1969年の日本初演以来、8月19日で1200回になろうとするその舞台は、この間すべて松本幸四郎によって演じられてきた。このことはミュージカル史上極めて希有な例であり、この歌舞伎の世界とミュージカルの世界の両方を制覇した松本幸四郎という偉大な役者の大いなる実力なくしては決して成し遂げられなかったであろう。それゆえに、他の人間がこのプロダクションを演じることはおそらくできない。それほどにカスタム・メード化された舞台であった。デール・ワッサーマンの脚本は、原作者セルバンテスと、登場人物アロンソ・キハ-ナと、彼の想像上の化身であるドン・キホ-テの三重構造を縦横に駆け巡り、夢を持ち続けて生きる男のロマンを歌いあげたものであるが、それは三次元であるだけにかなり複雑である。幸四郎の存在感はこれはもう天下一品であるのだが、その描写は幾分平面的で、その3人の描き分けに明解さを逸している部分が少なからずあり、解釈をいくぶん複雑にしたことは否めないと思う。また歌舞伎を折衷したような所作や振付は、やはり全体の様式の中では大きな異和感があり、同時に今の時代に照らした時には、古風さを払拭できなかった。いかに安定的なものであっても、やはり43年の年月のうちには風化してしまうものがあるのではないか。それに抗し得る程の立派な音楽が根幹にあれば話は別かも知れないが、2曲の名曲があるとは言え、他の部分がいかにも弱い。歌舞伎界の御曹司がミュージカルも演じ、本場ブロードウェーの舞台にも立ったという神話は神話とした上で、やはり本当の意味で「作品」が生き残ってゆくためには、「変化」というものも必要な気がした。
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