ロックな幸せ☆

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もっと上手に気持ちを伝えられたなら---その2

2005-05-21 | 旅行記
【写真の説明】
♪チャラッチャチャチャ チャーラララー…。
 写真は「ニジェールの車窓から」(この場合は電車じゃなくって、自動車の窓)。撮影に失敗したけど、この大通りには自動車同様にラクダも歩いてる。


アフリカ大陸にあるその国、ニジェールでは、1USドルあれば家族4人が満足な食事を得る事ができると言う。入国の際に私が持ってた現金は、日本円とUSドルの高額紙幣だけだった。
飛行機から降り立ったとたん、私の周囲を屈強な男たちが数人、取り巻いた。
空港に入り、ベルトコンベア上に流れてきた荷物に手を伸ばそうとすると、その男どもが争うように荷物を奪う。私の荷物を奪った見知らぬ男に、荷物を返せと抗議したが、男たちはまったく意に介さずタクシー乗り場へ連れて行こうとする。

チップあげたら離してくれるかもと思ったが、「人の生活を変えてしまうような金額を出すのは、却って身の危険である」と聞いていたので、このとき現地通貨を一銭も持っていなかったことに舌打ちをした。もしくは、この前に行ったフィリピンか、インドネシアか、モロッコの通貨をドルに戻さなければ良かったとも思っていた。

タクシーに押し込まれそうになったときに、(この国にしては比較的)身なりのきちんとした現地の男性が現れ、私の名前を確認した。私が「ウィ」と答えると、この男性、アムウさんは、男どもに現地のお金でチップを払って私を自分の車に案内した。アムウさんは会社が用意した運転手だった。彼はこの国の住人でも一部の人しかはなせないという公用語の仏語を話せ、英語の単語も少し知っていた。

”その国で一番良いホテル”と言われたホテルの周辺は、ホテル客の財布を狙う泥棒が徘徊する治安の悪いところで、仕事以外の外出を制限された。滞在時間が50時間で、なおかつ出国の日には、飛行機の出る数時間前の決められた時間帯に出国手続きをしなくてはならないという決まりがあったため、初めて訪れた国ながら私が現地の様子を知る時間はほとんどとれなかった。

会社の人にその話を聞いたらしい、アムウさんは私が空港でプレ手続きをしている数十分の合間に、出掛けていたそうだ。手続きが終わったとき、さっき座っていたベンチではないところで彼の姿を見つけたくらいで、彼の外出をまったく気付かなかった。

車に乗って会社に戻るとき、彼はいつものように運転しながら、何語か分からない歌(自作?)を歌っていた。歌がサビにさしかかったとき、後部座席に座っていた私に何かを手渡した。ネックレスだった。「プレゼント、フロム、アムウ」

ごつくて留め金がちょっと曲がっていたが、着用する分には支障がなかった。「メルシー。アイム ハッピー」と伝えるとハッピーと言う響きが気に言ったのか、先ほどの歌の続きの歌詞に、何度も登場することになった。

「ミオ、ライク、ニジェール?」
たった2日しか滞在してないし、私的な外出はほとんどしてない。初日に現地のタクシー運転手に囲まれ、とても怖い思いをしたことも、しばらく忘れられなかった。
でも、車から日本とは違った景色は、たくさん見た。(後で聞いた話によると、アムウは私が車に乗ってる間は、遅刻をしない程度に遠回りをして、できるだけ多くの景色を見せてくれようとしたらしい)

アムウの優しさが心にしみて、「ウィ。アイ ライク ヒア」と答えた。
私にとっては、とても限定的な意味をこめた「ヒア」の言葉を、アムウは広い意味にとらえて、満足したように頷いた。

=====
(2006年3月7日)

この記事は、その1~その6(番外編)のシリーズになっています。
カテゴリー「旅行記」でご覧ください。

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