MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

 伊皿子坂社会経済研究所のスクラップファイルサイトにようこそ。

♯1210 トランプ氏の歴史的評価

2018年11月06日 | 日記・エッセイ・コラム


 10月4日の「現代ビジネス」によれば、ウォーターゲート事件の報道で知られる著名なワシントン・ポストの記者ボブ・ウッドワード氏が刊行したホワイトハウスの暴露本『恐怖の男 トランプ政権の真実』が、トランプ大統領を激怒させているということです。

 トランプ政権中枢の要人たちに取材した同書は、9月11日の発売から1週間で110万部を売り上げるなど、今年の年頭に刊行され話題となった暴露本『炎と怒り』をはるかに上回る売れ行きを見せているとされています。

 私はまだ読んでいませんが、同書には大統領の弁護士チームの団長を務めたジョン・ダウド氏が、「トランプ大統領に『悲劇的欠陥(tragic flaw)』を見ていた」と記されているそうです。

 ダウド氏がそこで挙げているトランプ大統領の「悲劇的な欠陥」とは、例えば「はぐらかしてその場を切り抜けようとする」こと、「都合の悪い事実をすぐに否定する」こと、または「フェイク・ニュースと呼ぶ」こと、「すぐに憤慨する」こと…などなどだとされています。

 こうした指摘以外にも、記事はトランプ氏の「悲劇的欠陥」として、特に「自己認識力の低さ」を挙げています。

 「シンゾー(安倍晋三首相)や習近平は、オレのことが大好きだ」と繰り返し、金正恩朝鮮労働党委員長に対しても「相性が合う」「恋に落ちた」と断言する彼の自己認識と、周囲からの評価には、大きな隔たりが存在するということです。

 さらにここ最近のトランプ大統領の決断は、ますます破壊的になりつつあると記事は指摘しています。

 地球温暖化対策の国際的枠組み「パリ協定」や環太平洋経済連携協定(TPP)脱退など、国際秩序をこわす場当たり的判断を繰り返し、メキシコやイランに対する傲慢な要求については、いまさら繰り返すまでもないということです。

 その一方で、記事は、これからトランプ大統領の身の上に(何某かの)本当の「悲劇」が生じたならば、熱狂的なトランプ支持者は大統領を「悲劇のヒーロー」として、かえって強く崇拝することになるかもしれないと指摘しています。そうした(転んでもタダでは起きない)ところが、トランプ大統領のまさしく侮れないところだということです。

 さて、こうして「ボロクソ」に言われることの多いトランプ米大統領について、10月23日のフィナンシャル・タイムズには、同紙チーフコメンテーターのギデオン・ラックマン氏が「歴史に名残す? トランプ氏」と題する興味深い論考を掲載しています。

 ラックマン氏はこの論考の冒頭、「不本意ながら、最後に笑うのはトランプ氏かもしれない」と記しています。現在のトランプ氏の評価はともかく、第45代米大統領は時代の精神を体現し、歴史を動かした指導者として将来名を残す可能性があるということです。

 歴史的人物は、善人とは限らないし、特に頭脳明晰(めいせき)というわけでさえないと氏は言います。トランプ氏は常習的な嘘つきだし、ティラーソン前国務長官はトランプ氏を「ばか者(moron)」と呼んだと言われています。

 しかし、こうしたことはいずれもトランプ氏が「世界的な歴史的人物」に該当しない理由にはならない。時代の精神を体現し世界史を大きく動かしたナポレオンでさえ、当人がその時必ずしもそれを明確に自覚していたわけではないというのがラックマン氏の認識です。

 もし将来の歴史家たちがトランプ氏を歴史的人物だと認めるとしたら、どういう意味で評価するのか。

 まず、米国の外交方針について、エリート層の間で合意されてきた過去のやり方とは完全に決別した点が挙げられるとラックマン氏は言います。

 歴代の米大統領は、米国の力が弱体化しつつあることを否定するか、ひそかに対処しようとするかのどちらかだった。だがトランプ氏は米国の凋落(ちょうらく)を認め、その流れを逆転させようとし、米国の力を容赦なくあからさまに振るった。

 そして、歴代大統領が信奉してきたグローバル化は実はひどい考え方で、それが米国の力を相対的に低下させ、国民の生活水準を押し下げてきたとするトランプ氏のメッセージを、30年以上にわたる実質賃金の伸び悩みや目減りを経験してきた米国民は(あっさりと)受け入れたということです。

 米国世論の後押しを受け、友好国との自由貿易を否定し、中国を米主導の国際秩序に組み込む方向で努力するという40年以上続けてきた米国の外交政策をひっくり返したのだから、これは間違いなく歴史的な展開といえるとラックマン氏はここで指摘しています。

 一方、内政面では、未来の歴史家は、トランプ氏が米国のエリート層の見解と一般大衆の意見の間に大きな隔たりがあることに目を向けた、最初の大統領だったと記すかもしれないとラックマン氏はこの論考に記しています。

 トランプ氏はこの「分断」を、大統領として徹底的かつ効果的に活用した。72歳の彼の(子供のように自由な)本能はニューメディアを「理解」し、ほかの政治家には及びもつかないほど見事に使いこなしたということです。

 結果として、(トランプ派の見方からすれば)今のところすべてはかなり順調に行っているようだとラックマン氏は説明しています。

 米経済は好調だが、中国経済は失速気味。米連邦最高裁では、判事の過半数が保守派になるようにした。カナダとメキシコは米国のすさまじい圧力に屈し貿易協定の見直しに合意し、ほかの同盟国もそれに同調する様子を見せていることを考えれば、トランプ氏が2020年に再選される可能性は十分にあるというのがラックマン氏の見解です。

 もちろん、すべてがうまく推移し続けるとは限らない。米国が貿易戦争の反動に見舞われるかもしれないし、米経済が過熱して、株価が暴落する可能性もあるとラックマン氏は言います。

 もしも世界が再び金融危機に陥っても、トランプ氏の米国が国際協調による対応を主導することはないだろうし、今後も同盟諸国との関係を軽視し続ければ、覇権国としての米国の力がこれまで以上のペースで低下していくことは明らかだということです。

 最悪の場合、トランプ氏の直感に基づいてあえてリスクをとるというやり方が大きな誤算を招き、中国やロシア、あるいは朝鮮半島において戦争という事態にもなりかねないと氏はこの論考に記しています。

 しかし、ラックマン氏によれば、例えトランプ氏が最終的に失敗し世界的な惨事を招いたとしても、それで歴史に名の残る大統領になるだろうという見方が消えるわけではないということです。

 トランプ氏自身は、偉大さとは「勝利すること」と考えているかもしれないが、ヘーゲルは「世界史的人物はたいてい暗い末路をたどる」と指摘している。アレキサンダー大王は若死にし、シーザーは盟友に暗殺され、ナポレオンはセントヘレナ島に流され寂しく生涯を終えたと氏はしています。

 確かにラックマン氏が言うように、21世の世界史に忽然と表れたトランプ氏の傍若無人について、今後の歴史の教科書が大きくページを割く必要が出てくる可能性もない訳ではありません。

 それがどういう評価かはわかりませんが、できることならばそれが悲劇的な歴史のターニングポイントとしてのものにならないことを、心から願って止まないところです。