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『時雨の記』~たたずまいの美しさ

2020-05-07 | 2022夏まで ~本~
外出自粛の続く毎日、
書棚を片付けたら、忘れていた本が何冊も(!)見つかりました。
思いがけず、ご褒美をもらったようで、嬉しくなって読んでいます。

その一冊が、中里恒子『時雨の記』(文藝春秋)でした。

知人からいただきましたが、既に、その時点で古本・・・
でも、これが素晴らしい!

なんと、装丁は青山二郎(!)。
瑠璃紺のクロス張り、背表紙のタイトルは金文字箔押し・・・
こういった装丁は、お値段が張るので、最近、とんと見かけません・・・

奥付を見ると、昭和52(1977)年初刷り、昭和53年版の十刷でした・・・



あらすじを、ざっくりと申しますと・・・

舞台は昭和40(1970)年頃。

やり手の経営者・壬生は、20年前に、ふと見かけた女性・多江と再会、
たちまち恋に落ち・・・必死に恋心を伝え・・・
次第に多江も心動かされるけれど・・・というお話。(←ざっくりしすぎ!?)

多江は夫と死別していますが、
壬生は妻子があり、今風に言えば、不倫の関係です・・・

でも、ドロドロしない。
40代の女性、50代の男性ながら、相手を想い、
プラトニックな関係を貫くからでしょうか。

むしろ、読み手の私が居住まいを正す気にさせられます。



以下、二人の関係の描写です。

「人間愛といふには、少し他處ゆきでもあり、戀といふには、青臭く、
色戀とでも言ひたいやうな、それも正面きつて、どうかう言はなくても、これが、
色戀といふものではなからうか」(81頁)

「男と女が寄れば、すぐただならぬ仲になるなどといふのは、ただの本能だ。
戀のたのしみを長くたのしむ爲には、ただならぬことになってはいけないとさへ、
僕は思ひはじめた」(89頁)

いわば、大人の「戀」。

それも、美しいのですが、私が惹かれたのは、多江さんのたたずまいでした。

多江さんは、資産家へ嫁ぎ、夫を亡くした女性。
子どももいないので、一人静かに暮らしています。

「過去に執着はありませんでした。他人が想像するほど、
孤獨は怖しいものではありません。ふつと、ひとりの無力を感じても、
馴れてしまへば、そんな哀傷感激も、煙りのやうにとらへようもなくなるのです」
(81頁)

多江さんは、ずっとそうして暮らしてきたのです。
大磯の、山椿の咲く家で、時折、気の合ったお仲間に
お茶を指南しながら・・・



私は、この境地に憧れてしまうのです。

我が家も、夫の定年が、もう目の前・・・
もちろん、夫には元気でいてほしい、
これからも一緒に年をとっていきたいと思っていますけれど・・・

今の自粛をきっかけに、おつきあいは、気の置けない人だけにしたい・・
いわゆる人間関係の「しがらみ」からは、離れたいよ・・・
最近、とみに、そう思うようになりました。


実は、この新型コロナウイルスの自粛続きで、
自分は、案外、ひとりの時間が平気なのだなと、実感しています。
ウィルスへの脅威はとてつもなく感じてはいるのですが・・・

もっとも、それは、夫がテレワークで家に居てくれればこそ・・・
もしも、本当に一人きりだとしたら・・・
コロナとそこから生じる、さまざまな不安に、心が壊れてしまったかも・・・

自分が、多江さんのようになれない、とわかっているからこそ、
なおさら、そのたたずまいに惹かれるのでしょう・・・




さして期待もしていなかったくせに、
読み始めたら、夢中になってしまいました。

多江さんのたたずまい、大人の二人の関係に、
そして、文章に、最近忘れていた、古風な美しさがあふれていました。

本文は、おそらく活版印刷、旧字・旧かな遣いが使われています。
そのせいもあるでしょうが、
古き良き時代の品格と言ったものを感じさせられました。


(題字は著者・中里恒子)


さて、肝心の恋の結末は・・・

作中で、二人は、京都・小倉山に、藤原定家が住んだ「時雨亭」を訪ねます。
その折り、雨に遭い、多江さんが言いました。
「時雨だわ、さあつと來て、さあつと過ぎるから」・・・

タイトル「時雨の記」には、定家の住まい「時雨亭」と、
雨の「時雨」(ネタバレなので避けますが作中ではまた違う意味があるかも)
両方の意味がかけられている、ということに留めます。

(アマゾンからのコピペです)

本をもらったときに、タイトルに聞き覚えがありました。
90年代に、吉永小百合さん主演で映画化されていたからでした。
原作を読んだ吉永さんが惚れ込んでのことだったとか。

映画は観ていませんが、吉永さんが魅了されたそうで、
わかる、わかる・・・と、納得したのでありました。


「緊急事態宣言」発令・30日目。

ゴールデンウィークが終わり、これからは各地方によって
さまざまに対応が変わるそうです・・・
それだけに、一人一人の意識が問われる気がします。

連休明けの本日も、医療従事者の皆様、エッセンシャルワーカーの皆様に
感謝と敬意を込めて・・・
どうか、どちらさまも、我が家も、今日の日を無事に過ごせますように。


◆本日の画像は、2015年・秋に旅した、前々記事の安土城・摠見寺のお茶室です。
本当は時雨亭(跡)の画像があれば良かったのですけれど、
最近、京都へ出かけていないので・・・

多江さんが住む、大磯の家というイメージということでw

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お付き合いいただき、どうもありがとうございました。
勝手ながら、ただいま、コメントをご遠慮しております。

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