つなぎの英語 ~NY NY 10016~

旅するように生活したニューヨーク。このまちで使い慣れた英語表現を紹介しながら、「NY的なるもの」への熱い想いを綴ります。

ニューヨーク・スタイル「つなぎの英語」NO. 14

2005-02-13 18:59:50 | ニューヨーク
 日常生活でなかなか英語を口にする機会はありませんね。でも、焦ることはないと思います。この講座に出てくる表現は、なにかのときにふと思い出す……たとえば映画を見ていてとか、町なかで英語を耳にしたとき、あるいは生活のシーンでふと……それだけでもいいと思っています。のんびり行きましょう。

●I'm off today.

 I am off today.「きょうは休みだよ」。off は、離れている状態、off duty (仕事などの)義務から免れている、つまりお休み。"off" のついでですが、ニューヨークの地下鉄ホームに "Off-time Waiting Area" という表示のある場所があります。これは深夜早朝など人気の少ない時間帯に電車(24時間運転)を待つ場所で、ひときわ明るい照明が施されています。ニューヨークが安全になったとはいえ、off-time(閑散時間帯)の地下鉄利用はやはり避けるべきです。そうした一人一人の注意があってこその安全なんですね。

●I'll be out.

 I'll be out at that time.「その時間はいないよ」。ン時ごろ寄ってみるよと言われて、出かけてていないよ、というわけ。I'll not be in. も同じで、out と in で「外に出る」「中にいない」と使えます。なお、流行に遅れている人やモノのことを out とレッテルを張りますね。逆はもちろん in です。

●I'll go for ...

 レストランでの注文、ふつうはたとえば I'll have a Roast Beef. とオーダーしますが、たまには I'll go for a Roast Beef.「私、ローストビーフがいい」と表現を変えてみてはいかが? go for ... は「……に賛成、味方する」。ヤンキース対メッツ、I'll go for Mets. なら「メッツを応援しちゃう」になります。

●Keep in touch./Take care.

 Take care! We'll keep in touch.「元気でね!ときどき連絡して」。keep in touch は、接触を保つということで、ビジネスで知り合った者同士だと「今後ともよろしく」という感じになります。単に Keep in touch! でもいい。別れぎわの「またね!」です。なお、Take care!(正確には Take care of yourself.) もよく聞く別れぎわの挨拶で、親しい友だちなどに「じゃあね」といった感じで使います。

●Just leave it./Leave me alone.

 荷物を置いたままちょっと席をはずしたい、「これ、ここに置いといていい?」と聞こう。ん? Can I place my baggage here? かな、Can I put my baggage here? じゃ変だな……様子を察した相手、Just leave it.「置いときなさい」。“置く”にこだわってしまったんですね…… leave にはそのままの状態にしておくという意味もあります。Leave me alone.「ほっといて」「一人にして」はよく聞きますね。

 ところでニューヨークに限らず海外では、決して荷物やかばんをほうっておけません。一瞬のスキを狙う置き引きがいるからです。ニューヨークの公衆電話 public phone で、地べたに立てて置いたアタッシュケースに片足をかけて電話するビジネスマンをよく見かけます。カッコつけてるぅ~と思っていたら、実はこれ、置き引き・窃盗予防でした! 私も街頭でかばんを道に置くときは必ず、両足で挟む癖がつきました。

●Give me a break.

 Give me a break.「ちょっと休憩させて」ですが、これから転じて「ちょっと待ってよ~」と、相手の一方的な要求や言い分に“待った”をかけるときにも使います。Oh no, give me a break. It is now my say.「ちょっと待ってよ~、あたしにも言わせてよ」というわけ。say はこの場合「言い分」です。



●ニューヨークの日系コミュニティ NOW & THEN その13

 日米講和でやっと戦後日本の再スタートとなりました。今回はその後の約20年間、沖縄返還までの日米(&ニューヨーク)関係をみてみましょう。

1952
ウォルター・マッカラン移民法成立、日系一世の帰化権認められる。日本、IMF、世界銀行に加盟
昭27。羽田空港、連合軍から返還
NY、日本国総領事館開設。ジャパン・ソサエティ会長にJ・D・ロックフェラー3世就任

1953
昭28。日米友好通商航海条約調印。日本航空株式会社法で日本航空を特殊法人として設立
NY商業会議所再興

1954
昭29。日本航空、初の国際線1番機がサンフランシスコに飛ぶ。マリリン・モンロー来日。第5福竜丸、米水爆実験により被災

1955
昭30。米、対日関税引き下げ実施。日本、ガットに加盟。ソニー、世界初のトランジスター・ラジオ開発
左右社会党の統一、自由民主党結成で「55年体制」がスタート

1956
昭31。日本の国連加盟全会一致で承認。経済白書「もはや戦後ではない」。対米繊維輸出自主規制

1957
昭32。日本、国連安保理事会非常任理事国に当選。対米綿製品輸出の自主規制措置発表
NY日本クラブ、再興

1958
昭33。トヨタ、日産が対米輸出開始。岩戸景気始まる
NY、高島屋創業

1959
昭34。日本、貿易の自由化開始。日本航空ロサンゼルス線開設
NY、パナソニック、ミノルタなど進出

1960
昭35。岸首相、日米新安保条約、地位協定に調印。資本取引の自由化進む。池田内閣、国民所得倍増計画を決定。皇太子夫妻、アイゼンハワー大統領の招きで渡米。J. F. ケネディ、大統領当選

1962
米、初の人間衛星船打上げに成功。日米相互関税引き下げ協定調印。堀江謙一、ヨットで太平洋横断。キューバ危機

1963
日米間初のテレビ宇宙中継に成功、その放送でケネディ暗殺ニュースを受信。ジョンソン副大統領、大統領に昇格
NY、リンカーンセンター着工

1964
米、人種差別に対する公民権法成立。トンキン湾事件で米機、北ベトナム基地爆撃。ジョンソン大統領当選
昭39。日本、IMF八条国へ移行、OECD(経済協力開発機構)に正式加盟し、解放経済体制へ。海外観光渡航を自由化(年1回500ドル以内の制限付き)。日本交通公社(JTB)、斡旋業務委託取り扱い開始、米国進出。日本航空、NY線開設。日米間太平洋横断海底電話線開通。東海道新幹線開業。東京で第18回オリンピック大会開催。流行語「ウルトラC」

1965
米、ベトナム「北爆」本格化。新移民法(移民規制緩和)成立。公民権法成立。
中国で文化革命始まる
昭40。日本航空、パッケージツアー「ジャルパック」発表。ミニスカート登場

1966
昭和41。日本、海外渡航外貨枠年間500ドルを1回500ドルに、年1回の制限を撤廃。太平洋線にGIT運賃設定。日本航空NY乗り入れ第1便が羽田を出発。総人口1億突破。NHKテレビドラマ「おはなはん」大評判

1967
米、大都市で黒人暴動頻発。
昭42。日本、第一次資本自由化。日本航空、世界一周線開設(72年まで)。

1968
米でキング牧師、ロバート・ケネディ暗殺。ベトナム北爆全面停止。ニクソン、大統領に当選
昭43。JTB、日通が「ルック」発表。川端康成、ノーベル文学賞受賞。府中で3億円強盗。成田闘争、学園紛争発生

1969
ニクソン大統領就任。アポロ11号、初の月面着陸。対米鉄鋼輸出自主規制

1970
昭45。日米繊維交渉。米、日本製品をダンピングの疑いで規制強化。ソニー、日本企業初のNY証券取引所に株式上場。
大阪万国博覧会開催。赤軍、日航よど号ハイジャック。パンナムのジャンボ機、羽田に初飛来。日本航空、ジャンボ機を導入、大量輸送時代の到来。日本人海外旅行者数64万人。三島由紀夫割腹自殺

1971
昭46。沖縄返還協定調印。ニクソン・ショック、金・ドル交換停止。日本政府、円の変動相場制を発表。日米繊維交渉、繊維業界の一方的自主規制宣言
ワシントン10カ国蔵相会議で1ドル=308円と決定



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