1996年に高知県立美術館が1800万円で購入した絵が実はニセモノだったと判明した。また、1999年に徳島県立近代美術館が6720万円で購入した絵も、実は贋作だったという。これらはいずれもパリやロンドンの画商を通じて日本に持ち込まれたものらしい。天才贋作師の手にかかれば、プロの画商もニセモノを見抜くのは容易ではないという。
古いキャンバスを使い、絵具も当時のものを使う。作品を劣化させるためにサウナを改造して作った「熟成」装置も使う。贋作師からすれば、金儲けもさることながら「どうだ、俺の技術を見破られるか」という自慢したい気持ちもあるらしい。
長年、絵を買うことができるのは金持ちの特権であり、われわれ庶民にとって絵を買うことなど高根の花でしかなかった。そこで一般庶民も手に入手できるようにと工夫されたのが複製である。リトグラフやシルクスクリーンといった技法が編み出され、300枚とか1000枚とかに限定して版画を作る。これにより、たとえ金持ちではなくても芸術の香りを自宅で楽しむことができるようになった。
しかし、ここで問題が起きる。美術界に一般の素人がコレクターとして参加したことにより、悪意ある業者がニセモノを作って金儲けしやすい環境が生まれたのである。とくに、インターネットを通じたオークションでは、そうしたニセモノを素人に売りつけることが容易にできるようになった。
私はもともと絵に興味はなかった。しかし、数年前に日本画を習ったことがきっかけで、なぜか絵に興味をつようになった。最初は、平山郁夫や東山魁夷のリトグラフを買い漁っていた。こうした著名作家のリトグラフには、たとえば300枚製作したうちの何番目かを示すエディションナンバーが必ずついている。だから、買う方も複製であることを承知の上で買う(それでも高いものだと数十万円はする)。
問題は複製ではなく、原画・直筆の「一点もの」を謳う作品である。それがホンモノかどうかをパソコンの画面だけで見分けることはほとんど不可能に近い。だからオークションのサイトでは必ず「鑑定の結果もし本物でないと判明した場合は返金に応じます」という文言を必ず入れるルールになっている。
先日ヤフオクを眺めていたら、すごく素敵な絵があった。角島直樹画伯の「新雪渡月橋」という作品である。美術年鑑で調べてみると角島直樹は院展の「特待」となっている。特待というのは審査員資格のある同人に次ぐポストである。特待になるまでには入選を重ねるなど非常に高いハードルがある。だから角島画伯が一流であることは間違いない。

この作品がもし本当に一点ものであったらいくらくらいするのだろうか。出品業者の説明には「真作」と書いてあり、どこにも「模写」あるいは「複製」という記述はない。入札する前にホンモノかどうかいろいろ調べてみた。すると意外なことが判明した。
第一に、過去に2015年と2023年の少なくとも2回ヤフオクに同じ絵が出品されていて、しかも「一点もの」とは程遠い安値で落札されていた。現在私が所有するいわゆる「一点もの」は、作家さんがデパートで開いた個展会場で直接購入したものである。だから、一点ものがけた違いに値段が高いことを知っている。そうしたことから考えて、有名作家の一点ものがこんな安い値段で入手できるはずがない。しかもホンモノが何回もオークションに出品されるということ自体が不自然である。

(2015年に出品された「新雪渡月橋」)

(2023年に出品された「新雪渡月橋」)
第二に、ホンモノかどうかを出品者(業者)に質問した結果が次のようなものだった。

回答には「原画」とも「直筆」とも書いてない。単に「1点物の日本画」とある。なるほど、1点物の日本画には違いない。問題は誰が描いたかである。上手にごまかしているのではないか。そんな気がした。
第三に、今回の出品には2002年の「松坂屋取扱」作品であることが明記され、松坂屋美術部のシールも貼られている。しかし、2002年の松坂屋の院展・個展を調べてみたが、角島直樹が出品した記録を見つけることができなかった。それどころか2015年、2023年に落札された2点には、松坂屋取扱シールが貼られてなかった。もし本当に松坂屋が取り扱ったのであれば、出品する際にそのことを「ウリ」にしないはずはない。ますます怪しい。

ということで、今回は購入を見合わせることにした。最終的にこの作品は前回出品された2点より安い価格で落札した。落札者はおそらく松坂屋美術部のシールを信じ、「ホンモノ」をすごく安い値段で買えたと喜んだに違いない。

まあ、この絵がたとえホンモノでなくても10万円くらいの値打ちはあるような気もするが・・・。ちなみに、ほかの出品絵画について「真作ではない疑いがある」とヤフーに連絡したら、すぐ出品停止の措置が取られた。
ホンモノとニセモノの区別は難しい。あるプロの画商は商品を仕入れる場合、絶対にヤフオクは使わないと言っていたが、なるほどと思った。