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トーキング・マイノリティ

読書、歴史、映画の話を主に書き綴る電子随想

イスラム世界はなぜ没落したか? その三

2015-10-05 21:10:08 | 読書/中東史
その一、その二の続き 最盛期のイスラム世界では、イスラム以前の異教の夥しい古典がアラビア語に翻訳されたが、全てを正確に訳したのではなかった。中世の翻訳活動においての選択基準は役に立つかどうかであり、役立つと判断したものを訳していた。つまり第一に医学、天文学、化学、物理学、数学を翻訳し、さらに当時は有用だと考えられていた哲学も訳した。 だが、どんな種類であれ文学は翻訳されなかった。中世のイスラム世界 . . . 本文を読む

イスラム世界はなぜ没落したか? その二

2015-10-04 20:39:56 | 読書/中東史
その一の続き オスマン帝国における印刷術導入についての事情は興味深い。トルコでは印刷術は既に15世紀から知られており、グーテンベルグの仕事はトルコの編年史に記録されていた。そして印刷機がスルタンの許可を受け、早い時期からオスマン帝国領内に導入される。 だが、印刷機を使用したのは非ムスリムのマイノリティ集団に過ぎず、始めはユダヤ教徒、後にギリシア人とアルメニア人が続いた。彼らは自分たちの言語と文字で . . . 本文を読む

イスラム世界はなぜ没落したか? その一

2015-10-03 20:39:11 | 読書/中東史
『イスラム世界はなぜ没落したか?』(バーナード・ルイス著、日本評論社)を、先日面白く拝読した。原題は「What Went Wrong? : Western Impact and Middle Eastern Response」、“没落”の言葉は入っていない。本の裏表紙のコピーにはこうあった。―軍事・経済・科学・芸術――かつてイスラムは世界の中心だった。キリスト教ヨーロッパな . . . 本文を読む

ペルシア細密画の世界 その三

2014-11-19 21:50:02 | 読書/中東史
その一、その二の続き イスラムは飲酒を固く禁じる世界宗教として知られている。だが、これも禁酒の原則とは反対に現代でも少なからぬムスリムが密かに飲酒しているのは知られており、ペルシア細密画には宴会などで公然と飲酒する様が幾つも描かれている。細密画の流派や時代を問わず、盃を手にして飲酒する人物がバンバン描かれ、人々が会合するシーンには大抵酒瓶が何本も並べられているのだ。 その酒瓶自体も結構大きく750 . . . 本文を読む

ペルシア細密画の世界 その二

2014-11-18 21:40:20 | 読書/中東史
その一の続き ペルシア細密画のテーマは主に4部門あり、①イランの古典文学、②アラブの古典文学、③イラン世界の歴史書、④イスラムの科学文化などが対象になっている。中東の古典文学は日本では殆ど読まれず、文化背景も知られていないため、どれほど素晴らしい細密画を鑑賞しても、何を描いているか分らない…というケースも多い。 だが、絵画に描かれたテーマが分からないというならば、西洋絵画も同じだろう . . . 本文を読む

ペルシア細密画の世界 その一

2014-11-17 21:10:07 | 読書/中東史
 先日、『ペルシャ細密画の世界を歩く』(湯原昌明 著、幻冬舎ルネッサンス新書あ-4)を読了した。本の腰帯には「1000年の歴史、宗教、文化……ペルシャ(現イラン)のすべてがわかる!日本初公開の作品72点!」のコピーがあり、以下の説明は裏表紙にあったもの。―サーサーン朝ペルシャの美術を継承し、9世紀にギリシャの科学文献の挿絵として始まったペルシャ細密画。13世紀にはモンゴ . . . 本文を読む

カリーラとディムナ その④

2014-05-25 20:40:09 | 読書/中東史
その①、その②、その③の続き 「貧すれば鈍する」という諺があるが、第3章「数珠かけ鳩」にはねずみがそれと同じことを説いている。8世紀半ばに書かれた格言でも21世紀に通じる話なので、一部引用したい。―貧困ほど、恐ろしいものはありません…貧困は全ての不幸の母です。それは他人の嫌悪を招き、知性と品位を奪い、知識と教養を抹殺し、他人に疑いを抱かせ、不幸の上に不幸を重ねます。人は窮乏すれば、羞 . . . 本文を読む

カリーラとディムナ その③

2014-05-24 21:10:33 | 読書/中東史
その①、その②の続き この本の第1章「ライオンと牛」、第2章「ディムナ事件の取り調べ」はカリーラとディムナが登場する物語で、本題もここから来ている。この寓話は嘘をものともしない不実な人間が2人の友人の仲を裂き、その友情を敵意と憎悪に変えてしまう教訓として語られる。この章は全編の白眉として評価されている。 密林に君臨するライオンの王がいて、ライオンはそこに住む狼や山犬、その他の猛獣を臣下として従えて . . . 本文を読む

カリーラとディムナ その②

2014-05-23 21:46:21 | 読書/中東史
その①の続き 第5章「猿と亀」は私が昔見た日本の民話「猿の生肝」とよく似ており、これも驚いた。民話では「くらげ骨なし」という題だったが、wikiにはこの話は「世界に広く分布した寓話性童話の一つ」とある。日本版だと亀ではなくクラゲが登場、竜王の妻の病を治すため、猿の生肝を求めるストーリーは同じなのだ。ムカッファの物語では猿と仲良くなった亀が、妻の病を治す妙薬として猿の心臓を求める話となっている。亀と . . . 本文を読む

カリーラとディムナ その①

2014-05-22 21:10:41 | 読書/中東史
『カリーラとディムナ』(イブン・アル・ムカッファ著、東洋文庫331)を先日読んだ。本の副題には「アラビアの寓話」とあり、8世紀中頃にアラビア語で書かれた古典である。だが、著者はアラブ人ではなくペルシア人ムスリム、しかも改宗者なのだ。さらにこの物語はムカッファの独創ではなく、インド寓話『パンチャタントラ』を翻案して制作されている。明晰かつ流麗なアラビア語散文の文体は今もイミニターブル(模倣しがたい) . . . 本文を読む