Mizpoco in シンセン

中国人と結婚し深センに住むことになりました。

青い鳥

2007-12-18 23:08:14 | 深セン生活
12月18日(火)

最近、私の部署にいる私より3、4歳上のLさんが私に「私が広州支社に行くことをどう思う?行くべきかな、行かないべきかな、正直わからないのだ…」と言いました。

私の職場は近々広州に支社を出します。深セン支社にいたのでは、今よりも上のポジションにつく機会は望めなそうだ、それに長いことこの支店にいるのでここにも飽きてきた、ならば心機一転新しい支社に行き、高いポジションをもらおう…ということで自ら志願し、彼女は広州に行くことになっています。でも、報酬は少し上がるだけだし、ポジションは上がるものの約束された部署は今までとは違う部署で、この判断は良かったのかと迷っているのだそうです。

なぜ私に聞いたのかわからないけど、長いこと勤めた東京の仕事を辞めて異国にやってきた私の意見を聞きたくなったのかもしれません。ならば、と私が本気で語ろうとしたところで、他の同僚女性達がガヤガヤと私達二人の会話に割ってきて、いつの間にか私の存在はフェイドアウト・・・してしまいました

同じく現在の職場での職歴が10年以上の同僚Fさんがいます。彼女も「ここにいてももう変化が無い。環境を変えたくなった、新しいところに行っても良い気がする」と言います。


そういう時、私は、「辞めることはない」、と言います。人は無くしてから初めてその失ったものの大切さに気が付くと言いますが、私はそれを実感しているから。よほどのキャリア志向の人であったり、現状があまりに悪いという人ない限り、「環境の変化」を求めるために職場を変えたのでは、そのために失うものは多過ぎるのではないかな・・・。「慣れ過ぎた環境」だからこそいる多くの友人、「慣れすぎた職場」で困った時に頼れる他部署の同僚。退屈に感じる毎日だけど、自分を理解してくれる同僚がいる、毎日を無理なく過ごせる・・・それが実はとても自分にとって快適な環境のような気がする。

自らを高めるために新しいことにチャレンジするのも勇気だし、快適さに身を任せることも勇気。「何かを決断し実行する」、そのことだけで人は十分勇気のある行動をしているのだから、迷ったらならば、自分が楽しくいられる選択をしてみるというのはどうかな。

私が中国に嫁ぐと決まった時、母は「あなたは遠い所ばかりを見ていて・・・」と言いました。「中国なんて近いよ」と言いましたが、娘を持つ母親にしたら、市外、県外に嫁ぐだけでも「遠い所」と思うのかもしれません。今来てみて思うのは、中国はやっぱり、日本からも日本の家族・友人からも遠いところのようです。

だからもう少し、近くにあるたくさんの小さなささやかな楽しさに気づいても良いのでは、気づかなくてはいけないのでは…。

結婚するよりもず~っと以前、私にボーイフレンドがいないと心配した東京の友達が「チルチル・ミチルの青い鳥はあんなに近くにいたよ」と言いました。きっと、同じようなことが言いたかったのかな。


12月だから・・・というわけではないですが色々と思うことあり、今日は徒然なるままに自分の思いを綴ってみました 勝手な私感ですので、「あぁ・・・慣れない深センのサラリーマン生活でちょっと疲れているのかな?」くらいに流してくださって結構です

日本は今年はクリスマス・イブが振替休日で祝日ですね。香港はXmas休暇らしきものがあるのに中国大陸は一切無関係ですでも、私は年末年始に久しぶりの帰国を予定しています。今から気分はXmasを飛び越して年末年始休暇に向けてカウントダウンです。

カラオケ下手泣かせ

2007-12-09 16:05:50 | 深セン生活
12月9日(日)

東京の私の親しい方々はご存知のことと思いますが、私ははっきり言ってカラオケが下手、いや、歌が下手です。長いこと鍵盤楽器をしていた関係で日本の歌手のCDも多少持ってはいますが、本来あまり好んで日本の歌謡曲を聴きません。なので、東京OL時代もまれにカラオケに行ったりした場合、持ち歌はいつになっても同じで、しかも古~い歌でした(PS:to NOBRIN、「男の勲章」もいまや数少ない持ち歌のひとつだよ)。

中国人は概して歌が大好きで、私の周りにもカラオケ好きな人がたくさんいます。そんな環境は私にとってはとても苦痛です。

初めて「カラオケ文化」の洗礼を受けたのは、(中国人の)団体旅行で行った「海南島ツアー」でした。バスの中でガイドさんが、「みなさん、これから何日間か一緒に旅行をする仲間ですから自己紹介しましょう!」と言いました。ただの自己紹介だって外国人の私にとっては厄介なのに、「一人一芸を交えて」自己紹介をしろというのです。一芸といってもだいたいは「歌」で、一人一人、大人も子供もバスの前方に進み出て、アカペラで見事に歌いきって席に戻ります(バスは運転中。危ないって・・・)。ちなみに途中で間違えると歌い直し。

私は結局リクエストに応えて「北国の春」の冒頭のフレーズだけを、「しらかば~ぁ、青空、みぃな~ぁみ~風~~~」みたいな感じで日本語で、アカペラで歌いました。しかも冒頭だけしか歌わないので、ちょっとしらけました。

ところで・・・なぜ「北国の春」なのか

中国では日本の歌謡曲が中国語で歌われていることが結構あり、最近ではキロロの「長い間」とか浜崎あゆみの曲などは中国の人々にとっても馴染みのある曲です。特に「北国の春」や「スバル」は以前から知られており、とても有名なのです(ああと、なぜか「四季の歌」)。でも、私たち日本の若モノにとっては、「北国の春」はもはや「なつかしのメロディー」系の番組で歌われる歌であり、歌詞なんてきちんと知らないし(覚える必要ないし!!)、そもそもアカペラってどういうこと

ところで先週末、矢平さんの職場の上司が夕食に呼んでくれました。その席には上司・矢平さんの知り合いで内モンゴルからいらした方もいたのですが、歌の名手だとか。素晴らしいバリトンを披露してくれました(しつこいですが、アカペラ)。そして案の定、他の何人かも歌い出し、ついに「Mizpocoの番だ。『北国の春』はどうだ?」とまたもや言われました。

「郷に入ったら郷に従え」とは言いますが、どうしてここまでこんなに嫌いなカラオケを強要されなくてはいけないのか・・・そもそも「北国の春」なんて歌詞を全部覚えていないし・・・「日本人はみんなカラオケ好きなはずだ」と言われ食い下がれましたが、私は初めて、カラオケを断固拒否の姿勢を貫きました。もう若い日本人に、特にMizpocoに「北国の春」を歌うことを求めないでいただきたい・・・

ちなみに80年代生まれと思われるシンセンの友人、Ms. Kにこの話をしたところ、「北国の春?千昌夫???あぁ、ここにホクロがある人ですね」と頬を指差しました。・・・ほくろは「眉間」にあるんだよ、って教えてあげました(参考:今は取ってしまって無いそうですが)。


近くて遠い香港

2007-12-05 22:12:53 | 深セン生活
12月6日(木)

一昨晩、矢平さんは上海に戻ったので、昨日からPCが私の会話相手・・・というわけで、今週はちょっと頻繁にブログ更新してます。

あまり知られていないかもしれませんが、中国大陸の方々は「今から香港に行こう」と思い立っても簡単には香港に行くことはできません。

香港が中国に返還されて久しいですし、シンセンと香港はお隣同士で私の職場の窓からも自宅付近の道路からも香港が見えるほどの近さである・・・にも関わらず、シンセン市民を含む中国人は事前に「通行証(ビザのようなもの)」を申請・取得しなくてはいけないのです。有効期間が1ヶ月、3ヶ月であるとか、有効期間内で2回まで行けるとか・・・何種類かあるようです(有料申請)。

中国人は香港ばかりか、どの外国に行くにも査証(ビザ)が必要となるため、逆に日本人がパスポートさえ携帯していれば自由にシンセン・香港間の往来はもちろん、たいていの国に自由に個人旅行ができるのだと知ると、中国人の同僚達は「信じられない」という表情をします。おまけに香港は「外国」ではなく「中国」なわけで、「なぜ中国人の私たちが自国の香港自由に行けなくて、外国人の日本人がパスポート一つで簡単に行けるのだ」と、いつの間にか輪になってガヤガヤと話し始めたりします。

ところで、中国は輸入税が高いため、外国製品がとても割高です。一方で香港は対外的にもプロモーションをかけるほどのショッピング天国です。そんなわけでシンセンの若者にとって香港で買い物をすることはとても憧れなのです。

でも、そんなに頻繁には行けない、通行証も申請しなくてはならず不便・・・という若者の悩みを見事に叶える救世主のような存在・・・それが日本人の知人、すなわち同僚にとっては、物事を断るのがとっても苦手な心優しい(気が小さいだけともいう・・・)「私」なのです・・・。

私は入社したばかりで同僚達の「ショッピングin HK」に対する熱い思いを理解していなかった頃、ついつい「今週末は矢平さんもいなくて退屈だから、香港に買い物に行こうかな~」なんて言ってしまったのですが、その瞬間、2,3人が一斉に私を見つめ「香港に行くのぉ~」と異口同音に言ったのです。その時の反応の速さ、目の輝き・・・とても言葉ではうまく伝えられません・・・。

ちなみに、もう一人の日本人女性の同僚M田さんは、私よりも10ヶ月ほど先に入社しており中国生活の経験も豊富なので、絶対に職場で「香港で買い物」なんて言葉は口にしません

香港で買ってきて欲しいと頼まれることが多いのが、化粧品、粉末ミルク。中国人の同僚でさえ、「同じメーカーの粉末ミルクでも、中国(シンセン)で売っているのと香港で売っているのでは質も味も違う。シンセンのはMade in China、香港のは輸入品」と語ります。

あんまりみんなが私の香港行きに期待するので、最近では「香港」と言う言葉を発することは謹んでいます。まるで「小さな孤島から1ヶ月に数回しか出ない郵便配達」みたいにあまりに期待が大きすぎて、香港に行っても自分の買い物をする時間も削られ、荷物も持ち帰るのが大変だからです(当然ですが)。ちなみに、中国での「Made in Japan」商品への感心は更に高く、帰国を予定しているなんて一言も言わないうちから、既に数人に「いつ帰国する予定?買ってきて欲しいものがあるのだけど・・・」と言われています。

始まらないダイエット

2007-12-04 23:35:42 | 深セン生活
12月4日(火)

久しぶりにブログを更新しようとこのページを開けてみてびっくり
ダイエットをすることになっていたではないですかいまだに始まっていません・・・。

私の仕事の方は先月半ばで一連の研修が終わり、本格的な業務をしています。正直本当にキツイ。おかげで寝言で顧客番号を言って目が覚めたり、心身共にオーバーヒートして風邪をひいたり、顎やおでこに大きな吹き出物ができたり。。。

でもMizpoco、夕食にお手製カレーライスを食べたりして(=今日の夕食)毎日なんとか頑張っています

出張とダイエット

2007-11-11 20:46:01 | 深セン生活
11月11日(日)

今日の午後、矢平さんがまた上海出張で出発しました

以前も書いたかもしれませんが「また出張」というのは本当にうんざりするくらい出張に行っているからで、矢平さんは旧正月(2/7)までの半年間、上海で業務をすることが決まっています。つまり半年間『上海単身赴任』なわけで、上海での「棲みか」も会社の借り上げマンションらしいです。週末戻ってきたり、戻って来なかったり・・・今回は10日後に戻ると言い残し、上海に発ちました

私に限らないと思うのですが、一人自宅で夕食を食べるにも、一人分の料理を作るのも厄介だ・・・と、とっても簡単な食事で済ませることが多いものです。時には「お腹が空いていないのに、なんで時間をかけて夕食の支度をする必要があるのだ」と思い、フルーツで済ませることもあります。

去年、シンセンに来たばかりの頃は、仕事もなく、外出といっても近所に買い物に行くくらいでお腹も空かず、こんな私でさえも食事に興味を失い、朝、昼(たまに晩)の食事はトースト一枚にドリンクといった、あまりに質素なものでした。そんな生活で、自分ではダイエットを意識していなかったのに、久しぶりに会う人会う人に「痩せたね」と言われるようになってしまったのに、今ではすっかりプヨプヨです。仕事を始めてからきちんと昼食(しかも中華中心)を摂るようになったためのようです。

そんなわけで・・・矢平さんが不在となることが多い今こそ、去年のようにローカロリーな食事で自然なダイエットをするチャンスなのです

ところが、矢平さんの上海任務が始まってから随分たつというのに、一向に痩せない・・・それどころか、太っている気がする・・・

今回も矢平さんに「私は次に会う時までには痩せてしまっているかもしれない」と言うと、「痩せないよ。あっちこっちのホテルのビュッフェで食べ歩いてるんだから」と言われてしまいました

そうなのです、最近の私は一緒に食べ歩く日本人の友人にも恵まれ、シンセン市内の情報にもすっかり詳しくなり、毎週のように異なるホテルのビュッフェに挑戦しているのです

何もビュッフェでなくても、と思うのですが、①ホテルは清潔なことが確かである(と信じている)、②食事の内容もここ中華に加えて、いわゆる「西洋料理」の味にも出会える(巷で西洋料理屋と銘打っているレストランが、必ずしも私達の慣れ親しんだ西洋料理の味とは限らない・・・)、更には③ホテルのケーキはおいしい。市内の普通のお店で売っているケーキは、どんなに良さそうなお店のケーキでも、「濃厚な生クリーム」に出会えない(植物性生クリームが中心と思われる)・・・

というわけで、もはや「自然なダイエット」を計画している限りは痩せられないのです計画変更で、強制食事制限を考えたいと思います