反行為であり、いかなる産業部門も無関係なものはない。
専門分野が何であれ、必ずしも悪意のない専門家であっても、罪を逃れることはできないのだ。

ヴィクトル・シャウベルガー (1885~1958)


是非!

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