気ままな私のフォト日記

大好きな北海道・十勝の写真と共に、病気・家族や身近なことを綴ってます。
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義母の遺言、運命の日

2012-08-05 09:58:06 | 日記

 

 

おはようございます。 

義母が亡くなって一週間が過ぎました。

昨日、オリンピックを観ながら

病院から連絡が入った時間、息を引き取った時間になると

「先週の今頃は・・・」と一週間前のことが想い出されました。

 

義母は、亡くなる6日前から熱を出していました。

熱を出すのはいつものことでしたが

今までの様子とは違って、弱々しく、顔の表情も辛そうでした。

私たち家族は、今まで乗り越えてきたから大丈夫だろう・・・ と思う反面

95歳という年齢を考えると、いつ急変してもおかしくないとも思っていたのです。

 

運命の日の夕方まで

主人と私が交代で義母に付き添ってました。

「お腹が痛い、おしっこが出ない・・・」と、しきりに訴える義母。

土曜日なので先生は病院内には居ず

看護師さんに伝え、痛みどめの座薬、湿布をして頂きました。

お腹をさすってあげて、少しでも楽になる方向へ身体を向かせ

「起こしてちょうだい」という義母を私の腕に頭を乗せ、胸に抱きました。

「おばあちゃん、これでいい?」というと頷く義母。

汗でびっしょり・・・ 枕のタオルがすぐビショビショになるんです。

しかし、お腹の痛みが強くて

「看護婦さ~ん、看護婦さ~ん」と、何度も大きな声で呼んでました。

看護師さんも私も

「今、お薬を使ったから、もうすぐ痛みがなくなるよ、もうちょっと我慢してね・・・」

と おばあちゃんをなだめながらお腹をさすりました。

世間話、孫のことなどの話をすると、頷いて笑顔になったり

「朝から何も食べてないから、お腹が空いた」と訴えたり・・・

まさか、そんな義母がその日の夜に急変するとは思いませんでした。

月曜日になれば、先生に診てもらえる、そして原因が判ると思っていたのです。

 

 痛みが和らいで、熱が下がったことを確認して

「おばあちゃん、心細くなったら『家に電話してちょうだい』とお願いしてね」

と言い、バイバイと手を振って帰って来たのが最期でした。

 

 その三時間後

おばあちゃんに「いったい何が起こったんだろ・・・?」と

今更、何を言っても仕方がないことですが、悔しい思いがあることは確かなんです。

何が起こったのかは、おばあちゃんしか判らないことかもしれませんね。

 

義母の遺言どおりの葬儀を行いました。

親しい人だけの「家族葬」

孫のおばあちゃんを思うお別れの言葉

私の息子が歌う「赤とんぼ」で旅立っていきました。

 

遺言の中には、子供を思う親心も書かれていました。

『兄弟は仲良くして。

saekoさんに任せます。○○(義妹)と仲良くしてね。

死んでも見てますからね。』

 

心配症のおばあちゃんらしい決め台詞。

きっと、天国から私たちを見てることでしょう・・・

 

おばあちゃん、ありがとう。。。

そして、よく頑張ったね。。。

 

 

*お骨がある間は、色々忙しいと思います。

今日は、お悔みを頂いたお礼を兼ねて

報告をさせて頂きました。

2012年は、大事な家族との別れの年になってます。

どういう年なのでしょうね。。。

 

暇を見て気分がいい時に、また書かせて頂きます。

皆さんにも感謝・・・ ありがとうございます。

 

 

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