あのね!あまねがね!

ねこの『あまね』成長記録。連れずれなるままの日常日記の自分へのメモ残し

1960~70年代マイナーな曲を集めたアルバム……

2016-05-02 14:01:15 | アルバム ジャケット
そう言えばどっかで聴いた事がある……。
どっちかと言うとそういう曲を集めたアルバムがあります。

「恋すれど廃盤大全集」

主に1960年~70年代の女性シンガーばかりの曲です。

■ 1 白馬のルンナ(内藤洋子)

1967年松山善三監督の映画『その人は昔』の挿入歌であり、50万枚の大ヒットとなりました。
この時点で17歳です。覚えていらっしゃいますか!



内藤洋子さんは、1965年黒沢明監督「赤ひげ」でデビュー、この時15歳であった。
昔も今も、大体14~5歳が多いですね!
翌年テレビドラマ「氷点」で主演。ゴールデンアロー賞等を受賞し、瞬く間にアイドルとして一世を風靡しました。

1970年に結婚を機に引退。
現在はアメリカにお住まいのようです。
下の写真は、最近の写真です。
昔のままでとても66歳とは思えません!
安心します。
素敵な余生を過ごしていらっしゃるようです。

長女は女優の喜多嶋舞さん。(こちらは逆でDNA鑑定でやたら週刊誌を賑わしているご様子)



■ 2 真夏の出来事(平山三紀)

1971年発売。
デビュー曲に続く2枚目のシングルで自身最大のヒット曲である。
現在も活動されていて直近では2013年にシングル「ビヨンド」を出されています。



■ 3 人形の家(弘田三枝子)

1969年発売で日本レコード大賞歌唱賞受賞。
1961年に14歳でデビュー。
パンチの効いた歌声で「ポップスの女王」と言われた。
1962年に「ヴァケーション」(日本語カバー曲)が大ヒットし一躍有名になった。
1964年レナウンのCM曲「ワンサカ娘」を唄っていたのは彼女である。

ファッションリーダ的存在でもあり、1970年にベストドレッサ賞を受賞している。
また、1970年には「ミコのカロリーBOOK」を出版。150万部を越える大ベストセラーとなった。



■ 4 白い蝶のサンバ(森山加代子)

1970年発売。
大ヒットしてミリオンセラーとなり、自身最大のヒット曲となる。

1960年「月影のナポリ」でデビュー。
いきなり50万枚の大ヒットを記録し、以降立て続けにヒットを連発する。





■ 5 誰も知らない(伊東ゆかり)

1971年発売。
幼少期から進駐軍キャンプで唄い始め、1958年弱冠11歳でキングレコードよりデビューした。
1967年「小指の想い出」が爆発的ヒットとなり、不動の地位を築いた。
2013年には歌手生活60周年のコンサートを行っている。
御年69歳ながら、現在も音楽番組への出演やコンサート活動のほか、女優としても活躍中である。



■ 6 ブルー・ライト・ヨコハマ(いしだあゆみ)

この歌は大ヒット曲なので何故このアルバムに入っているのか不思議なのですが、150万枚を超えた売上げを記録し、自身最大のヒット曲となりました。
1960~70年まではトップシンガーとして数々のヒット曲を出している。
1980年以降は徐々に女優業にシフトし、日本アカデミー賞主演女優賞を獲得等、今度はトップ女優として長く君臨しています。

今の若い人は知らないだろうけど、とにかくカワイかったのを覚えています。
現在は、異常すぎる程のヤセすぎが大変気になる所です。
現在、NHK-BSで7:15からの再放送の「てるてる家族」は、いしだあゆみさん一家を描いた物語であります。
ヒロインは実妹の石田ゆりさんであり、原作はなかにし礼、つまり石田ゆりさんの夫です。

いしだあゆみさん役は上原多香子さんが演じています。
いしだあゆみさん本人もご出演されています。

いつも、7:30からの「とと姉ちゃん」を見るのですが、数日前ちょっと早くみたら、この「てるてる家族」の終わる場面でした。
…で画面に現れたのは、
若き石原さとみ、上野樹里、上原多香子さんでした。
イヤ~若い!
まだ子供顔、そりゃそうです。
この時、皆さん16~7歳。
この時初めて知りました、「石原さとみって朝ドラ女優だったんだぁ~」っと!
「世界で最も美しい顔100人」に2年連続で選ばれる程の美人であり、今や押しも押されぬ女優となっています。
また、上野樹里さんもドラマには欠かせない押しも押されぬ女優となっています。
お二人の若い頃の姿を見るのも楽しいですね!



いしだあゆみさん役を演じた上原多香子さんはカバー曲として「ブルーライト・ヨコハマ」発売しています。


■ 7 経験(辺見マリ)

1970年発売。
「やめてぇ~!」と溜息混じりの歌い方が話題になりって大ヒットし、セクシー歌謡の歌手として活躍した。
しかし人気絶頂期の1972年西郷輝彦と結婚し引退してしまいました。
1981年に離婚して復帰。
その後金銭トラブル(祈祷師によるマインドコントロール、オセロ中島と一緒)に巻き込まれ、娘とも絶縁状態となった。
尚、現在は歌手・タレント等活躍され、娘のえみりさんとも和解し、孫娘の良きおばあちゃんになっている。





■ 8 愛の奇跡(ヒデとロザンナ)

1968年発売されたデビュー曲のB面だったが、大ヒットし一躍売れっ子となった。
イタリア人と日本人の夫婦デユオ。
その後「愛は傷つきやすく」がオリコン1位を獲得し不動の地位を確立した。
1975年に結婚し二男一女に恵まれるが、1990年ヒデが47歳の若さで死去。
その後、ソロ歌手として活躍。
現在もタレントとしてご活躍されています。



長女マリオンさんと出演した時の写真。


■ 9 真夜中のギター(千賀かほる)

1968年発売のデビュー曲で大ヒットしました。
御年68歳で現役で歌っていらっしゃいます。




■10 白い色は恋人の色(ベッツィ&クリス)

1969年発売のデビュー曲で大ヒットしました。
1969年7月にハワイのカイルア・ハイスクールの生徒達で結成されたグループ"サウンド・オブ・ヤング・ハワイ"のメンバーとして来日していたベッツィとクリスがこの日本でスカウトされて結成された女性フォーク・デュオです。
最近、テレビで見た記憶があります。
ベッツィさんは「ベッツィ&クリス」として活動した後、様々な職業を経て、ハワイを拠点に再び歌手として活動しています。
公式ホームページも開設されていました。
クリスさんは、ハワイで先生をされていて歌う事からは引退されています。



■11 涙の太陽(エミー・ジャクソン)

1965年発売のデビュー曲で大ヒットしました。
芸能界を一度引退後、現在は、横浜、東京を中心にエミージャクソン&キャデラックスにてライブ活動中と公式ホームページにありました。



■12 風が落とした涙(小川ローザ)

このレコードジャケットは見覚えがあるでしょう!
一世を風靡した丸善石油のCM「oh!モーレツ」の有名なスカートがまくりあがるシーンです。
この影響で「スカートめくり」が大流行となりました。



1973年に引退しましたが、2012年から再開されています。
現在のローザさん69歳なのにお若い。


■13 渚のうわさ(弘田三枝子)

1967年発売。
30万枚を記録し筒美京平の初ヒット作品となった。



■14 私もあなたと泣いていい?(兼田みえ子)

1969年発売。
兼田みえ子さんは、1968(昭和43)年11月19日スタートした「走れ!歌謡曲」火曜日の初代パーソナリティーで「みこたん」と呼ばれていました。

「走れ!歌謡曲」は現在も続いている長寿番組。
私の時代は深夜放送全盛期だったが、さすがにこの番組は午前3時~5時までなので時々しか聴いていませんでした。
オープニングのアナウンスは「深夜の国道 歌と話題で綴る…」と述べていたのを思いだします。
運転手には癒しの天使であったのでは?



■15 ビューティフル・ヨコハマ(平山三紀)

1970年発売のデビュー曲である。
鼻にかかった独特のハスキーボイスであるので、曲も覚えていらっしゃるのでは?



■16 フランシーヌの場合(新谷のり子・古賀力)

1969年発売のデビュー曲であり、80万枚の大ヒットを記録しました。
「フランシーヌの場合」は、ベトナム戦争とナイジェ リア内戦に抗議し、1969年焼身自殺したフランシ-ヌ・ルコントさんをテ-マにした反戦歌であります。

新谷さん自身、三里塚闘争に参加する学生運動の闘士であった。
しかし、内ゲバの嫌悪感から闘争を離れ歌う事の意味も失い、また元の銀座のクラブ歌手に戻った。
その後、恩師「戸村一作」の死などをきっかけに政治意識を取り戻した。

公式ホームページには、
「平和憲法」を守り抜くため歩み続けて来ておられる、土井たか子さんの存在に導かれて唄い続けてきた …とあります。

現在もコンサート・講演を精力的に行われているようです。



■17 くちづけが怖い(久美かおり)

1968年発売。
日本レコード大賞新人賞を受賞したが、翌年映画の撮影を最後の芸能活動を休止。
そのまま、半年後に引退している。

ザ・タイガースの主演映画全て(3作)でヒロイン役を務めたことでも知られる。



■18 雨に濡れた慕情(ちあきなおみ)

1969年発売のデビュー曲。
小さい時から芸事を習い、10代の頃は米軍キャンプ、ジャズ喫茶、キャバレー等のドサ回りで全国を回っていた。
21歳の時にこの曲でやっと歌手デビュー。
以降、「四つのお願い」で順調にヒットを出し、1972年「喝采」の大ヒットで不動の地位を得た。
しかし、1992年最愛の夫「郷えい治」が亡くなってからは芸能活動を一切停止し、世捨て人のような生活をしていて、公の場所には一切姿を現していない。

夫が荼毘に付される時、柩にしがみつき「私も一緒に焼いて」と号泣したという。
この人は死ぬまで夫との思い出に生きていくのでしょう。
静かな余生を望むばかりです。



■19 あなたならどうする(いしだあゆみ)

1970年発売。
「ブルーライト・ヨコハマ」に次ぐ大ヒット曲。
現在、BSで放送中の「てるてる家族」はいしだあゆみ一家がモデルであるが、劇中歌としても使用された。
また、いしだあゆみ役を演じた上原多香子さんは、カバー曲として発売した「ブルーライト・ヨコハマ」のカップリングとしてこの曲を歌っています。



■20 花のように(ベッツィ&クリス)

1970年発売。
2曲目のシングルで、オリコン9位。



■21 太陽は泣いている(いしだあゆみ)

1968年発売の通算24枚目のシングル。
日本コロンビア移籍後の第一弾シングルであり、今まで4年間大きなヒット曲に恵まれなかったがやっとヒットした。
そして半年後の「ブルーライト・ヨコハマ」の大ヒットへと繋がる。



■22 おしゃれな土曜日(ミミ)

ミミってひょっとしてと思いwebで調べたらミミ萩原の事でした。
懐かしい名前ですね!。
歌手というよりも女優、女子プロレスラーとしての印象が強いですね。
女優としては、仮面ライダー、プレイガールQで活躍。
1978年アイドル歌手から女子プロレスラーに転身。当時はビューティ・ペアの全盛期であった。
しかし、1981年まで87連敗を記録し全く芽が出なかった。
1981年にオールパシフィック王座を奪取し、ジャガー横田、ミミ萩原、デビル雅美のトロイカ体制が誕生し大いに賑わった。



ウィキペヂアに載っている写真は2012年撮影とあります。即ち56歳です。
信じられない位お若い身体です。
節制されているんですね!驚愕しました。


■23 サインはV(坂口良子)

「サインはV」には、岡田可愛版(1969年10月~1970年8月)と坂口良子版(1973年10月~1974年3月)がある。

坂口良子版は坂口良子が主題歌を歌っている。



岡田可愛版はビクターレコードと東芝レコードの2種類ある。

東芝レコード版は富田智子&ウィンドーズ
何故だか中山麻里さんがいません。



ビクターレコード版は麻里圭子&横田年昭とリオ・アルマ
范文雀さんがいません。第10回から出演だからか?



懐かしいので、出演しているメンバーを紹介すると、

朝丘ユミ:岡田可愛
牧圭介:中山仁
椿麻理(立木大和 → レインボー):中山麻理
ジュン・サンダース:范文雀(第10回 - )
松原かおり:岸ユキ
久保田さち子:青木洋子
小山チイ子:小山いく子
岡田きみえ:和田良子
泉洋子:泉洋子(第27回 - )


■24 危険な春(三東ルシア)

1975年発売のデビュー曲。
タイトルからわかるようにセクシー路線のグラビアタレントという位置づけ。
日活ロマンポルノにも多数出演している。



■25 ダニアエル・モナムール(辺見マリ)

1969年発売のデビュー曲。



■26 たそがれの赤い月(ジュディ・オング)

1967年発売で4枚目のシングル。
1952年2歳の時来日。
1961年11歳で日米合作映画「大津波」で映画デビュー。
1966年16歳で歌手デビュー。
現在も歌手・女優・版画家として活躍しています。
台湾では国民栄誉賞を受賞(王貞治氏に次いで2人目)されています。





■27 太陽がくれた季節(青い三角定規)

1972年発売で2枚目のシングル。
売上100万枚を越える大ヒットとなった。
この曲は皆さん覚えているでしょう!
日テレ系青春ドラマ『飛び出せ!青春』の主題歌です。



■28 粋なうわさ(ヒデとロザンナ)

1969年発売で2枚目のシングル。
大ヒット曲「愛の奇跡」に続き発売された作品。



■29 風に吹かれて行こう(やまがたすみこ)

1973年2月に発売されたデビュー曲である。
シンガーソングライターであり、この曲も自作曲である。
1978年に結婚後は、CMソング等も手掛けています。



2012年に発売されたCM大全です。

皆さんも耳にした曲がいっぱいあるのでは…

01.ナショナル カークーラー73
02.ニベア花王 8×4
03.カルピス 「夏・乗馬」
04.伊勢丹 もめんと木
05.雪印乳業 スライスチーズ 季節を巻こう 夏編
06.丸八真綿 「ジェシー入浴」篇 大きなカラダ小さなカラダ
07.テレビ信州 「みつめあえばそこに」
08.日本生命 「ありがとうあなた」
09.日本コカコーラ リフト オレンジ
10.雪印乳業 アカディー
11.お菓子の香梅「企業」篇
12.いわき平安閣
13.磐田市の歌
14.日本生命 「あなたと歩けば」
15.雪印 エルム 「燃える想い」
16.丸井 企業 「好きで、いっしょで」
17.ユニデン化粧品 ユニデン愛唱歌
18.明星食品 明星ラーメン紀行
19.ミツカン酢 サワードリンク
20.小林製薬 モリ・ハナエ 「蝶」
21.西武 ’84 「うれしいね、サッちゃん」
22.理研 ふえるワカメちゃん
23.明治製菓 イソジン 「ただいまのあとは」
24.JRA エリザベス女王杯
25.東京電力 企業 「胸の振子」
26.資生堂 レシェンテ 「オランジェ・デ・キドル」篇
27.味の素 CI
28.Benesse CI
29.NTT CI
30.久光製薬 CI
31.倉敷チボリ公園
32.サンヨー食品 サッポロ一番 「ごくらく麺」
33.第二電電 DDIセルラー 「屋形船」
34.JAバンク JAカード 「咲かせよう」
35.資生堂 SHE’S 洗顔ウォーター 「洗う泡」
36.味の素ゼネラルフルーツ AGF ’97冬 「いつもありがとう」
37.キリンビバレッジ 午後の紅茶’99 春
38.カルピス ホット ギフト
39.P&G アリエール ピュアクリーン 「おかえり」
40.ライオン PCクリニカ 「診察ドキュメント」
41.積水ハウス グリーンファースト
42.ハウス食品 ハウスシチューミックス 「お帰りなさい」
43.大丸 「愛のキャッチボール」 (2012)


■30 喧嘩のあとでくちづけを(いしだあゆみ)

1969年発売。オリコン7位。
いしだあゆみ全盛期の頃で出す曲全てヒットしている。




この頃、他に「涙の中を歩いてる」



「今日からあなたと」



「昨日のおんな」



「何があなたをそうさせた」




■31 私生活(辺見マリ)

1970年発売。3枚目のシングル
『私生活』で第21回NHK紅白歌合戦に初出場。



■32 私が死んだら(弘田三枝子)

1969年発売。「人形の家」に続いて発売した曲。
初回版ジャケットのみ、上半身を露出したセミヌード写真を使用した。



■33 ローマの奇跡(ヒデとロザンナ)

1969年発売の3枚目のシングル。
「愛の奇跡」、「粋なうわさ」の大ヒットに続いて出した曲でこの曲もヒットした。
この曲はロザンナの故郷イタリアで録音されている。
ジャケットの背景はイタリアと思われる。



同時期にアルバム「イタリーの休日」を出している。
このジャケット写真もイタリア。殆ど恋人である。



■34 四つのお願い(ちあきなおみ)

1970年発売で4枚目のシングル。
初めてのオリコンTOP10入り。
「喝采」に次ぐヒット曲となった。



■35 合鍵(しばたはつみ)

1974年発売。
改名してしばたはつみとして再デビューした最初の曲。
15才からCMソングを歌っていた。
有名なのがレナウン「ワンサカ娘」、丸善石油「OH!モーレツ」。
軽快な曲に乗ったパワフルな声が魅力でした。
残念ながら2010年にお亡くなりになっています。



■36 砂漠のような東京で(いしだあゆみ)

1971年発売。
最高位オリコン3位。
1969年から年3曲ペースで発売していて何れもヒットしている。
この頃は歌手全盛の頃です。



■37 愛は傷つきやすく(ヒデとロザンナ)

1970年発売。
通算5枚目のシングル。



■38 結婚するって本当ですか(ダ・カーポ)

1974年発売。
通算4枚目のシングルで60万枚を越える大ヒットとなった。
夫婦デュオであり、現在も活躍されている。


現在のダカーポ。娘さん(フルート)は留学中で現時点ではお二人です。




■39 弟よ(内藤やす子)

1975年発売でデビュー曲である。
翌年の「想い出ぼろぼろ」が大ヒットし、この年の新人賞を総なめにする。
しかし、大麻不法所持で一時芸能活動を停止。
再開するが、2006年には脳出血で倒れ自宅で療養生活に入り長期間活動を停止する。
懸命にリハビリを続け10年後の今年3月「金スマ」でテレビ出演を果たして復帰した。



■40 面影(しまざき由理)

1975年発売。
Gメン’75のエンディング曲であり、140万枚の大ヒットとなる。
B面が「Gメン75のテーマ」となっている。
アニメーション主題歌なども歌い「みなしごハッチ」などが有名。
1982以降姿を消したが2009年から再開されている。



■41 逃避行(麻生よう子)

1974年発売。
デビュー曲であり、ヒットして日本レコード大賞最優秀新人賞を受賞した。
その後、結婚されて引退のようです。



■42 愚図 (研ナオコ)

1975年発売。
オリコンで初のTOP10入りを記録した。
歌手として活動するだけではなく、数多くのCMやバラエティ番組にも出演するテレビ・タレントとしても活躍。
殺虫剤のCM「飛んでれら、死んでれら」のキャッチフレーズや
ザ・ドリフターズ(志村けん)との共演、
『カックラキン大放送』の「ナオコばぁちゃん」のキャラクターでのコントなどで人気を博した。



■43 黄昏のビギン (ちあきなおみ)

1991年発売。
ネスカフェ「プレジデント」のCM曲として流れていたので覚えていらっしゃる方も多いのでは!
元々は1959年発売の水原弘「黒い落葉」のB面の曲をカバーしたものです。



オリジナル。水原弘。


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1 コメント

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Unknown (Unknown)
2020-10-29 00:18:22
もう少しマイナーな歌を探してます
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