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ことば咀嚼日記

日々読んだ活字を自分の頭でムシャクシャ、時にはゴックン、時には、サクサク咀嚼する日記

2014-03-05 | 日記
梅を見にいきました。先回は母と、今回は娘とです。
同じ場所の同じ梅でも雨あがりの梅は、水を含んでいて、これもきれいですね。夕方行ったので人もまばらでした。
そろそろ咲き終わりの紅梅と、咲いたばかりの白梅が交互に1メートルぐらいの間隔で植わっている梅林の間の道を歩いていると、胸が締めつけられるぐらいの幸せを感じました。

母は梅を見上げて、何かぼそぼそつぶやいていましたが、娘は梅を見ているのか、自分の脚を見ているのか、よくわかりませんが、下ばかり見て歩いていました。
いろいろな梅見があるものです。
私も梅の花を見ているかというと、そういうわけではなく、梅の木と木の間から発せられる「感じ」のようなものを体中で味わえて幸せでした。
桜並木を歩いているときにはこういう感覚にはなりません。
これは梅の出す「波動」なのでしょうか。

友人の家で体の波動を見ながら、かつ波動をなおしてもらう機械をやってもらいました。
機械の名前は忘れましたが、機械に接続されたヘッドホンのようなものを耳に当てると、コンピュータ画面に体のよくないところが、黒い点で出てきて、そこが悪いところらしいです。
私は、普段から悪いことをよく考えているので、心に黒いものが出るに違いないと覚悟していましたが、あくまで肉体だけで、心までは発覚しなかったのでホッとしています。
体は、左上半身がすこし欠けがあっただけで、後はバランスがとれた形だといわれました。
オーラ写真をとってもらったときも、いつも形のバランスがとってもいいね、とお店のおばさんに褒めてもらいます。
でも心の悪巧みを知っているのは神様だけですので、オーラ写真には本心は出ないのではないかと思っています。
キリスト教では、罪の代償は「死」ということになっていますから、こりゃ死ななきゃ直らない、のだと思っております。

とりとめなく終わります、以上!