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京都逍遥

◇◆◇京都に暮らす大阪人、京都を歩く

シフ・ミーツ・モーツァルト

2025-03-23 23:46:58 | アート・文化

京都コンサートホールでの演奏会「シフ・ミーツ・モーツァルト!」。

*チラシ

*入口近くの看板

曲目は次の通り。

・ピアノ協奏曲第23番イ短調 K.488

・交響曲第40番ト短調 K.550 

休憩をはさんで

・歌劇「ドン・ジョヴァンニ」序曲

・ピアノ協奏曲第20番ニ短調 K.466 

どれも有名曲で、聴きやすい。モーツァルトにそう興味はなかったが、サー・アンドラーシュ・シフという弾き振りをする演奏家を知らなかったので、年度最後を締めくくる演奏会として、行ってみようと思ったのだ。管楽器についてはキレに物足りなさを感じたが、その分、弦楽器が引っ張るタイプのオーケストラ(ただの素人の感想です)。最初の曲が始まってすぐ、ああ、これが円熟のピアノ演奏というものか、と感じた。大げさな表現をせず、かといって鍵盤をなでるような弾き方でもなく、軽い指の動きでモーツァルトらしい穏やかな優しい音楽が奏でられる。癒しのコンサートだ、と思った。巨匠ホロヴィッツの晩年の演奏をCDで聴いたとき、全く好きな音ではないと感じたが、シフ氏のピアノは、かなり好きな音である。これまで聴いた演奏会での弾き振りと同様、どちらかに専念してほしい、忙しい、とは思うが。バーンスタインの ”In a concerto, who is the boss, the soloist or the conductor,……”の件を想起するに、曲の解釈においてソリストの考える演奏にするという意味では、弾き振りもアリなのだろう。

 

なんと、アンコールは3曲。今日の演奏会の中で私にとってのベストは、アンコール最初のBACHピアノ協奏曲第1番ニ短調第1楽章だった。曲が好みというだけでなく、ピアノの熱量も、オーケストラの演奏も最も良かったように思う。

* ↑ アンコールに応え、3曲目を弾く直前の様子

* ↓ 3曲目を弾き終わり、拍手に応えるところ

↓ さらに拍手が鳴りやまず、もう一度袖から出てきて、鍵盤の蓋を閉め、戻っていった。

 

グールドのブランデンブルク協奏曲が思い起こされ、帰宅後DVDを観た。古い録音のようなまるみを帯びたオーケストラの音(いい感じに空間を包んでいた)のせいかもしれない。本も読みなおそう。またしばらくグールド漬けになりそうだ。

 

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ファニー・クソー パイプオルガンコンサート

2025-02-22 22:05:21 | アート・文化

オムロン パイプオルガン コンサートシリーズ Vol.75、ファニー・クソーの演奏会が、本日開催された。

パイプオルガンだけの本格的なコンサートは初めてで、どんなものかと興味があった。

第1部

リスト:バッハの名による前奏曲とフーガ S.260 、レスピーギ:《3つの小品 P.92》より〈第1番 前奏曲 ニ短調〉、J.S.バッハ:わが身を神に委ねたり BWV707、レスピーギ:《3つの小品 P.92》より〈第3番 J.S.バッハのコラール「わが身を神に委ねたり 」による前奏曲 イ短調〉、J.S.バッハ:われは汝に希望を抱けり、主よ BWV640、レスピーギ:《3つの小品 P.92》より〈第2番 J.S.バッハのコラール「われは汝に希望を抱けり、主よ」による前奏曲 変ロ長調〉、ヴィヴァルディ/J.S.バッハ:協奏曲ニ短調 BWV596

第2部

ヴィヴァルディ/J.S.バッハ:協奏曲イ短調 BWV593、J.S.バッハ:キリストはわれらに至福を与え BWV620、ラドゥレスク:《受難のための7つのコラール》より 第3番「キリストはわれらに至福を与え」、J.S.バッハ:われら苦しみの極みにあるとき BWV641、ラドゥレスク:《受難のための7つのコラール》より 第7番「われら苦しみの極みにあるとき」、J.S.バッハ:パッサカリアとフーガ ハ短調 BWV582

 第1部と第2部、それぞれ曲目によって舞台上で弾いたりパイプオルガンの下で弾いたり。

よく知らなかったけれども、パイプの中央にある木製の板が曲途中で開閉して音色を変化させているようだ。

ほかのホールのパイプオルガンは知らないが、鍵盤が重いのだろうか?重そうに弾いていたように感じた。

第1部初めの2曲が大音響で、これが正しい音響なのだろうかといぶかしく思う。静かで荘厳な教会音楽のようなコンサートを想像していたから、思っていた感じとはずいぶん違っていたが、そんな中でも第2部の2曲目がバッハらしくて良かった。

日本語での挨拶と曲の紹介、美しいお辞儀など、とても好感の持てる演奏者だった。

 

 

 

 

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第8回Woodyコンテスト入賞作品展

2025-02-01 20:53:46 | アート・文化

京都府広報誌1月号に、Woodyコンテスト入賞作品展の告知があった。1/27(月)~31(金)の期間中に行くつもりで置いていた広報誌。片付けの最中、最終日の31日にたまたま見つけて出かけることができた。場所は京都府庁旧本館としか記載されておらず、行けばわかるだろうと行ってみたが、入口に案内の貼紙もなく、一周したが、わからない。結局正面階段を2階へ上がり、左手すぐの部屋から続くところが会場であった。

Woodyコンテストは京都府主催で平成29年に始まったらしく、木造住宅部門〈一般の部〉〈学生の部〉、木製家具部門に分かれ、毎回、発表されるテーマに沿った作品のアイデアを募集しているようだ。第8回となる2024年のテーマは、木造住宅部門で「北山丸太を活かした建築」、木製家具部門で「バナキュラーチェア/風土の椅子」であった。

Woodyコンテスト/京都府ホームページ

木造住宅部門入賞作品はパネル展示のみで少し寂しいが、木製家具部門は会場中央に実物が展示されていた。

間取り図を見るのは楽しい。広い敷地を必要とするもの、現実的に建築可能そうなもの、意欲的な夢のあるもの。気に入ったものもあった。

☆木製家具部門

入口付近には、これまでの入賞作品集が置いてあり、冊子見本を見ることができる。また、ここ3回分の冊子は持ち帰ることもできた。

帰宅後冊子を読むと、中央に展示されていた椅子は、どれも今回の入賞作品ではないことがわかった。上の写真「☆木製家具部門」にある左側の肘掛け椅子は、第6回の最優秀賞‟KITAYAMA”である。第6回の冊子によれば、「『KITATAMA』は主催者が制作して、無印良品 京都山科のMUJI SUPPORTでさまざまな暮らしの相談に応えるカウンセリングコーナーの椅子として使用されます」ということだ。

同右側のフォールディングチェア風の形状のものは第7回の最優秀賞‟Shikkuri”である。第7回の冊子によれば、「試作を重ね強度試験を経て京都駅ビル4階南広場『みんなの広場ーうっどすくえあー』に設置され、ワークショップや様々なイベントに利用される椅子となります」という。

さて、今回第8回の最優秀作品‟Lattice”は、「主催者が実製作して京都生協コープ二条駅2階フリースペースKYOTO Co-Labに設置されこの場を象徴する風土の椅子として利用していただきます」とある。まだ完成していないのだろう。

それぞれの場所に行ったとき、作品を見て「ああそうだった、入賞作品だ」と思い出すことだろう。

 

京都府のスギ・ヒノキの人工林の約7割が50年ものだという。それが「利用期を迎えて」いることから、「『木の文化』の継承」のため、「木材の新たな利活用方法を開拓」しようと始まったコンテスト。花粉症の身としては、使えるものは伐採して利用し、無花粉スギに植え替えてもらいたいので、これはいい取り組みだと思う。ただ、「新たな利活用方法」というなら、住宅・家具部門だけではなく、その他部門もあっていいのにと感じた。年輪の美しいスギも、香りのあるヒノキも、材木を扱う人なら、きっとさまざまなアイディアがあるだろう。範囲が広くなると、審査が難しいだろうか。

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京都市交響楽団 第696回定期演奏会

2025-01-19 23:24:33 | アート・文化

1月17日(金)・18日(土)と、京都市交響楽団の定期演奏会があった。指揮は、新しく首席客演指揮者になったというヤン・ヴィレム・デ・フリーント。

☆ホワイエのポスター

土曜の曲目は、メンデルスゾーン「夏の夜の夢」より「序曲」、ペルト「ヴァイオリン、弦楽と打楽器のためのフラトレス」。短い演奏の後、休憩が入り、ダウランド「弦楽合奏のための『あふれよ、涙』」、シューマン「交響曲第2番ハ長調作品61」。

メンデルスゾーンは有名。夏の夜というよりは、朝の小鳥のさえずりやあらゆるものの目覚めを思わせる。

ペルトは初めて聴いたが、興味深い曲。

ダウランドは静かで落ち着いた、暗さがありながら美しい曲。器楽曲として作曲され、歌曲としても流布されたらしい。帰宅後、YouTubeで歌曲(和訳テロップ付き)を聴いた。旋律は美しいが、歌詞の内容は重苦しい。この歌詞に多くの人が共感して長く残る歌となったのだろうか?時代のせいか?

シューマンの交響曲を聴くのも初めて。バルコニー席の床が共鳴しているような感覚だった。

最近はコンサート前に全く予習していないことを反省。

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井上道義指揮 ブルックナー

2024-11-23 21:01:28 | アート・文化

第28回京都の秋音楽祭、最後を飾るのは、今年限りで指揮活動引退を発表している井上道義氏によるブルックナー交響曲第8番ハ短調である。

ホール2Fより窓越しに撮影。

ブルックナーは初めてで、私にはよくわからない。YouTubeで2度聴いてみたが、面白くなくて、やめた。さすがにホールで聴くとある程度は集中できたが、大音響でとにかく長いな、と。コンサートでは休憩なしで約100分の演奏。キレのいいティンパニが良かった。せっかくの3台のハープ、マイクがもっと音を拾ってくれたらいいのに。弦楽器のピチカートも同様。もったいない。

指揮は、指揮台なし、タクトなし。掌と腕の動きに目が釘付けだった。万雷の拍手で迎えられたカーテンコールの際の井上氏のご様子に、お人柄がしのばれた。

ロビーには井上氏のこれまでの足跡をしるす数枚の写真が飾られ、引退が強く意識される。

京都コンサートホールに限らず、これまで行ったどのホールでも、観客のほとんどは50~70代とおぼしき女性(若い有名ピアニストのコンサートでは20代であろう女性客も)だったが、今日のコンサートは圧倒的に60~70代の男性が多かった。こんなに客層が違うとは、驚き。

廊下に掛けられた井上氏の肖像。1階会館入り口から2階ホール入口までのスロープに、何人もの指揮者や奏者の写真(モニター)が掛けられており、その1枚。

 

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