箱根駅伝「薄底VS.厚底」靴の知られざる闘い
第93回箱根駅伝。4連覇を狙う青山学院大学、出雲駅伝の勝者・東海大学、そして全日本大学駅伝を制した神奈川大学の“3強”による争いが予想されてきたが、実は今年の箱根では「靴」をめぐる知られざる戦いも繰り広げられるという。
「ナイキの新作、ヴェイパーフライ4%は凄いイノベーションです。この靴を戦略的に取り込んだ大学がある。箱根では、とんでもない人が4%速くなっているかもしれませんよ」
『あまりに細かすぎる箱根駅伝ガイド! 2018』(ぴあMOOK)を刊行し、駅伝に関するマニアックな情報を発信するメディア「EKIDEN NEWS」を主宰する西本武司氏は、選手の靴選びに注目している。その驚愕の世界を熱く語ってもらった。
■アスリートはメーカーより「人」につく
――西本さんは、全国各地の駅伝・長距離レースを取材されていますが、なかでも各選手の靴に注目されているそうですね。
アスリートにとって、靴は、そのメーカーのものを履けばおカネがもらえるというようなものではなく、その靴を作る人との関わりが重要になっていることがわかり、面白いなあと思ったんです。
日本には、元アシックスの靴職人、三村仁司さんという方がいらっしゃいます。高橋尚子さんや野口みずきさんなど名だたるアスリートの靴を作り続けていた方ですが、三村さんがアシックスを退職して独立し、アディダスと専属契約した瞬間、アスリートたちもアディダスを履きだしたんですよ。ああ、彼らはメーカーについていたのではなく、人についていたんだなと。
三村さんは、おそらく世界で1番、アスリートたちの足を実際に触り、見続けてきた人だけあって、誰にどんな走りをしてほしいのかという、走りに対する思想や哲学がある。これはいくらおカネを積まれても代えられない。アスリートファーストなんですよね。
日本では、長い距離をペースを落とさずに走り続けるにはどうすればいいのかということが何十年もの課題でした。どうしてもリスクを抱えるのです。
ひとつは長い距離を走ることによって故障する確率が高くなる。もうひとつはスピードの低下です。アスファルトの上を長い距離、トップスピードで走り続けることは不可能ですから、長い距離に対応するためはスピードを犠牲にしたフォームとなってしまいがちなんですね。
そのためトラック競技でスピードを身に着けてから、マラソンに移行するというのが定番スタイルでした。しかし、長らく日本記録は止まったまま、停滞ムードが続いてきてしまった。
トレーニング手法が違う、アメリカに行こう、そもそも日本人の体型の問題だとかいろいろ言われてきて、しまいに「ハングリーさがない」「古き良き時代に戻ろう」なんていう精神論まで語られて。
そんな中で2017年の夏、突然ナイキが「ヴェイパーフライ4%」という靴を発表し、凄いイノベーションを起こしたのです。
■世界の度肝を抜いたナイキの厚底靴
ヴェイパーフライ4%は、ものすごくソールの分厚い靴です。2017年5月、ナイキが、42.195kmを2時間以内に完走するという目標を掲げて「ブレイキング2」というプロジェクトを立ち上げ、その中で発表しました。
結果は「2:00:25」というフルマラソンにおける人類史上最速のタイムが出たのです。チャレンジ当日は、私もそうですが、もう世界中のランナーが夢中になってレースを見ていて、そして度肝を抜かれました。
これまでマラソンシューズは、薄くて軽いのに反発力があるというところがポイントで、技術的にもみんながそこを目指していました。しかし、ナイキが出してきたのは真逆の靴なんです。
「SHOE DOG(シュードッグ)」に創業時の様子が描かれていますが、創業者のフィル・ナイトは陸上選手出身で、利益先行ではなく、常にランナーファーストです。その考えが、いまのナイキにも脈々と続いていて、「薄く軽く」の常識をいったんすべて疑って、新しく作り出してしまうという凄さがある。そこにみんながびっくりしてしまったんですね。
ところが、日本には「分厚い靴は日本人に合わない」「薄ければ薄いほどいい」という定説が根強く、ブレイキング2を経ても、当初はあれは凄いけど、ケニア人や欧米人向けのもので、僕ら日本人が履くもんじゃないよなと。けど、気になるね、くらいの印象だったんです。
ところが、2017年4月のボストンマラソンで3位入賞の快挙を成した大迫傑選手(ナイキ・オレゴン・プロジェクト)が、分厚いシューズを履いていたことが話題になった。「あれはなんだ?」と。
9月、今度は、設楽悠太選手(ホンダ)が、この靴でチェコのハーフマラソンを走り、日本新記録を叩き出しました。さらに1週間後、ベルリンで2時間9分台の自己ベスト。日本新記録を出すほど走って、翌週フルマラソンでまた記録が出る。あれはダメージが残らない凄い靴なんだ、と。
実際に私も履きました。まず「アブナイ!」と思いましたよ。かかとが厚いのでまっすぐ立つと前かがみになり、勝手に走らされるんです。日本人は薄い靴でぺたぺた走るミッドフット走法に馴染みがありますが、この靴で走ってみると、足の前のほうから着地するフォアフット走法になる。必然的に、全速力で足をさばいていくことになるんです。
私は人生でそんな走り方をしたことがありませんから、この靴では3kmまでしか走れないと思いました。全身の筋肉が対応できないんですよ。つまり、この靴でフルマラソンを走るには、いままで培った自分のフォームをすべて捨てて、作り直さなければならない。それには半年から1年はかかるだろう、と。
■ナイキの厚底靴を取り入れた東洋大学の戦略
この靴が箱根駅伝に登場することはないな、と最初は思いました。なぜなら、この靴で箱根駅伝を走るための準備期間が足りないと思ったからです。大迫選手や設楽選手といった日本を代表するトップアスリートだからできることだと。
ところが、2017年10月の出雲駅伝。なんと東洋大学と東海大学の学生がヴェイパーフライ4%を履いていたんです。特に、ナイキのサポートを受けている東洋大学は、下級生を中心にしたメンバーのほぼ全員。
この靴で本番に臨むためには、実際に履いて走って体づくりをしければならない。東洋大学は、明らかに戦略にこの靴を取り入れてトレーニングしてきたわけです。
しかも、下馬評ではあまり良くなかった東洋大学が、突然活躍しはじめた。全日本大学駅伝では、一時は首位に立つほどです。もちろん個々の力も伸びたのでしょうが、この靴とともにトレーニングしてきたことが大きく影響しているのでは……と。
そして、ほかの選手も真似するようになりました。価値観が変わり始めたわけです。箱根駅伝の長距離20kmを59分台で走るために、あの厚底は適した靴なんじゃないのか、と。
――では箱根駅伝でも、多くの選手がヴェイパーフライ4%で出て来る可能性があると?
そうですね。ただ、この靴は両刃の剣でもあります。自分がそれまで積み重ねてきたフォームが崩れますから、誰にでも合うわけじゃない。この靴で試合に出るなと指示した大学もあると聞きました。しかし、選手によっては履いてきますし、1区間20km以上という長距離でも、この靴ならダメージが少ないということがすでに証明されています。
面白いのが、優勝候補と言われている青山学院大学は、ほぼアディダスなんですよね。先ほどの三村仁司さんが考えた走り方の靴なんです。そのために泥臭い練習をずっと積み重ねてきてもいます。
東洋大学は、ヴェイパーフライ4%を取り入れたトレーニングによって、上位食い込みも「あり得るんじゃないかな?」というところまで来ている。ほかの強豪も力を伸ばしてきていますし、今年の箱根駅伝は、どこが勝つかわからないという面白さがありますよ。
これまでは、青山学院大学を止める方法がなかったんです。なにかを誰かが変えないと、止められない。そこに出てきたのがこの靴です。
青学が「青トレ」という体幹トレーニングによって、故障が減り、継続して練習ができることになったおかげで選手が底上げされ、箱根に勝つようになったように、東洋大は、厚底靴に代表される走り方を会得して、故障せずに長く速く走って勝つという方向に向かっているのかもしれない。
日本では、「ブレイキング2」はあまり話題になりませんでしたが、やはり今回は凄い。バスケットシューズにエアが入ったときと同レベルのイノベーションです。ナイキとしては、箱根駅伝が日本で一番PRになる場だと考えていると思いますし、今回を機に日本でもフィーチャーされるかもしれません。
――ヴェイパーフライ4%という名前は、「4%速くなる」という意味が込められているそうですね。
大迫選手は、この靴で4%速くなるかもしれないけれど、風の影響で6%遅くなることもある、と語っていました。そうですよね、道具が走るわけではありませんから。イノベーションが凄くても、それをモノにして、あの靴で42.195kmを走るまでに、彼は凄まじいトレーニングをしてきたと思います。
フルマラソンの終盤では、たいていの選手は疲れて腰が落ち、かかとから着地してぺたぺた走るようになるのですが、福岡国際マラソンでの大迫選手の写真をよく見ると、ラスト400mという場面でも、ヴェイパーフライ4%の特徴を活かしてかかとを浮かせたまま走り、まだ2位を狙っていました。
福岡国際マラソンでヴェイパーフライ4%を履いた選手はたくさんいましたが、そのような走りをしていたのは、大迫選手だけです。それほどまでに靴に左右されないフォームで走り続ける体を仕上げる努力をしてきたということです。
アスリートにとって、走り方を変えるというのは重大な決断です。それに気づいたとき、大迫選手のとてつもない努力と苦労を知りました。
■「ランナーファースト」がナイキ精神
ナイキには、やっぱりこういった努力をするアスリートの声を一番大切にしてきたところがあると思います。「SHOE DOG(シュードッグ)」は、そのあたりの泥臭い話が多くてわくわく読みました。
ニューバランスがスポンサードしているニューヨークシティマラソンでは、受付や買い物などの列を、すべて5分以内でさばくという目標が掲げられていました。これから走ろうとするランナーを待たせちゃいけない、ランナーファーストなら行列を作ってはいけない、と。そのために導線も考え抜いたらしいのですが、責任者の方は「僕、元ナイキだったんですよ」と。
ナイキ卒業生ってみんな凄いんですよ。世界中のスポーツメーカーに元ナイキの人が散らばっていますが、みなさんランナーファーストの精神を受け継いでいるように感じます。そんなナイキだから、ヴェイパーフライ4%が生まれた。
今回の箱根駅伝は、靴に注目してみるとかなり楽しめるかもしれません。区間賞をとったあの選手はどの靴を履いているのか? ユニフォームはこのメーカーだけど、靴はどのメーカーのどの靴なのか? ソールのチョイスで選手の走りの特徴もわかりますし、その選手がこれからどういう風に成長していきたいのかも想像できる。箱根では、とんでもない人が4%速くなっているかもしれません。
泉美 木蘭 :作家・ライター
(東洋経済)
ものすごく興味深い記事です!!
第93回箱根駅伝。4連覇を狙う青山学院大学、出雲駅伝の勝者・東海大学、そして全日本大学駅伝を制した神奈川大学の“3強”による争いが予想されてきたが、実は今年の箱根では「靴」をめぐる知られざる戦いも繰り広げられるという。
「ナイキの新作、ヴェイパーフライ4%は凄いイノベーションです。この靴を戦略的に取り込んだ大学がある。箱根では、とんでもない人が4%速くなっているかもしれませんよ」
『あまりに細かすぎる箱根駅伝ガイド! 2018』(ぴあMOOK)を刊行し、駅伝に関するマニアックな情報を発信するメディア「EKIDEN NEWS」を主宰する西本武司氏は、選手の靴選びに注目している。その驚愕の世界を熱く語ってもらった。
■アスリートはメーカーより「人」につく
――西本さんは、全国各地の駅伝・長距離レースを取材されていますが、なかでも各選手の靴に注目されているそうですね。
アスリートにとって、靴は、そのメーカーのものを履けばおカネがもらえるというようなものではなく、その靴を作る人との関わりが重要になっていることがわかり、面白いなあと思ったんです。
日本には、元アシックスの靴職人、三村仁司さんという方がいらっしゃいます。高橋尚子さんや野口みずきさんなど名だたるアスリートの靴を作り続けていた方ですが、三村さんがアシックスを退職して独立し、アディダスと専属契約した瞬間、アスリートたちもアディダスを履きだしたんですよ。ああ、彼らはメーカーについていたのではなく、人についていたんだなと。
三村さんは、おそらく世界で1番、アスリートたちの足を実際に触り、見続けてきた人だけあって、誰にどんな走りをしてほしいのかという、走りに対する思想や哲学がある。これはいくらおカネを積まれても代えられない。アスリートファーストなんですよね。
日本では、長い距離をペースを落とさずに走り続けるにはどうすればいいのかということが何十年もの課題でした。どうしてもリスクを抱えるのです。
ひとつは長い距離を走ることによって故障する確率が高くなる。もうひとつはスピードの低下です。アスファルトの上を長い距離、トップスピードで走り続けることは不可能ですから、長い距離に対応するためはスピードを犠牲にしたフォームとなってしまいがちなんですね。
そのためトラック競技でスピードを身に着けてから、マラソンに移行するというのが定番スタイルでした。しかし、長らく日本記録は止まったまま、停滞ムードが続いてきてしまった。
トレーニング手法が違う、アメリカに行こう、そもそも日本人の体型の問題だとかいろいろ言われてきて、しまいに「ハングリーさがない」「古き良き時代に戻ろう」なんていう精神論まで語られて。
そんな中で2017年の夏、突然ナイキが「ヴェイパーフライ4%」という靴を発表し、凄いイノベーションを起こしたのです。
■世界の度肝を抜いたナイキの厚底靴
ヴェイパーフライ4%は、ものすごくソールの分厚い靴です。2017年5月、ナイキが、42.195kmを2時間以内に完走するという目標を掲げて「ブレイキング2」というプロジェクトを立ち上げ、その中で発表しました。
結果は「2:00:25」というフルマラソンにおける人類史上最速のタイムが出たのです。チャレンジ当日は、私もそうですが、もう世界中のランナーが夢中になってレースを見ていて、そして度肝を抜かれました。
これまでマラソンシューズは、薄くて軽いのに反発力があるというところがポイントで、技術的にもみんながそこを目指していました。しかし、ナイキが出してきたのは真逆の靴なんです。
「SHOE DOG(シュードッグ)」に創業時の様子が描かれていますが、創業者のフィル・ナイトは陸上選手出身で、利益先行ではなく、常にランナーファーストです。その考えが、いまのナイキにも脈々と続いていて、「薄く軽く」の常識をいったんすべて疑って、新しく作り出してしまうという凄さがある。そこにみんながびっくりしてしまったんですね。
ところが、日本には「分厚い靴は日本人に合わない」「薄ければ薄いほどいい」という定説が根強く、ブレイキング2を経ても、当初はあれは凄いけど、ケニア人や欧米人向けのもので、僕ら日本人が履くもんじゃないよなと。けど、気になるね、くらいの印象だったんです。
ところが、2017年4月のボストンマラソンで3位入賞の快挙を成した大迫傑選手(ナイキ・オレゴン・プロジェクト)が、分厚いシューズを履いていたことが話題になった。「あれはなんだ?」と。
9月、今度は、設楽悠太選手(ホンダ)が、この靴でチェコのハーフマラソンを走り、日本新記録を叩き出しました。さらに1週間後、ベルリンで2時間9分台の自己ベスト。日本新記録を出すほど走って、翌週フルマラソンでまた記録が出る。あれはダメージが残らない凄い靴なんだ、と。
実際に私も履きました。まず「アブナイ!」と思いましたよ。かかとが厚いのでまっすぐ立つと前かがみになり、勝手に走らされるんです。日本人は薄い靴でぺたぺた走るミッドフット走法に馴染みがありますが、この靴で走ってみると、足の前のほうから着地するフォアフット走法になる。必然的に、全速力で足をさばいていくことになるんです。
私は人生でそんな走り方をしたことがありませんから、この靴では3kmまでしか走れないと思いました。全身の筋肉が対応できないんですよ。つまり、この靴でフルマラソンを走るには、いままで培った自分のフォームをすべて捨てて、作り直さなければならない。それには半年から1年はかかるだろう、と。
■ナイキの厚底靴を取り入れた東洋大学の戦略
この靴が箱根駅伝に登場することはないな、と最初は思いました。なぜなら、この靴で箱根駅伝を走るための準備期間が足りないと思ったからです。大迫選手や設楽選手といった日本を代表するトップアスリートだからできることだと。
ところが、2017年10月の出雲駅伝。なんと東洋大学と東海大学の学生がヴェイパーフライ4%を履いていたんです。特に、ナイキのサポートを受けている東洋大学は、下級生を中心にしたメンバーのほぼ全員。
この靴で本番に臨むためには、実際に履いて走って体づくりをしければならない。東洋大学は、明らかに戦略にこの靴を取り入れてトレーニングしてきたわけです。
しかも、下馬評ではあまり良くなかった東洋大学が、突然活躍しはじめた。全日本大学駅伝では、一時は首位に立つほどです。もちろん個々の力も伸びたのでしょうが、この靴とともにトレーニングしてきたことが大きく影響しているのでは……と。
そして、ほかの選手も真似するようになりました。価値観が変わり始めたわけです。箱根駅伝の長距離20kmを59分台で走るために、あの厚底は適した靴なんじゃないのか、と。
――では箱根駅伝でも、多くの選手がヴェイパーフライ4%で出て来る可能性があると?
そうですね。ただ、この靴は両刃の剣でもあります。自分がそれまで積み重ねてきたフォームが崩れますから、誰にでも合うわけじゃない。この靴で試合に出るなと指示した大学もあると聞きました。しかし、選手によっては履いてきますし、1区間20km以上という長距離でも、この靴ならダメージが少ないということがすでに証明されています。
面白いのが、優勝候補と言われている青山学院大学は、ほぼアディダスなんですよね。先ほどの三村仁司さんが考えた走り方の靴なんです。そのために泥臭い練習をずっと積み重ねてきてもいます。
東洋大学は、ヴェイパーフライ4%を取り入れたトレーニングによって、上位食い込みも「あり得るんじゃないかな?」というところまで来ている。ほかの強豪も力を伸ばしてきていますし、今年の箱根駅伝は、どこが勝つかわからないという面白さがありますよ。
これまでは、青山学院大学を止める方法がなかったんです。なにかを誰かが変えないと、止められない。そこに出てきたのがこの靴です。
青学が「青トレ」という体幹トレーニングによって、故障が減り、継続して練習ができることになったおかげで選手が底上げされ、箱根に勝つようになったように、東洋大は、厚底靴に代表される走り方を会得して、故障せずに長く速く走って勝つという方向に向かっているのかもしれない。
日本では、「ブレイキング2」はあまり話題になりませんでしたが、やはり今回は凄い。バスケットシューズにエアが入ったときと同レベルのイノベーションです。ナイキとしては、箱根駅伝が日本で一番PRになる場だと考えていると思いますし、今回を機に日本でもフィーチャーされるかもしれません。
――ヴェイパーフライ4%という名前は、「4%速くなる」という意味が込められているそうですね。
大迫選手は、この靴で4%速くなるかもしれないけれど、風の影響で6%遅くなることもある、と語っていました。そうですよね、道具が走るわけではありませんから。イノベーションが凄くても、それをモノにして、あの靴で42.195kmを走るまでに、彼は凄まじいトレーニングをしてきたと思います。
フルマラソンの終盤では、たいていの選手は疲れて腰が落ち、かかとから着地してぺたぺた走るようになるのですが、福岡国際マラソンでの大迫選手の写真をよく見ると、ラスト400mという場面でも、ヴェイパーフライ4%の特徴を活かしてかかとを浮かせたまま走り、まだ2位を狙っていました。
福岡国際マラソンでヴェイパーフライ4%を履いた選手はたくさんいましたが、そのような走りをしていたのは、大迫選手だけです。それほどまでに靴に左右されないフォームで走り続ける体を仕上げる努力をしてきたということです。
アスリートにとって、走り方を変えるというのは重大な決断です。それに気づいたとき、大迫選手のとてつもない努力と苦労を知りました。
■「ランナーファースト」がナイキ精神
ナイキには、やっぱりこういった努力をするアスリートの声を一番大切にしてきたところがあると思います。「SHOE DOG(シュードッグ)」は、そのあたりの泥臭い話が多くてわくわく読みました。
ニューバランスがスポンサードしているニューヨークシティマラソンでは、受付や買い物などの列を、すべて5分以内でさばくという目標が掲げられていました。これから走ろうとするランナーを待たせちゃいけない、ランナーファーストなら行列を作ってはいけない、と。そのために導線も考え抜いたらしいのですが、責任者の方は「僕、元ナイキだったんですよ」と。
ナイキ卒業生ってみんな凄いんですよ。世界中のスポーツメーカーに元ナイキの人が散らばっていますが、みなさんランナーファーストの精神を受け継いでいるように感じます。そんなナイキだから、ヴェイパーフライ4%が生まれた。
今回の箱根駅伝は、靴に注目してみるとかなり楽しめるかもしれません。区間賞をとったあの選手はどの靴を履いているのか? ユニフォームはこのメーカーだけど、靴はどのメーカーのどの靴なのか? ソールのチョイスで選手の走りの特徴もわかりますし、その選手がこれからどういう風に成長していきたいのかも想像できる。箱根では、とんでもない人が4%速くなっているかもしれません。
泉美 木蘭 :作家・ライター
(東洋経済)
ものすごく興味深い記事です!!
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