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善き人のためのソナタ◆冷徹なシュタージ局員を変えた自由の旋律

2007-02-20 23:54:35 | <ヤ行>
  

「善き人のためのソナタ」 (2006年・ドイツ)
 監督・脚本: フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク
 音楽: ガブリエル・ヤレド/ステファン・ムッシャ
 出演: ウルリッヒ・ミューエ/マルティナ・ゲデック/セバスチャン・コッホ

久々に感動作と出合えた気がする。上映が終わると、暗い場内にはハンカチを目に当てる人の姿がちらほら。最後の最後で絶妙なカタルシスを感じさせる演出には、思わず涙した。

1989年11月9日、東西ドイツ分断の象徴だったベルリンの壁が崩壊。ソビエト連邦の解体を目前にして冷戦の時代は終焉を迎えつつあった。この物語は壁が崩壊する5年前の東ベルリンを舞台に、自由を模索する劇作家と、彼を監視するよう命じられたシュタージ(国家保安省)のエリート局員を軸に据えて、監視国家のおぞましさと自由の息吹に触れた魂の変容の軌跡を描いている。映画はシュタージのヴィースラー大尉(ウルリッヒ・ミューエ)が尋問の講義をする場面からはじまる。非情な尋問を教える姿から、彼が冷徹なシュタージ局員であることがわかる。そのヴィースラーが監視を命じられた劇作家ドライマン(セバスチャン・コッホ)は彼とは対照的に、恋人の舞台女優クリスタ(マルティナ・ゲデック)を情熱的に愛する自由人だった。ドライマンは自宅が監視されているとも知らずに、クリスタや演劇仲間と会話を交わし、その一部始終が屋根裏で盗聴を続けるヴィースラーに筒抜けになっている。ここから物語は予期せぬ展開を見せはじめる・・・・・・。

厳格なまでに職務に忠実なヴィースラーが、ドライマンの生活をのぞき見ることによって内面を劇的に変えられていく過程は、ベルリンの壁の崩壊を予兆させるできごとであると同時に、国家的価値に対する芸術の、あるいは社会的束縛に対する魂の勝利を感じさせて、深い感動をよぶ。ヴィースラーの心の奥底には、自身も気づかない清らかな水脈が通じていて、ドライマンの弾く「善き人のためのソナタ」があたかも呼び水のように、その水脈を地表へといざなった。魂まで腐れきったシュタージのヘムプフ大臣や、出世ばかり気にかけるグルビッツ部長とは対照的なヴィースラーの人物像が、この映画を感動作にしたひとつの要因になっていると思う(とくにドライマンをかばって郵便部へ左遷された以降は、かつての非情な尋問官の片鱗も感じさせないつつましさが涙を誘う)。

監視社会の悲劇は、ドライマンの恋人クリスタや友人で演出家のイェルスカにまで及ぶ。芸術さえも国家権力の掌中にある東ドイツでは、政府当局者ににらまれたら最後、芸術家は活動の場を失ってしまう。クリスタは女優生命を絶たれることを恐れてヘムプフ大臣と不本意な関係を結び、イェルスカは演出家としての将来を悲観して自殺する。こうした悲劇の中で、ドライマンの苦悩はヴィースラーを揺り動かし、組織への裏切り行為をしてまでドライマンをかばおうと駆り立てる。西側のメディアに向けて訴えかけるドライマンと、その証拠をつかもうと躍起になる当局、そして背信行為を疑われたヴィースラーの緊迫した駆け引きは映画の見どころだ。

ヴィースラーの転身の物語は、監視や密告で体制を辛うじて保っていた東ドイツ社会の崩壊にそのまま重なっていく。感動的なプロットとリアリスティックな人物像(資料によれば、主演のミューエ自身も女優である妻に十数年間密告されていた)で、ひとつの時代の終焉を巧みに描く手法には感心させられた。本作が初監督作品というドナースマルクは、ドイツ出身の若手監督。4年に及ぶ丹念なリサーチを通して、旧東ドイツの真実を浮き彫りにした才能はすばらしい。現時点で上映館が全国で3館というのは、あまりにも残念だ。




満足度:★★★★★★★★★★




<参考URL>
■公式サイト:「善き人のためのソナタ」



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8 コメント

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こんにちわ。 (michi)
2007-02-22 12:38:06
TBありがとうございます。
私からgooブログさんへのTBが不調なため、コメントにて失礼いたします。

ヴィースラーが新たな自分に目覚めていく過程が、
本人もハッキリとした自覚のないまま静かに深く描かれていると思いました。
間接的に芸術家達と関わる関係は、ヴィースラーの実直な人柄を表していたように思います。
鑑賞中、私の気持は、ずっと静かな緊張が続いていたんですが、
ラストで一気に涙が込上げてきました!
予想以上に良い映画だと思います。

>現時点で上映館が全国で3館・・・

これは、実にもったいない話ですよね 笑!
あちこちで評判のようなので、今後、上映間が増えることを願います。

また遊びに来ますね。
今後ともよろしくお願いいたします。


●michiさん (masktopia)
2007-02-23 09:24:08
コメントをどうもありがとうございます!

ほんとうによい映画でしたね。
筋金入りの局員だったヴィースラーが、盗聴によって
変えられていく過程はとても自然だったと思います。
michiさんがおっしゃるように、彼の実直な人柄が
ドラマを自然なものにしているでしょう。

ラストはやはり涙でしたか。同じです(笑)
二人は一度も会わなかったにもかかわらず、心はつながっていた・・・・・・
これは泣かせますね。30代の若手監督だそうですが、
ここまで渋くて粋な演出にはおどろかされました。
上映館、もっと増えるといいですね!

こちらからもまたおじゃまさせていただきますね。
どうぞよろしくお願いします。
こんにちは☆ (mig)
2007-03-20 11:15:00
コメントありがとうございました

同じgooですね、
今後もよろしくお願いします
またあそびに伺いますね。

☆の数がすごいですね
すてきな作品でした
●migさん (masktopia)
2007-03-20 22:59:25
こちらこそTBをありがとうございました☆

>同じgooですね

そうですね。なんだかgooにはレビューブログが
多いような気がします。こちらこそよろしくお願いします。

>☆の数がすごいですね

この作品は自分としては久々の感動作でした。
十分★10個に値すると思いました(笑)
またお邪魔します (えいはち)
2007-03-31 18:51:21
ruinsdiaryさんの「廃墟徒然草」コメントで拙ブログ紹介いただきありがとうございました。
この映画素晴らしかったですよね。
またTBさせていただきます。
●えいはちさん (masktopia)
2007-03-31 20:51:05
えーーっ!? 
よくお分かりになりましたね。ビックリです(笑)

以前えいはちさんのブログで同じような家を
拝見したので、廃墟徒然草さんのところに
コメントを入れさせていただきました。
ブログを始めて数年になりますが、いまだに
こういうカラクリが分かっていません(苦笑)

この映画は★10個の傑作ですね!
是非、観にいきます。 (はちみつ)
2007-04-02 21:06:27
はじめまして。
シュタージを調べていて、
ネットサーフィンしていたらこちらのBlogに
辿り着きました。

いい映画を紹介していただきありがとうございます。
それも20日までシネマライズで上映されていて!
冷戦中の東欧諸国は日本ではあまり知られていない
部分も多く興味がつきません。
近いうちに必ず鑑賞してまいります。

ありがとうございました。

追伸:翻訳者とありましたが、英語の翻訳されているのかしら??
●はちみつさん (masktopia)
2007-04-03 12:01:18
はるばるとよくお出でくださいました!

用語の検索からたどり着かれたというお話に
ネットの醍醐味を感じます。

「善き人のためのソナタ」は首都圏でも東京、千葉、
神奈川の3館のみでの上映です。めったにない名作
にしては、上映館が少ないのが残念に思います。
シネマライズで、ぜひご覧になってください!

書き込みをいただいて、とてもうれしかったです。
ありがとうございました。

>英語の翻訳されているのかしら??

はい、英日翻訳です。テレビ、雑誌、単行本と
いろいろやりましたが、そろそろ潮時かと(笑)

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