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ネタバレ必至で読み解く主観的映画批評の日々!

多和田葉子「太陽諸島」

2023-02-28 18:53:25 | 読書のススメ
「地球にちりばめられて」「星に仄めかされて」から続く三部作の、完結編。
何で知ったのか覚えていないが、「地球に~」を読み始めて、心待ちにしていた作品だ。

自分の祖国を失ったHirukoが、様々なルーツを持つ男女とともに、自分の祖国を探す旅に出る。
とにかく東を目指した一行はロシアの方に向かう船で様々な人々と出会う。

当たり前だが、この作品だけを読んでも全く分からないので、先に他二冊を読んでおく必要がある。
作品としての自立性はあまりないが、それぞれが完結していることは確かである。

とにかく文章が秀逸で、多言語で成り立つ一行の様子を、日本語で見事に描いている。
別に多くの人が評価することは私にとっては重要ではないが、もっと評価されるべき作品だ。
現代的であり、かつ、非常に鋭い感性を持っている。

絶対読むべき作品一つであることは間違いない。

▼以下はネタバレあり▼

祖国を失ったHirukoが自分の国を探す。
当然、読み手たちは、物語がどこに行き着くのか、探していた国はまだあるのか。
そういう結末を期待するわけだ。
しかし、そういうことはこの作品では些細なことなのかもしれない。

いや、「書きたいことを書かない」ものが小説であるとすれば、彼女の祖国はたどり着かないからこそ明確に、克明に描かれていく。
その国名は全然指摘されないけれど。

この物語は、国籍や国だけがすっぽりと抜け落ち、それでも「日本」という国は成り立つのか、ということがテーマである。
三部作全体で、性別を入れ替えようとする者や、性格をそっくり入れ替えた二人、言語を捨てた者などが登場する。
あらゆることが交換可能であることが示されるのだ。
しかし、どれだけ取り繕っても出会う人々は、自分のルーツを持っている。
寿司職人をしていた者、東ヨーロッパで仕立屋をする者、さまざまだ。

その中でHirukoだけが祖国を失ってしまい、漂流している人間として設定されている。
この物語では、国だけが交換不可能なものとしてある。
しかし、そのなくなってしまった国が、全世界的に影響を与えていたことは、出会う人々が証人となって突きつけてくる。
大きな影響とは、文化であり、言語であり、食であり、物語(神話)である。

全く関係がなさそうな人間もまた、その国から影響を受けていることが頻繁に示される。
だが、その国の名前だけが描かれない。

それは、ナショナリズムとは全く違う国の描き方であり、危機感だ。
なぜ日本はなくなってしまったのか。
これほど影響力が大きかったのに。

ロシアをシベリア鉄道で横断できないと知ったHirukoは、これまでの旅の総括をする。
そこで至った着地点は、自分が国になり、家になるという結論だった。
国が外側や大地としてあるのではなく、自分自身こそが家であり、国である、という決意である。
それは、誰かが保証してくれる国家というシステムに組み込まれた〈私〉ではなく、自分自身が〈国〉そのものであるという宣言である。

国家とは何か。
言語とは何か。
文化とは何か。

言語や国籍、男女でさえバラバラの人々が、たどり着くのは場所ではない。
非常に力強い結論だった。

そして、何より文章の表現がすばらしい。
パンスカ語という人工の言語を操るHirukoの描写や、多言語に満ちたやりとりを、当然日本語だけで描いている。
私は大阪弁と日本語しか話せないが、それでも人々の言語の空気感がわかるように描写されている。
その不思議さを生み出す独特の言葉運びは、多和田葉子自身が多言語を操るからだろう。

不自然で、それでいて自然な日本語は、旅を続ける者たちの危うさと確かさを同時に描き出す。
文章や日本語に、こういう可能性が秘められているのか、という新しい発見をさせてくれる。

次の日本人ノーベル文学賞受賞者は、案外村上春樹ではないかもしれない。

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