「プリンシパルチェリストは、後ろを振り返って物を言うとき、決して誰か一人のチェリストと目を合わせてはいけない。それは”おれのチェロに文句があるのか”などと、いざこざの元になる。一番いいのは、後ろの壁の角を見ながら喋ることだよ。そうすれば顔つきも上品に見えるし、誰とも喧嘩しないですむ。こんな風にね」
と言って、朗善先生は、後方を上品に振り返りながら「ダウンボウ、プリーズ」とお手本をやって見せた。
カリフォルニアっ子。
「早く着きすぎたんで、そこの公園にしばらく座ってたよ。北風が吹いてた。手袋が恋しくなったよ。まだ九月というのにね。信じられないほど夏が短いねここは」
と、言って朗善先生は弦子にバッハの無伴奏二番プレリュードを弾くように言った。弦子は以前よりこの曲が数段うまくなってた。テクニックじゃない。孤独、苦しみ、悲しみなどを経験して初めて弾ける曲だと思う。ずっと前に先生は、「寒い岩の上に座っている老人のイメージ。だが彼は孤独を受け入れている」といってこれを演奏された。弦子の演奏はそれに近く、今回の先生の演奏はまさに、一度に行ってしまう夏秋を惜しんでる寒がりの老人のように聞こえた。
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