MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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♯1207 「シングル」の時代

2018年11月02日 | 社会・経済


 市中の書店の店頭では、「孤独本」が空前のブームを迎えているということです。

 「週刊ポスト」の6月1日号によれば、昨年7月に発行された五木寛之氏の『孤独のすすめ』は既に30万部を突破、下重暁子氏が今年3月に上梓した『極上の孤独』も同じく30万部まで刷りを重ねているということです。

 そうした両書の読者層は60代以上が中心で、妻や家族に囲まれた一見「孤独とは縁遠く見える人」、あるいは「今後の生活で孤独を恐れている人」たちだと記事は説明しています。

 『極上の孤独』の著者である下重暁子氏はこの記事において、「孤独を肯定する本が受け入れられているのは、それだけ孤独と向き合う必要性を感じている人が多いから」だと説明しています。

 日本人には「孤独嫌い」が多く、孤立、孤食、孤独死と、孤独にはあまり良くないイメージがつきまとう。しかし実際のところ、多くの友達と交際している社交的な人が精神的に満たされているとは限らない。

 特に定年になって会社や組織を離れればひとりで過ごす時間は必然的に増える。高齢になるほど妻や家族、友人たちとの別れにも直面し、その中で「孤独とどう付き合っていくか」と考え始める人が多いのではないかということです。

 さて、下重氏が語るように「老い」と「孤独」は切り離せないものとはいえ、現実には「孤独でいること」に対する世間の風当たりは(結構)強いと記事は言います。

 様々なメディアで「子や孫に恵まれ、頻繁に連絡を取り合う仲良し家族」や「友人たちに囲まれて趣味を楽しむ充実した老後」の素晴らしさが喧伝される。そしてその一方で、そうでない人は「かわいそう」という目で見られたり、「偏屈者」扱いされることも多いということです。

 そして、昨今の「孤独本ブーム」は、そうしたステレオタイプな「幸せな老後」イメージへの反発から生まれたものなのかもしれないというのが記事の指摘するところです。下重氏も、「「孤独」と「寂しさ」はまったく別物。孤独を愉しむことを知っている人は、ひとりでいられる時間に喜びを感じ、人生をより愉快に過ごせると思う」と話しているということです。

 国立社会保障・人口問題研究所の推計によれば、日本の単身高齢者世帯は2040年には896万世帯に達し、全世帯に占める一人暮らしの割合も39.3%に及ぶとされています。社会における「単身者」「ひとり暮らし」の人たちの存在感は、今後急速に大きくなっていくことでしょう。

 また、人生100年時代を迎え、(本人が好むと好まざるとにかかわらず)単身生活を余儀なくされる期間も、これから先どんどんと長くなっていくことは必至です。

 こうした状況を踏まえ、8月29日の日本経済新聞の投稿コラム「私見卓見」において、みずほ総合研究所専務執行役員の高田創氏が「『シングル担当相』の創設を」と題する興味深い提案を行っています。

 英国で「孤独問題担当大臣」が創設されたことが世界的な話題となったが、単身世帯の増加はライフスタイルや消費など幅広い変化を生むことは広く知られている。なので私は、英国よりポジティブな意味合いを持つ「シングル社会担当大臣」の創設を提言したいと、高田氏はこのコラムに記しています。

 コンビニで売られる小分けの総菜や1人専用のカラオケボックスなど、企業は(随分前から)シングル社会に対応する商品やサービスを生み出している。かたや政府はどうなのか。

 税制改正などの影響を具体的にはじく際の「標準世帯」は夫婦と子ども2人のままで、既に世帯全体の35%を占めている単身世帯が主流となっている社会に適応しているとは言いがたいと高田氏はしています。

 そこで「シングル担当相」がやるべきことは、例えばシングルマザーが仕事と子育てを両立するための環境整備や、子孫に残すより自分で使うことを重視するシングルの人々の金融資産の活用策など、人々がシングルという形で生きて行くうえで必要な社会環境の整備にあると氏は言います。

 保守的な立場の人からは「家族の崩壊を看過、助長するのか」といった批判を受けるかもしれないけれど、人々がシングルとして生活しながら社会的な繋がりを強めていく仕組みを考え出すことは、地域社会の再生や少子化対策にとっても有効ではないかということです。

 氏は、中でもシングル担当相がとりわけ重視すべきなのは、ひとり暮らしのお年寄り「単身高齢者」へのアプローチだとしています。

 英国と同様に他人との会話がなく、「テレビがお友達」という高齢者は日本でも一般的な姿となりつつある。認知症をはじめ買い物難民、長生きリスクなど高齢者の問題はシングル化と切り離せないということです。

 こうした問題に対処し、粘り強く社会的な絆を作り出していくことは成長戦略にも通じると氏はこのコラムで説明ていします。

 長引く消費の停滞は、人々の将来不安と結びついている。将来不安の中で最も強いのは「ひとりになることへの不安」であろう。そしてその不安を和らげる手立てを講じることは、日本経済の再生にもつながるという理屈です。

 誰にとっても、シングルや孤独への対処はひとごとではないというのがこの論考における高田氏の立場です。

 自立した生活が送れるならば、独りで暮らしていくこと自体、そんなに不幸なことではないでしょう。

 この際、「おひとり様」化する日本の将来を見つめ、誰もが一人でも心配なく自立して暮らせる社会の仕組みを(官民協力して)しっかり考えていく必要があると、高田氏の指摘から私も改めて考えたところです。