MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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#2439 搾取する世代と搾取される世代

2023年07月12日 | 社会・経済

 岸田政権の主要政策のひとつである「異次元の少子化対策」の議論が、いよいよ佳境を迎えています。政府は今後その具体策を盛り込んだ「こども未来戦略方針」を取りまとめるとしており、岸田首相自身がこれにあわせて記者会見を行う方向で調整されているということです。

 今回の対策で最大の目玉となるのは子育て世代への経済的支援で、児童手当の拡充や医療費、教育費、住居費などに約1.5兆円の支援策を盛り込むほか、幼児養育や保育の拡充に0.8~0.9兆円、その他育児給付に0.7兆円など、総額で3.5兆円規模の支援策を盛り込むとされています。

 その内容については「既存の事業の積み増し」「これで異次元と言えるのか」といった批判はあるものの、現在最も議論を呼んでいるのはその財源をどこに求めるのかといった部分です。

 政府の説明では、消費税などによる国民負担の増大は求めないとしたうえで、まずは「徹底した歳出改革」や「こども特例公債」の発行などにより賄うとのこと。さらに、最も当てにされているのが(年金や健康保険、雇用保険の財源として徴収されている)社会保険料で、医療保険改革などによりおよそ1兆円をここから確保しようということです。

 噂される解散総選挙を前に徹底して増税を回避する形となった財源問題は、果たして国民の支持を得ることができるのか。そして肝心の少子化対策は、「異次元」の効果を得ることができるのか。

 そんな折、5月13日の金融情報専門誌『日経ヴェリタス』のコラム「世界は損得勘定」に、作家の橘玲(たちばな・あきら)氏が「搾り取られる子育て世代」と題する一文を寄せていたので、参考までにその概要を残しておきたいと思います。

 様々な調査において、若者は結婚して子どもを持ちたいと思っていることがわかっている。ではなぜそれが実現できないかというと、その大きな理由は「経済的な不安」だと橘氏はこのコラムに綴っています。

 日本の賃金はバブル崩壊後の30年間、ほとんど上がっていない。そればかりか、実質可処分所得は逆に下がっている。どんどん貧乏になっているのなら、若い世代が子どもを産み育てる決心がつかないのも当然だというのが氏の指摘するところです。

 (そう考えれば)少子化対策の要諦は安心して子育てができる環境をつくることになるが、1人月額1万数千円もらえるからといって、(本当に)2人も3人も子どもを産もうと思うだろうか。大事なのは国がお金を配ることではなく、毎月の手取り給与が増えていくことだと氏は言います。

 もとよりそこには経済成長と賃上げが必要になるが、「インフレになれば日本経済は復活する」という楽観論が破綻して以降、具体的な成長戦略は描けていない。もしもパイが当分大きくならないとすれば、(そこでは)そのパイをどのように切り分けて少子化対策の費用を捻出するかが政治問題になるということです。

 真っ先に思い浮かぶのは消費税増税だが、これは政治的にハードルが高い。国債を発行すれば、ただでさえ先進国で最悪の財政赤字がさらに悪化してしまう。そこで、年金や医療・介護などの社会保険料を引き上げて、それを少子化対策の財源にする案が浮上していると氏はしています。

 だがちょっと考えれば、これでは逆に少子化を加速させるだけだとわかる。それは、社会保険料を納めているのは、子どもを産み育てる現役世代だから。自分たちの子育てコストを自分たちが拠出するというのは、タコが自分の足を食べていくようなもの。そこに未来を描けという方がまさに「無理筋」だということでしょう。

 実際、実質賃金が減っている原因は、名目賃金が下がっているからではなく、毎月の給与から天引きされる額が増えているから。税金とちがって社会保険料は、国会での議論なしに厚労省の一存で決めることができるため、高齢者が増えて財源が足りなくなると、保険料率を引き上げて帳尻を合わせてきた現実があると氏は話しています。

 結果、社会保障の受益と負担を世代ごとに計算する世代会計では、現役世代が大幅な赤字で、高齢者は大幅な黒字になっている。だとすれば、黒字の高齢者から赤字の現役世代に仕送りをすべきだが、現実に起きているのは、赤字の現役世代からさらに絞る取ることだということです。

 「高齢者は集団自決すべきだ」という若手経済学者の発言が批判されたが、若者からは支持されている。その背景には、現在の若者が「高齢者に押しつぶされてしまう」という強い不安を抱えていることがあり、この国の政治がやっていることを見ればこれは杞憂とはいえないというのが氏の見解です。

 「異次元の少子化対策」というのなら、高齢者の間の再分配で年金や医療・介護の費用を賄い、現役世代の負担を減らして可処分所得を増やす必要がある。しかしこのような政策を掲げても選挙に当選できないので、「子育て支援」の口約束の陰で、現役世代を経済的に虐待する政治がいつまでも続いていくと、橘氏はこのコラムを結んでいます。

 「幼長の序」は孟子の古来の倣いとはいえ、「年少者が年長者を敬う」ことと「年長者が年少者を慈しむ」ことは常に対(つい)の教えであったはず。次世代のために身を切ることに政治家として躊躇を見せるのは、同じ世代の(私の目にも)かなりカッコ悪いことのように映るのですが、果たしていかがでしょうか。



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