barayuka雑記

時々立ち寄る場所

しあわせ

2018-09-14 23:41:37 | 日記
空には星が見えるし、見えなくても見えるし、理解されなくても、ひとりぼっちでも、馬鹿にされても、私は何かを学べて、さいわいなことにそれを話せる人くらいはいて、しあわせだと思う。

明日もずっとそうかはわからないし、またひとりになったり、暗闇に紛れたし、冷たい視線に寂しくなったり、そんな日もくるんだろう。

過去に出会った尊敬できる人、深く関わることもできなくても、覚えている人、そんな人と、またいつか会えたらいいな
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無題

2018-09-13 16:18:25 | 日記
去りなさい、過去の世界から

お前がいる世界はたった今更新された

お前は罵られ、馬鹿にされ、言い分は認められず、それでもこうして生きている

他者に顧みられることのない小さな存在でも、誰もお前を殺すことはできない

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病院が許せない

2018-09-13 14:32:45 | 日記
気がつくと、許せない気持ちに戻ってくる。

真面目に生きて、真面目に治療も受けて、それでも医者にとって、わからないことを確認したりめんどくさい患者だったかもしれないけど、そういう人間を排除して、ずるをしてる患者ばかり得をするのか。

社会に戻れるためのあるべき方法がとれない、システムを信用できない。なんで真面目にやってきたのに、こんな目に合わないといけないんだ。

許せない。病院が。
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ラジオの悲しみ

2018-09-08 09:46:39 | 日記
とある人が、ブログでラジオを勧めていた。その人はラジオをきいているそうだ。でも、逃げたい時に、ラジオを勧めるとのことで、ユーモア持たせつつ真剣な言葉に思えたからラジオをきいてみることにした。

何をきいていいかわからないのでいくつかチャンネルを変え、その人のブログからNHK FMをきいてることを掴み直して、チャンネルを合わせて、しばらく付けっ放しにしていた。

夜が眠れていなくて、やたら一定のテンションで話し続けるラジオは、一定の明るさとともにそこにあって、中身はきかずぼんやりきいてそのまま目を閉じていた。

でも、その明るさとバッサリ切り離された、どうしようもない悲しさみたいなのが浮き上がってきた。

私のチャンネルは悲しみにしか反応しないのかもしれない。

別世界のような、一定の明るさが、とってつけたように不自然だった。それでも悪くはないと思った。騒がしさに騙されて、眠れるかもしれない。

ラジオを消したとき、訪れたのは閉じ込められたたったひとりの世界。守られてるけどどこにもいけない世界。悲しかった。
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嘘とひねくれ

2018-08-15 11:42:05 | 日記

私がこんな風にひねくれてしまって何年になるだろう。昔は多分、誰より素直というか、自分の心が歪んだり濁ったりしないように細心の注意を払って長いこと生きていた。耐えられなくなって、爆発して、でも爆発すればするほど自分自身を傷つけて、これは私じゃない、認めたくない、と自分自身と戦ってボロボロになっていく。

お盆のこの時期にこういうことを強く感じるのはやはり姉や従姉妹達が帰ってきて家に来ることになるからだ。以前、姉だけならまだしも、従姉妹の前でまできれてしまった。そのときはそれしかできなかった。でもそれに対する従姉妹やおばちゃんたちの反応は冷たくて、自分自身が傷つくだけの結果になった。ただ姉だけが、私の手を引いて買い物に連れ出した。そもそもは姉との確執で、姉がすぐ被害者ぶって外に味方を求めて、私のことは雑に扱ったり、冷たくしたりするところがあって、私はそのことも含めて表に出したかった。でも結局私が悪者になった。そんなときでもやっぱり姉はいいとこどりするんだなとも思ったけど、救われたのも事実だった。

姉にも両親にも親戚にも責められて、自分はますます居場所がないと思った。私が求められていることは出ていくことだと思った。キレた自分を責めたし、取り返しがつかないと思ったし、私さえそんなことをしなければと思ったし、私さえいなくなればと思った。でも経済力もなかったし、このさき天涯孤独で生きていく勇気はなかった。

私がデイケアにいたりカウンセリングを受けてるとき、ちょうどそういう問題にも向き合っているときだった。カウンセリングでは話しかけたけど、自分自身が自分が早くいなくならないといけないという結論しか出せなくて、解決したり、自分を見つめたりする方向にいたることはなかった。そのうちにデイケアにいるのにもつらくなることがあり、外来の診察でももう見られない、といって追い出されることになった。

私自身がずっと取り組んでいたこと、大切にしていたことが、反対になって自分がそこにはまることになった。問題が反発をしてきたのかもしれない。誰かを排除したり、誰かのせいにしなくても、存在を認められると思っていた。自分自身が排除されるとは思っていなかった。だからショックが大きかった。

姉は私に黙って、従姉妹と毎年川遊びをしにいっている。仕方ない。どちらも子供がいるから、そういう集まりなんだと思っても、どこか隠されてたり気を遣われたりしてしまうあたりで自分は傷ついてしまう。母が言いにくそうなのを通り越して、あえてその気持ちをかくして明るく言ってくるから、回りくどく本当のことを言われないことに傷ついてしまう。普通に、カラッと言ってくれるなら傷ついたりしないのに。気を遣われたりしなければ、被害者意識に陥ったりしないのに。嘘が嫌いだ。本当のことをいってもらえないことが嫌いだ。

今年もまた、そのために、私に気を遣って、御詠歌にこないで済むように、姉は実家への里帰りの日付をずらして昼に御詠歌をあげにきた。はじめ自分はそのことに気づかなかったけど、そういうことなのだ、と後から思った。

自分がひねくれてるのもわかってる。でも、私は本当に、自分のために、自分が傷つかなくても済むような居場所を探さないといけない。

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