まだそれだけなのに、新しい子がいます。
まの字の兄さんのTV番組用のライブで「わかっていれば」の
話からいろいろなことを考えてしまいました。
おかげさまで、一年半の猶予を頂けたので、あれやこれやとすることが
できたと思っています。言葉はなくても賢い子だったので
あのように私たちにあわせたかのように、しかも穏やかに、、、
ということは満足して逝ったのだと思っています。
なぜかふとNさんの昔のドラマを思い出してしまいました。
口では「○○が欲しい」と言っても、きっとあれは
本心ではなかったんだろうなあ、と悲しいシーンを思い出していました。
そこから、Nさんの演じた彼は、心を込めて見取られないことにも
怒ったのだ、と考え始めました。
一番は助けて欲しかった。でも、それは無理にしても、ひどいじゃないか。
「パーツの利用」が第一義か。
逝くということの奥深い悲しみが少しでも癒されるには
残る者の振る舞いが大事だと思います。