スポーツエトセトラ

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春季高校野球関東大会 千葉県勢成績(1972年~1975年)

2020-04-27 08:53:34 |  春季高校野球関東大会千葉県勢成績
過去の春季高校野球関東大会における、千葉県勢の成績を紹介するシリーズの第4弾。
今回は1972年~1975年となります。



対戦校の都県の横にある数字は、その地区の順位です。
黄色は優勝、鼠色は準優勝、銅色はベスト4を表します。

74年に銚子商が、75年には習志野が全国制覇。
2年連続で千葉県代表チームが夏の甲子園で優勝を勝ち取るなど、
千葉県が一気に「野球どころ」として認知された、まさしく黄金時代。

甲子園とは無関係の春の関東大会でも、すべての年でベスト4以上に進出するなど、
いかに当時の千葉県勢のレベルが高かったかが分かります。

72年は記念大会でもないのに、なぜか1県2代表。
春の県大会優勝・成東は毎年のように上位に進出しながら、
銚子商の厚い壁の前に甲子園に届かず「悲運の成東」と呼ばれたほどのチームでした。

しかし、春の県大会準決勝でセンバツベスト4・銚子商を撃破すると、
関東の舞台でもその実力をいかんなく発揮。
準決勝ではセンバツ準優勝(前年は優勝)の強豪・日大三を相手にエース・鈴木孝政が好投して撃破。
初出場ながら見事準優勝に輝きます。

2位の千葉商も、エース・布施弥守男が準々決勝で当時2年生の怪物・江川卓を相手に
延長13回の投手戦で投げ勝つ健闘で、ベスト4に進出しています。

センバツで「ベスト4以上」のチームが推薦で出場できるようになった73年は、銚子商が準決勝に進出。
しかし、前年秋の関東大会で20奪三振の屈辱を味わった、江川卓の作新学院に返り討ち。
この悔しさが、夏の甲子園での作新戦での雪辱につながることになります。

74年は、のちにプロで活躍する石毛宏典が1番に座る市銚子が
初出場ながら、ベスト4と大健闘しました。
ちなみにこの年の夏は全国制覇した銚子商の前に、決勝で敗れています。

75年は地元開催のため、4校が出場。
また、この年から各県2校、地元4校が出場するスタイルとなります。

この年の夏に甲子園で優勝する習志野は、センバツでは初戦敗退も
春の県大会では危なげなく勝ち進み、1位通過。
準決勝ではライバル・銚子商に敗れたものの、実力を見せつけています。

その銚子商は前年の夏の甲子園覇者の貫禄で、
2回戦ではスラッガー・原辰徳、津末英明、エース・村中秀人らを擁する
センバツ準V・東海大相模に競り勝ち、
その勢いで決勝も快勝。17年ぶりの春の関東王者に輝いています。

春の県大会準優勝・勝浦、3位決定戦で銚子商に勝った横芝敬愛は、
初の関東大会というプレッシャーか、ともに初戦で惜敗しました。

次回は1976年~1980年です。


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