管理人代理のポメラニアンの菜々です。
『池上七福神めぐり』を脱線して、ぶら~りした番外編を紹介するね。
池上本門寺

総門
簡素ながら、主柱間5.3メートルを測る壮大な門。
安藤広重の『江戸百景』や『江戸近郊八景』にも描かれているんだ。

うわ~、随分広いお寺なんだね~。

石段(此経難持坂)
総門をくぐると、加藤清正が寄進した96段の石の階段が目の前にあらわれたの。
由来は、『妙法蓮華経』の偈文(げぶん)96字にちなんで付けられたもの。

うわぁ~、という程の石段だよね。
菜々もピョンピョンするぞ~。

頑張って、階段を登りきったよ。
鬼平犯科帳「本門寺暮雪」で、〔凄い奴〕と鬼平こと長谷川平蔵が
死闘を演じるのは、この階段だよね。

仁王門
仁王門は、戦災で焼失したけど1977年に再建、仁王尊も1979年に新造されたもの。

池上本門寺は、日蓮宗の大本山で、山号は長栄山、院号は大国院、
全国に旧末寺約200ヶ寺を持つ関東では有数の大刹だそうで~す。

長榮大威徳天

こちらの中に、大黒天さんがたくさんいたわ。

結構、たくさんのワンちゃんもお参り
していたの。

鐘楼堂
NHKのゆく年来る年でも、除夜の鐘の中継がされているよね。
大晦日は先着で除夜の鐘をつくことができるんだって。
最初の8回は僧侶が、あとの100回は6人が一組となってつくの。
(先着600名限定、23時から整理券配布)

日蓮大聖人説法像

本物のほうきを持っていたの。

五重塔
関東の塔では最古の五重塔で、国の重要文化財。
初層のみが元禄十五年(1702年)の改変で和様とされ、二層以上を
禅宗様とする(二層から五層まで扇垂木を用いる)。

力道山
昭和20~30年代にプロレスラーとして大活躍した、国民的ヒーローの
力道山の墓所がこちらにあるんだそうです。

大堂
江戸期、池上の大堂、上野・寛永寺の中堂、芝・増上寺は小堂と呼ばれた大堂。
当時の大堂は間口25間の堂々たる大建築であったというが、1710年に焼失。
1723年に八代将軍徳川吉宗の用材寄進で再建された大堂は、倹約令の最中で
あったため間口13間に縮小され再建されたが、こちらも戦災で焼失。
現在のものは、1964年に再建されたもの。

ここで、お清めをするのね。


菜々も、お参り
したよ。

経堂
18世紀の後半、天明年間に再建されたと伝えられ、経堂としては
比較的大きなもの。
幸いに五重の塔と共に、戦禍を免れて今に至っているんだ。

奉安塔

『池上本門寺』は、とっても広かったわ。
まだまだ、紹介していない所もあるんですぅ。
おっと、『池上七福神めぐり』を再開しなくっちゃ。

『池上七福神めぐり』を脱線して、ぶら~りした番外編を紹介するね。






簡素ながら、主柱間5.3メートルを測る壮大な門。
安藤広重の『江戸百景』や『江戸近郊八景』にも描かれているんだ。

うわ~、随分広いお寺なんだね~。




総門をくぐると、加藤清正が寄進した96段の石の階段が目の前にあらわれたの。
由来は、『妙法蓮華経』の偈文(げぶん)96字にちなんで付けられたもの。

うわぁ~、という程の石段だよね。

菜々もピョンピョンするぞ~。

頑張って、階段を登りきったよ。

鬼平犯科帳「本門寺暮雪」で、〔凄い奴〕と鬼平こと長谷川平蔵が
死闘を演じるのは、この階段だよね。



仁王門は、戦災で焼失したけど1977年に再建、仁王尊も1979年に新造されたもの。

池上本門寺は、日蓮宗の大本山で、山号は長栄山、院号は大国院、
全国に旧末寺約200ヶ寺を持つ関東では有数の大刹だそうで~す。




こちらの中に、大黒天さんがたくさんいたわ。


結構、たくさんのワンちゃんもお参り




NHKのゆく年来る年でも、除夜の鐘の中継がされているよね。
大晦日は先着で除夜の鐘をつくことができるんだって。
最初の8回は僧侶が、あとの100回は6人が一組となってつくの。
(先着600名限定、23時から整理券配布)




本物のほうきを持っていたの。




関東の塔では最古の五重塔で、国の重要文化財。
初層のみが元禄十五年(1702年)の改変で和様とされ、二層以上を
禅宗様とする(二層から五層まで扇垂木を用いる)。



昭和20~30年代にプロレスラーとして大活躍した、国民的ヒーローの
力道山の墓所がこちらにあるんだそうです。



江戸期、池上の大堂、上野・寛永寺の中堂、芝・増上寺は小堂と呼ばれた大堂。
当時の大堂は間口25間の堂々たる大建築であったというが、1710年に焼失。
1723年に八代将軍徳川吉宗の用材寄進で再建された大堂は、倹約令の最中で
あったため間口13間に縮小され再建されたが、こちらも戦災で焼失。
現在のものは、1964年に再建されたもの。

ここで、お清めをするのね。



菜々も、お参り




18世紀の後半、天明年間に再建されたと伝えられ、経堂としては
比較的大きなもの。
幸いに五重の塔と共に、戦禍を免れて今に至っているんだ。




『池上本門寺』は、とっても広かったわ。

まだまだ、紹介していない所もあるんですぅ。

おっと、『池上七福神めぐり』を再開しなくっちゃ。
