MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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♯149 ジャクソン・ポロック

2014年04月12日 | アート・文化


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 あまりの見事さに思わずカメラを向けた「満開」の桜の木。パソコンのディスプレイに拡大してみると、どうもどこかで見たような雰囲気が…。

 写真の下の絵は、戦後のアメリカを代表する抽象画家ジャクソン・ポロックの代表作と言われる「インディアンレッド地の壁画」(1950)です。現在はイランの「テヘラン美術館」に収蔵されており、クリスティーズで200億円という評価額を付けられた世界で最も高額な絵画のうちの一枚と言われています。

 何年か前、国立近代美術館でポロック展が開催された際に話題になり、どうしても見てみたくなって出かけましたが、1時間ほども並び目の当たりにした実物は確かにものすごい存在感で、その迫力にしばし圧倒された記憶がよみがえってきました。

 さて、この二つ。並べてみて「さあ、どうだ?」と問われると、目を細めて見て「そう言われれば何となく…」という程度の感じではありますが、先端に向けて分かれていく枝の広がりやむくむくと増殖するような花房の「たわわ感」が、両者をつなぐ生命の躍動感というのでしょうか、共通したパワーを感じる所以だと思います。

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年、アメリカのワイオミング州に生まれたジャクソン・ポロックは、その後ロサンゼルス、ニューヨークでアートを学んだと記録にあります。メキシコ壁画運動の影響を受けながら壁画を中心に比較的大型の様々な作品に取り組んだ後、第2次大戦後はインディアンの砂絵の技法をもとにキャンバスを地面において筆をふるう「オールオーバー」と呼ばれる独自の方法を生み出し、アクションペインティングの中心的な作家としてその地位を確かのものにしたとされています。

 その後、長期にわたるアルコール依存症に悩まされながらも、幾たびかのスランプを繰り返しつつニューヨークのイーストハンプトンの山荘(アトリエ)で創作活動を続けていたポロックですが、1956年に自動車事故を起こし、愛人らとともに44歳の若さでその命を閉じることになりました。

 さて、ポロックの作風は、「ただ描くために描く」という、近代絵画の作品至上主義とは異なるアクションそのものの持続により生み出された結果として成立するアートとして知られており、作品の画面からは具体的なイメージが一切消え失せていることが特徴です。

 ポロックの制作風景は映像により克明に残されており、床においたカンバスに筆や棒の先など絵具やラッカーを滴らせ、あるいは振り撒き、そうした躍動感あふれる瞬間の飛沫によって空間を動きのある線や点で埋めていくという手法を堪能することができます。

 このような形で瞬間を二次元におきかえるダイナミックな手法から生み出された開放的な作品は、それまでの近代絵画が表現できなかったエネルギッシュな空間をキャンバス中に閉じ込めることに成功し、大戦後のアメリカンアートシーンの自由な気風に共鳴する形で全世界の人々から高い評価を受けるに至りました。

 そんなポロックの作品には「意外な秘密」が隠されているという指摘が、これまでも様々な批評家からなされてきています。その代表的なものが、作品中に広がる一見デタラメな線や色彩の中に、実は自然界に見られるのと同じ秩序である「フラクタル」というパターンが広範に潜んでいるというものです。

 植物の根や樹木の枝ぶり、雲の成長、地面のひび割れ、山なみの形成など、自然の中に存在する一見すると不規則に見え、それでも総体的に見ると一定の秩序を保った図形は「フラクタル」と呼ばれています。このフラクタルという理念(理論)が一般に知られるようになったのは1970年代のことだとされているので、批評家の指摘が事実であれば、ポロックはフラクタルが発見される25年も以前から直観的なフラクタルを(勿論ポロックにとっては無自覚に)出現させていたことになります。

 さて、日本の春を彩る満開の桜の枝ぶりとニューヨークで描かれた200億円の抽象画と。自然の摂理がもたらす一瞬のきらめきを切り取った画像として見れば、さほど違ったものではないのかもしれません。

 心理学的な実験の結果、フラクタルには見る人の心を癒す力があることが分かっているのだそうです。今となっては、ポロックが何を考えて創作活動を行っていたのかは知る由もありませんが、鑑賞者の心持ちを揺さぶりながら、そのイマジネーションをどんどんと拡大していく可能性を秘めている優れた抽象画の存在を改めて確認したところです。




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