7月21日に参議院議員選挙の投開票を控え与野党の主張の間に大きな争点が見いだせない中、この選挙では7年目に入った安倍政権の中心的な経済政策である「アベノミクス」の成果が大きく問われることになるでしょう。
第2次安倍政権が発足した2012年の年末以降、アベノミクスは円安や株高を通じ企業収益を改善させるなど、一定の成果を挙げてきたことは間違いありません。
しかし、その原動力となった黒田総裁率いる日銀の「異次元緩和」も、その出口を見つけられないままに副作用ばがりが目に付くようになるなど、行き詰まり感が強くなりつつあるのも事実です。
政府は6月に公表された「経済財政運営と改革の基本方針2019」、いゆゆる「骨太の方針」において政権発足時の経済の混乱やデフレの深刻化、社会の閉塞感などに触れ、アベノミクスによって「こうした局面を打開することに成功した」と自画自賛しています。
確かにデーターで見ても、この6年余りで日本の名目GDPは約1割程度拡大し、企業収益は過去最高水準を記録し失業率も2%台前半の水準にまで低下しています。
しかしその一方で、超低金利の環境が長引くことで預金と貸出金の金利差で稼ぐ金融機関の多くは収益力不足にあえぎ、特に人口減少に悩む地方のリテールを基盤とする地域金融機関ではその7割が減益となるなど経営悪化を招いているのが現状です。
小学生であれば、入学から卒業までの期間に相当する6年間という月日を過ぎ、立往生を余儀なくされているアベノミクスをどう評価したらよいのか。
元日本銀行金融研究所長で法政大学客員教授の翁邦雄氏が6月27日の日経新聞のコラム「経済教室」に「課題達成、政治的成功と落差」 と題する論考を寄せ、アベノミクスの7年間を振り返りその成果と課題を論じています。
①大胆な金融政策、②機動的な財政政策、③成長戦略の「3本の矢」から始まったアベノミクスのファーストステージですが、その一方で内外に最も大きな衝撃を与えたのは、2012年の第2次安倍内閣発足直前の選挙戦で野党・自民党総裁として打ち出した「円安誘導」ではなかったかと翁氏はこの論考に記しています。
これにより円は急落し、同年11月後半には海外を含め多くのメディアが、日銀を攻撃する安倍氏が円安誘導策の実施を約束したと報じた。アベノミクスのプロローグは、先進国としては異例の「明示的な自国通貨安誘導と中央銀行への強い政治的圧力」だったということです。
政権発足前の大胆な円安誘導発言が円高トレンド反転のタイミングとうまく符合して大幅な円安・株高をもたらし、アベノミクスへの期待を政財界に与えたと氏は説明しています。
そこで射られたファーストステージの第1の矢は、「異次元の金融緩和」というものでした。安倍首相は日銀に2%の物価目標の早期達成を強く求め、御存じのように翌年4月に起用された黒田東彦日銀総裁は、(言いつけを守って)大規模な金融緩和にまい進し続けました。
しかし、それから6年以上の歳月が経過しても消費者物価(生鮮食品を除いた総合)のインフレ率は1%に達せず、目標達成時期は見通せていないのは皆が知るところです。
そうした中、麻生太郎副総理兼財務相は今年3月の記者会見で「2%の物価目標にこだわっているのは記者と日銀だけ」と述べ、日銀と距離を置いたと翁氏はこの論考で指摘しています。
確かに、安倍政権の最近の政策は、携帯料金引き下げや教育無償化、低賃金の外国人労働者受け入れ拡大など物価上昇に歯止めをかけるものが目立つ。そもそも物価目標達成にめどが立ち、金利が上がり始めると困難に直面するのは巨額債務を抱えている政府であり、日銀が(目標達成の目途がつかないまま)超緩和を続けている状態は政府にとって居心地が良いというのが翁氏の見解です。
また、第2の矢である「機動的な財政政策」では、政府が自ら率先し需要創出するとされた。他方、安倍首相は同時に財政再建も重視しており「消費税増税も必要」という立場をとってはきたが、アベノミクスの重心は(あくまで)前者にあると氏は言います。
安倍首相は2014年11月、また1年後の2015年10月に10%とするはずだった消費税率引き上げの見送りを表明し、翌12月の衆院選で勝利しました。さらに内外の景気が好調だった2016年6月にも「新たな判断」として見送りを決め、翌7月の参院選の勝利につなげたということです。
「アベノミクスの成果」として取り上げられることが多い「労働需給の逼迫」ですが、失業率の低下や有効求人倍率の上昇は2008年のリーマン・ショック後トレンド的に続いており、構造的な生産年齢人口の減少が強く作用しているというのが翁氏の認識です。
さて、こうした状況で期待されるのが、生産性向上が生産年齢人口の減少を相殺し潜在成長力を高めていくという第3の矢「成長戦略」の効果であることについては異論のないところでしょう。
しかし、経済効率などを反映する全要素生産性(TFP)はアベノミクスの下で長期間・持続的に低下を続けており、以前は1%程度だった上昇率が0.1~0.2%まで低下し、期待とは逆に潜在成長率を押し下げ続けていると氏は現状を説明しています。
翁氏によれば、安倍首相はかつて御厨貴・東大名誉教授のインタビューに「アベノミクスは『やってる感』なんだから、成功とか不成功とかは関係ない。『やってる』ってことが大事」と述べたということです。
まさにその言葉通りで、安倍首相は次々と新たな目標を設定し様々な方面の「民意」に応えることで「やってる感」を醸成し、政治的勝利につなげてきたというのが氏の指摘することころです。
国際情勢が不安定化する中で、トランプ米大統領との親密さを背景とする外交的安定感への期待とも相まって、支持率は高くその政権基盤は堅固にみえる。しかし掲げられた課題の大半は未達であり、むしろ目標から遠のいているものが多いというのが現状に対する氏の感覚です。
日本の衰退を防ぎ長期的繁栄の土台を築くためには、政治的勝利がもたらす政権基盤の安定を重要課題の達成につなげていく必要があるのは言うまでもありません。
曲がり角を迎えているかに見えるアベノミクスですが、複雑化する経済環境を踏まえ、次の一手を考えなければならない時期が、既にやって来ているのかもしれません。
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