この1月・2月は代演続きである。まず東京フィルの1月定期だが、予定されていた美形指揮者アロンドラ・デ・ラ・パーラが懐妊のためにイタリアの新星アンドレア・バッティストー二に替わるというアナウンスが随分前にあった。続いて共演者だったピアニストのホルヘ・ルイス・プラッツが清水和音に替わるというハガキが昨今舞い込んだ。これで南米はメキシコとキューバの二人組による興味津々の競演機会は泡と消えたが、その代わりに清水和音の「ラプソディ・イン・ブルー」という“際物”が聴けるし、東フィルと相性の良いアンドレアの溌剌とした音楽も楽しみだ。もう一つは、2月の藤原歌劇団の歌劇「オリィ伯爵」の指揮を予定していたお馴染みアントネッロ・アッレマンディがロシアの若手デニス・ヴラセンコに替わる。指揮が大切なロッシーニで無名新人は不安ではあるが、まあペーザロでの経験もあるようだし、何よりゼッダ翁の推薦と言う事だから期待することにしよう。そんなわけで、この2つに限れば損得勘定はイーブンといったところであろうか。長いコンサート・ゴアー生活のうちに、代演騒ぎには幾度も遭遇しているが、その中で幾つか印象に残っているものを書き出してみようと思う。まず1981年の東京二期会公演「ニュルンベルクの名歌手」である。日本でハンス・ザックス歌わせるならこの人しか居ないと言われた木村俊光が、直前になって無名新人の松本進に代わり心配させた。なにせこのオペラの要役なのでどうなることかと思ったが、無事堂々と見事に歌い切り喝采を浴びた。同じく日本のオペラ界では、1989年の藤原歌劇団公演「アイーダ」で、ラダメス役のフィリッペ・ジャコミー二が一幕で声を失い、二幕から伝令役だった田代誠が引き継ぎ、輝かしい歌唱を示したこともあった。この時は敵役を演じるアムネリスのフィオレンツア・コソットもそんな穴を繕おうと壮絶な歌唱でアイーダを圧倒し、震いが出るような感動的な舞台となった。これには後日談があり、ジャコミニは3年後に藤原の舞台に舞い戻り、メトの歌姫アプリッレ・ミッロと共に実に見事なロブストな歌唱でリベンジを果たしたのだった。1991年のBunkamuraモーストリー・モーツアルト・フェスティバルでは、エリカ・フォン・シュターデの代役として、当時日本ではほとんど無名だったチェチーリア・バルトリが突如登場した。当時は今ほど重くない声で、コロラトゥーラの技法を駆使して実に軽やかなモーツアルトやロッシーニを自在に唄って聴かせ、満場は割れんばかりの拍手と歓声で興奮のルツボとなった。この時は正に新星登場という感じだった!これが話題になって、1992年のフェスティバルへの再来日に繫がってゆくのである。そんな色々の中で私が体験した最大の交代劇は、1990年9月のニューヨーク・メトロポリタン歌劇場での経験である。その年のシーズンは9月24日に「ラ・ボエーム」で幕を開けたが、当時中期出張中でこの町に居た私は、それに続いて27日から始まる7日間の「ばらの騎士」のうちの1日を押さえていた。Rott、Bonny、Von Otter、Haugland、Pavarotti(2日間のみ)と、女性陣はウイーンのクライバーの舞台と同一で指揮は音楽監督のジェームス・レヴァインとクレジットされていたのだから、まあ最上のキャストである。7月下旬にニューヨークに着くなり残っているかなと思って劇場のボックス・オフィスを訪ねたが、楽々買えたことが少々意外でさえあった。さて9月半ばのある日曜の朝にゆっくりと分厚い新聞日曜版に目を通していると、端に小さなメトの広告を発見。「あッ、これあのバラだよね。売れてないのか?」と思ってよくよく見ると“Carlos Kleiber”とあるではないか。これには全く目を疑って、即座にボックスオフィスに電話してミス・プリじゃないかと確かめた程だ。そしてその答えを聴いた瞬間に私のチケットはプレミアム・チケットになったのである。あとから8月24日付けのNew York Timesで知ったのだが、実はクライバーは1989/90のシーズンにメトで「椿姫」と「オテロ」を振っていて、その3月から次シーズンの出演交渉が始められていたそうである。それがついに結実して前日のプレス・リリースになったという次第なのだそうだ。演奏はもちろん悪いわけはない。Kleiberの躍動感と繊細さのバランスは唯一無二のものでメトの豪華な舞台はそれに華をそえ、全くすべてが夢のようだった。指揮者の譜面台に、スコアの代わりに何と真紅のバラ一本が置かれていたことを今でも鮮明に想い出す。何とも得難い幸運に恵まれたものだ。
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