そういえば、なにやら道交法が改正になるらしい。
たとえばひきにげの懲役が5年から10年になるとか、飲酒運転の罰金の最大が50万円から100万円になるとか。
このあたりでオチが読めた人もいると思うのであえて言おう、五十歩百歩であると。
たとえばひきにげ。確かに遺族など関係者の感情としては5年から10年になるのは大きいかもしれない。10年といえば大変な期間だ。
だけど、間違いを起こしてしまった人の罰則を高めることは建設的とはいえない。
なんのための罰なのか、やはり期待するのは抑止効果のはずだ。
できごころで犯してしまう犯罪に対しては罰則は効果があるが、たとえばひきにげに対してはどうだろう。
まず事故を起こしてしまうところまでは罰則では避けられない。
いざひいてしまったときにそのまま逃げてしまうかどうかだが、そんな状態では慣れた人(?)でない限りパニックにおちいっているはず。
そしてなぜ逃げてしまうのか。逃げるかどうかを迷うとすると、そこでは逃げ切れるかどうかを考えるのであってつかまったあとの罰則の大きさではないはず。
世の中には犯罪心理学という学問もあると聞く。
これは本当に世の中に役に立っているのかと疑問に思ってしまう。
たとえばひきにげの懲役が5年から10年になるとか、飲酒運転の罰金の最大が50万円から100万円になるとか。
このあたりでオチが読めた人もいると思うのであえて言おう、五十歩百歩であると。
たとえばひきにげ。確かに遺族など関係者の感情としては5年から10年になるのは大きいかもしれない。10年といえば大変な期間だ。
だけど、間違いを起こしてしまった人の罰則を高めることは建設的とはいえない。
なんのための罰なのか、やはり期待するのは抑止効果のはずだ。
できごころで犯してしまう犯罪に対しては罰則は効果があるが、たとえばひきにげに対してはどうだろう。
まず事故を起こしてしまうところまでは罰則では避けられない。
いざひいてしまったときにそのまま逃げてしまうかどうかだが、そんな状態では慣れた人(?)でない限りパニックにおちいっているはず。
そしてなぜ逃げてしまうのか。逃げるかどうかを迷うとすると、そこでは逃げ切れるかどうかを考えるのであってつかまったあとの罰則の大きさではないはず。
世の中には犯罪心理学という学問もあると聞く。
これは本当に世の中に役に立っているのかと疑問に思ってしまう。